ときどき日記 02/03(前)


02/03/14(木)

『Kanon』08.「少女の檻」

 恋愛シミュレーションをアニメにした物だから、ある程度やむを得ないのであろうが…
ここ数話は何だかこう、他人がゲームをやっているのを後ろで見ていて、
「お前は幼なじみか『うぐぅ』狙いだろ」
「魔物ハンター少女かあ、毛色の代わった女の子が出てきたなあ」
「アレ?何してんの?他の子は放っといてイキナリ魔物ハンターに鞍替えかよ」
「可哀想だなあ、名雪は」
「しょーがねえや、じゃあ今回はその子狙い一本で行けよ」
「え?まだ他の子も狙う?マズイって、それじゃあ誰とも上手く行かない
バッドエンドになるって」
と思わされてるような。

 難しいねえ、恋愛シミュレーションのアニメ化は。
どのキャラにも恐らくはファンが居るのだろうから、おざなりに扱う訳にはいかない。
でも、1人のキャラに対し主人公が入れ込んでしまうと、次に他の女の子と主人公が絡んだ際に、見ている方は「浮気者だなあ」という気分になってしまう。
 実際自分がゲームをやっている時は、あっちもこっちもの女の子に精一杯イイ顔をしようとしてしまう訳だけど(^ ^)、それは「自分」が主人公だから構わないのであって、絵的にもきっちり据えた主人公を「浮気者」に描かれると…どうだろ。
 まあ、このままアニメ版は魔物ハンター・舞をメインヒロインに据えて終わる可能性だってある訳で、予断は許さないが。

 「狼が来るぞ!」的に魔物の存在を語り、最終的にはイドの怪物として魔物を自身で作り上げていた舞。
 イメージとして現れたウサ耳の少女は誰?やっぱり舞なの?
彼女も幼少時、主人公と会った事がある訳?
 この辺が余りにも駆け足で分かり辛かった。
 舞がメインヒロインなのであれば、再度細かく「思い出」を描写する機会もあるだろうか。


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『おねがいティーチャー』10.「でも」

 自分と同じ病気にかかっている苺を「停滞」させないため、好きでもない小石と付き合おうとする主人公。
 この辺で既に、見ている方にはかなりなストレス。
無理な関係を構築する一番の原動力が、どうにも説得力を感じない「停滞」という病気である事がまた、感情移入を疎外する。

 好意、を証明するためにキスをしようとする主人公と小石。
 自分は教師だから、生徒のために、という事で一時的な別れを納得したはずの先生だが、何を考えてるんだかフラフラと2人の元に現れ、キス未遂現場を目撃、いきなり涙をボロボロこぼして走り去るという最悪の対応を見せる。
 誰1人「オトナ」が出てこないこのアニメだけど、中でも先生がシリアスなシーンで示す幼児性には、もう笑ってしまうなあ。

 先生の涙に疑問と不安を感じている小石も、その「停滞」を防ぐためなら自分の全てを投げ打っても構わないと考えていたはずの苺をも その場に置き去りにし、先生との関係修復だけを考えて後を追い走り出す主人公
 口あんぐり。
その後、爆笑(^ ^)。
 見事だ。見事なヘタレ主人公だ。
この馬鹿さ加減にはビックリ。

 正直な話、「萌え」だけで色々な不備を誤魔化していた前半部から一転し、これでもかという程 主人公の愚かさ描写を重ねられても…困惑するばかり。
 オレにとって『リヴァイアス』もそうだったんだけど、感情移入も何も出来ない愚かな登場人物達が愚かな行動をいくら取ってくれても、感情の水面にさざ波も立つ事は無く、ただ「早く終わらないかなあ」と思うだけ。
 同乗の余地無いほど愚かな主人公が、同じく愚かな先生と仲直りしようが「停滞」しようが、何の興味もない(シリーズ前半のバカ話トーンのまま展開しているのなら、また別だけど)
 あと2回ぐらいだから最後まで見ようとは思うけども……
最近好調な黒田 洋介・脚本なのだから、最終的に「なるほど」と思える所に軟着陸してくれる事を期待したい。



02/03/13(水)

 WOWOWで放送していた映画『オーロラの彼方へ』を見る。
 監督は、駄作『悪魔を憐れむ歌』のグレゴリー・ホブリット。
 出演が…知ってるのはデニス・クエイドぐらいかなあ。

 お話。
 出現したオーロラのため時間流に異常が起こり、1969年と1999年が無線を通して繋がってしまう。
今は亡き父親と話が出来るようになった 成長した息子は、どうにかして父を死の運命から逃れさせようとするのだが…

 時間モノは、過去を変更してしまった際、現在がどうなってしまうか、という事についていくつかのパターンがある。
「変更した時点で時間の分岐が出来、現在とは別のパラレルワールドが生まれる」
「変更した瞬間、変更した未来に現在が変わるため、変わったという事も認識できない」
「絶対に変更できない」などなど。
 この映画では、「変更した瞬間に現在の状況が変わる」しかも「変わる前の記憶も、変わった後の記憶も主人公は持ち合わせている」という非常に便利な(^ ^)設定を使用。
 コレが結構面白く使われているもんで、感心させられてしまう。

 あの時ああしていたら、今の自分は全く別の人生を送っていたはず、というのは誰しも考える事。
その選択分岐点を「不遇の死を遂げた父親を、その運命から救い出したい」って所に置いたのが上手い。
 無線で友達同士のように語り合う親子の姿を見ながら、そういえば ある年齢になって以降、オレは父親と長〜く話をした事って何度あっただろうか、などと考えてしまい、感情移入度が上がる。

 うーん、あとは何を書いてもネタバレになってしまうなあ。
 映画タイトルとか、冒頭しばらくのストーリーからは予想も付かない展開が、後半には待っている、とだけ。
 この映画、時間モノに特有の「無理」が かなりな頻度で、ある。
人によっては呆れてしまうかも。
 特に、ラストは…
オレはこういうの大好きなんだけど、嫌われる事もありそう。
 演出も、特にアクションで若干もたついており、火事現場で何がどうなったのかとか、取っ組み合いはどうなって決着が付いたのかとかが分かり辛い所も。
 それでも…
難しい時間テーマに果敢に挑み、目一杯にアイディアを詰め込んで客の期待に応え かつ裏切る展開を見せ、周到に引いた伏線を活かし切り、エンディングまで飽きさせない手腕は大したもの。
 意外な拾いモノだと思うな。
お勧め。


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 借り物のDVDで『キカイダー01 The Animation』の1、2話を見る。
 うーん、悪くはないが、パーフェクTVで放送されていた前作(に当たる)『キカイダー The Animation』と比べると少々落ちるかな。

 まず、何よりも最近の石森アニメ化作品のキモである作画レベルが落ちる(前『キカイダー』や『009』の作画良好な回と比べると)。
これも「悪い!」と言う程は酷くなく、もうちょっと、なのだが、今回は「お金を取って見せる」事を前提にしている以上、そのあと一頑張りが欲しかった所。
特に、1話。

 『キカイダー』で見せてくれた迫力のある変身シーン、あれが無くなってしまっているのも不満。
キカイダーはやむを得なければバンク、01は新作画で、凄いモノに変わっていく実感を与えて欲しかった。

 機械人間の内面に斬り込んでいた『キカイダー』と比べると、まだ物語が若干浅い感じもするが…原作の『01』にはかなり忠実に作ってるんだよなあ。
TV特撮版では、そもそも01は「悩まないヒーロー」として登場している事でもあり、やむを得ないか。
 アニメ版、01の「心の無さ」描写はかなり的確なので、キカイダーとの対比を今後も続けられるならテーマも深められるだろうか。

 この後は、友人がDVDを貸し続けてくれるなら文句なく見るけど、そうでない場合 自力で購入したり遠くのレンタル屋に出掛けてまで見続けるかどうかは…微妙。



02/03/12(火)

『ラーゼフォン』07.「集まる日」

 前半15分程 見逃してしまったので、よく話が分からない(;_;)。
 分からないせいか、敵巨大兵器に特に面白い特徴が認識できず、それに対抗したラーゼフォンの掌から撃ち出された気弾も初めて見るモノだし、東京ジュピターに未練げに手を伸ばすのなら 敵を吹き飛ばした勢いのままイチかバチか突っ込んでみれば良かったのに、などとぼんやり考えていた。


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 レンタルで『仮面ライダーアギト・PROJECT G−4』を見る。
 うん、面白かった。
TVシリーズとリンクしているようなしてないような内容なので、公開時に見ておくべきだったなあ、と今更な思い。

 超能力少年少女の辿る悲惨な運命…研究所の仲間達を皆殺しにされ、街をさまよって残飯(といってもハンバーガーだったりするのが今日的)を漁り、レストランで食い逃げを行う…が割に容赦なく描かれている事が、映画の内容を引き締めている。
「悲惨」なだけだと見ていて辛くなってくるんだけど、彼と彼女がいずれは「ライダー」である青年達と出会い、救われていくのが予想できるので、イヤな気分にまではならない。

 青年達と出会った後も、あくまで自分の境遇を明かさず心を開ききれない少女や、悪事に手を染めて購入した食料には手を付けないギルスのため「有料かたたたき」を路上で行い、ようやく100円程のお金をまっとうに稼ぎ それで買ったキャラメルを差し出す少年、その気持ちを知り笑顔で受け取るギルス、といった渋いエピソードが積み重ねられ、子供達をベチャベチャ甘えてくるだけの存在としては捉えていないのが素晴らしい。

 「オトナ」の事情で、自衛隊組織に何らの強制力も発揮できない警察。
非常にリアルで結構。
 そこをG3チームが乗り越えていくのを個人的に警視総監は許可(公認で黙認)する、っての、ドラマとしてはメチャクチャ無理なんだけども、その総監を藤岡 弘が演じており、「オレが今できない事を、君達が代わってやってくれる」といったメタ気味なセリフでオールドファンには「泣き」の感情さえ与えながら誤魔化してしまう辺り、ズルいけど上手いねえ(まあ、考えてみればここ全部、無くても不都合ないんだけど。藤岡氏のために作ったシーン?)。

 G−4の研究所にレギュラーキャラクターが集まってくるクライマックスも見事。
 ただ、なんでG−4とG−3が戦うのかイマイチ納得が…とか、フォームの進化が唐突(ピッコロ大魔王の如く腕を再生するギルスは格好良かったが)とか、超能力が消えていない限り少年少女は今後もアンノウンに狙われるのではとか、疑問点も残るんだけど。
 その辺を含めても、面白い映画だったのは間違いない所。
オレは、好きだなあ(^ ^)。



02/03/10(日)

『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』06.「学級文庫の迷コンビ!?」

 むむむ〜。
どーなんだろ、コレは。
 いい歳した大人の視点で見れば、「小さなルール如き、破ったって何の問題もない。ウルサイ事言ってちゃ友達も出来ない」というのは そりゃそうだと納得な考え方なんだけど、年端もいかない本来の視聴ターゲットであるお子様達にこんなの見せるのはどうか、とは思ってしまうなあ。
 車さえ通ってなきゃ、信号が赤でも横断歩道を渡って構わないと思うけど、それは「最初に子供に教えるべき事ではない」というのと同じで。

 少なくても子供を主人公に据え、子供に向けて作られたアニメである限り、「愚直なまでに学級文庫運営のルールを守ろうとする女の子」が「私のやり方は間違っていたのかも」と反省するだけの話を作るのは…どーだろ?
 せめてその真面目さが最後に報われる構成を取るべきだったのでは?

 両者のバランスを取るなら…
 絵本の中に入った際、学級文庫係少女・けいこは、「ルール王国」とでもいうような国側に落ちて、ルールを守る事は尊い事であるという信念を持つ女王に気に入られ、もてなされる。
 返却を忘れなどしていた玉木含む3人も絵本の中に吸い込まれ、「いいかげん共和国」方向に落ち、いいかげん総理大臣に賓客として遇される。
 両者とも、最初は自分達の行いを肯定されるのに気分を良くしていたが、それが行き過ぎた世界のマイナス面を見て(ルールの方は、破った者へ加えられる極端な刑罰。いいかげんの方は、食料・医療品など必需品の配達の遅れとか)、自らの行いを省みる。
 あとはまあ、両国が険悪な状態に陥った時、両陣営の子供達が行き過ぎた自分の行為を反省して見せ、現実に戻った所で、けいこは相手の事情も聞かずに厳しく責めすぎた事を自省し、でもルールを守って欲しい事はお願いして、玉木などはうっかり忘れた事の詫びと明日は必ず本を持ってくる旨 誓えば良いかと。
 むー、お時間一杯っぽいか(笑)?

 難しいよねえ。
このテーマは本当、難しい。
 最初にも書いたけど、深夜枠で放送されるアニメなら、「あんまり堅苦しいルールを持ち出す人間は嫌われるから、もっと気楽に生きた方が良い」という描き方をしていても さほど問題ないと思う。
 でも、子供向け作品としては、「例え相手に嫌われても(皆のため)違反した者に厳しく当たり、ルールを守らせようとする子」肯定的に描いて上げて欲しかった気が。
 その辺は、作品を作る人間として、世の中がどの方向に進んで欲しいと思っているのか?という事を問われる部分。


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『ギャラクシーエンジェル』11.「彼岸への回転寿司」12.「鋼のジャンバラヤ」

 前半。
 いきなり人格(魂)が入れ替わっている、という冒頭部はともかく、当事者達がそれを全く苦にしていない様子、そして声優はそのままで 演技によって入れ替わった人格を演じるという なかなかにパターン破りな演出をしている所は、楽しかった。
 が…全体的には、「人格の入れ替わり」というネタを転がしてグレードアップしていく事に失敗しており、一番最初が最も面白くて、お話の中盤、後半にかけてはテンションが落ちて行っており残念。


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『サイボーグ009』21.「英雄の条件」

 超常的な敵と戦うのでなく、日常的な災害に対し、サイボーグの特殊能力を活かして救助活動を行う、という話で、こういうのが好きなオレは大変に楽しく見た。
分かり易く、サイボーグであるために優れている所と、「異質」である事の悲しさを描くには、やはりこうして人間との対比を行うのが効果的だと思う。

 もうちょい…燃えさかるビルの中に突っ込んでいく002を止めようとして「ジェットも死んじゃうよ!」と叫ぶジミーとか、脚部噴射で上層階に飛び上がってきた002に「どこから上がってきた?」と驚く消防隊員など、「彼は特別なんだ」と知っている視聴者にのみ、優越感と、裏腹な悲しさを感じさせてくれる描写を徹底して行って欲しかった。
 でもま、キャシーを抱えてジェット噴射で廊下を移動していく002は格好良かったし、「人間」というか「女性」「母親」としての強さで、くじけかける彼を叱咤激励するキャシーの姿もなかなか(彼が本物のサイボーグだと知った時のショックがもっと大きいと、より良かった)。

 自分がサイボーグだと公にする訳にはいかない002が救助ヘリに乗れるのか?など疑問もあるが、最後に母子の頭上を格好良く飛び去ってみせる002の勇姿で帳消し(^ ^)。
 「サイボーグは異質」という事を押さえつつも、002と母子との間に「もしかしたら」という明るい未来への希望を抱かせる、なかなか頑張ったお話。



02/03/09(土)

 気が付けば1700000を越える来訪者様をお迎えしておりました。
ありがたやありがたや。
 正直な所、そんなに大勢の方に見て頂けるような価値のあるページなのかどうか疑問もあるんですけども(汗)、まあこれからもボチボチと、精進したり しなかったりで、時間のある限り更新して参りたいと考えております。
 お暇な折には、お付き合いを願えれば幸いです。


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『カスミン』22.「龍ちゃん、いたずらする」

 一人きりでは生きて行けない、という事実を身に染みさせるため、時間を止める時計が龍之介の元に送られてくる話。

 時を止めて、カスミと一緒に街でやりたい放題やっている間は楽しく過ごしたが、自分に意見をしてきたカスミに苛立ちを感じ、彼女の時間まで止めてしまう龍之介。
 暴走していくワガママと、それに対する報い…音も無く友達も居ず、誰1人自分の世話を焼いてくれない世界で生きていかなければならない…が なかなかシビアで結構。
 何となく『ドラえもん』の「気に入らない人間を次々消していく、独裁者になれるスイッチ」を思い出してしまった。

 時間を止めたシチュエイションで色々と遊んでみせる様子が楽しく、特に「空中に制止させた空き缶に乗って空へと上って行く龍之介」「凍っている訳でもない川面でスケート」など、イマジネーションに感心した所も。

 で、ここからは内容とは関係ないゴタクだけども。
 時が止まった水面の上を歩けるんだったら、密度は低くとも「空気」が存在する空間中の移動にもかなりな抵抗が生じるのでは?
 空気に対流がないとすると、常に移動して口の中に酸素を送り込むようにしないと窒息しそうだし。
 「光」も止まっているんだったら、モノが在る方向に移動して眼球内に「光」を取り込むようにしないと何も見えない可能性も。
 …『空想科学ナンタラ』みたいになってきたから、この辺にしとこう(笑)。

 アレだね、時間を止めたい、というのは、若い頃はともかく今はそれほど真剣に希求しない欲求だなあ。
締め切り直前にはちょっとだけ止められるとイイかなあ、と思わないでもないけど。
 「自分の体の成長も止められる」んだったらともかく、時間を止めて行動すればするだけ、自分だけが周りよりも早く年取っていく事になる訳で、余り嬉しくない。
 テクノロジーがガンガン進歩して行ってる現状、この先、何が出来て、世の中どうなっていくのか、可能な限り先まで見たいと思ってるもんで、どちらかというと『おねがいティーチャー』の「停滞」現象みたいに数年間自分だけの時間を止めて、その間に発表されたゲームやら映画やらアニメやらの完成度の高いモノだけを、目が覚めたら一気に楽しませて頂きたいと思うぐらい。
 本当に、アニメ本編とは関係ないお話でした(^ ^)。


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『フィギュア17』09.「大切な人はいますか(後編)」

 牧場の娘・サクラが、これまで実感として知っているとは言えなかった両親の仕事の大変さを思い知り、思いを新たにする話。
 敵モンスターとの戦いは実に淡々としたモノで、戦闘ではいつもメインになるものと予想していた つばさ・ヒカル合体のフィギュアが、現場に到着した時には既に戦いは終わっていた、という扱い。
やっぱりこの作品にとって「戦闘シーン」ってのはアリバイ的に存在しているだけで、本質は『北の国から』な訳ね(^ ^)。

 コンサートに行きたいサクラと、それには反対な両親。
ただ押さえつけで行かせないと言っているのかと思えば、家の状況がそれを許さない程 大変だ、という事でもあったようだ。
 急に素直になってしまうサクラには、少々肩透かし気味な気持ちにもなってしまったが…
「子供向け」なアニメではないので無闇に分かり易くする必要もなく、自分にはとてもマネできない程の仕事量を、毎日 黙々とこなし続ける両親への尊敬の気持ちが生まれたから、という事だろうか、と想像させてはくれるので問題ないかな。



02/03/07(木)

 今更ながら、レンタルで『メトロポリス』を見る。
 手塚治虫の原作を、大友克洋が脚本化し、りんたろうが監督した大作。

 ええーと、まあ、予想通りな出来。
予想通りというのは、間違っても『銀河鉄道999』当時の期待を込めた予想ではなく、『迷宮物語』『X』など、アニメーションを画面的に成り立たせる技術は凄いんだけどもそれ以外のモノはちょっと…な作品を作り始めてからの監督が手掛けた最新作、としての予想に違わない出来だった、という事。

 このアニメは群衆劇であり、「街」自体が主人公だった、という事なんだろうなあ。
しかし…それにしてもキャラそれぞれに魅力が無く、気持ちが入れられない。
 ケンイチ少年は所謂 優等生的な性格しか持っていないため、イマイチ感情移入出来ない。
 ヒロイン・ティマもまた「そこに居ただけ」な描写が多くて、各状況に対してどのように感じていたのかが分かり辛い。
自分を人間であると、人間でありたいと感じている様子もないのに、ロボットだという事実に衝撃を受けられても…
突然にロボット達の怒りを体現してしまうのもどうか。
 ロックはまあ 寂しい哀しいキャラだったんだろうが、そもそも義父から何の愛情も受けてない風情だったしなあ。
ティマの登場以降 突然に義父に疎んじられるようになった、というのなら、憎しみにも抵抗にももうちょっと入りやすかったんだけど。
 ロボット刑事ペロは実にアッサリと破壊されてしまうし。
 ヒゲオヤジは…比較的良かったけども、最初の方、行方不明になっているケンイチの存在を忘れているような所が見受けられるのは残念。
 レッド公。
このオッサンが悪の魅力など振りまかなきゃイカンと思うのに、実にステレオタイプに世界制覇を狙っているだけで個性に欠ける。
ティマに対する偏愛、ロックへの冷遇という落差で、最後に訪れる悲劇を浮き彫りにして行かなきゃならない所を…何だかさほど興味が持てないキャラになっていた。

 じゃあ階層に別れている「街」には魅力とか、存在感があったかと言うに…
これがまた残念な事に感じられ無い。
 三階層にも別れている意味は無いような。
「支配者階級」「被・支配者階級」「ロボット」という都市構造を分かり易くするため?
 都市の魅力が描けてないので、ラストのカタストロフにカタルシスが無い。

 作画は綺麗
街のギミック、モブシーン、降りしきる雪などで、とにかく画面内の情報量を増やしているのには圧倒される。
 驚くべき描き込みで都市の崩壊を描くクライマックスは、レイ・チャールズの心に響く歌声と共に、劇場の大画面で見ていたなら(それまでのストーリーがどうであれ)胸に迫ってくるモノがあったのかも知れない。
 …でも、テレビで見たため、「ふーん、スゴイね」以上の感慨は持てなかった。

 見ながら思ったけども、似たような物語構造を描いた作品として『未来少年コナン』が上げられないだろうか。
地上の巨大な塔、地下の薄汚れた貧民窟、支配者階級に対する反乱、世界の制覇を狙う悪役、そのキーを握る少女、などなど。
 作品としての総時間が遙かに長い、という所を除いても、そりゃ『コナン』の方が全然良い出来なんだけども。

 最初にも書いた通り、期待がなかったので失望もない。
まあ、こんなもんだろう。


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『おねがいティーチャー』09.「もう、おわりにしよう」

 むぅー。
 そもそもが「年上の美人先生とウヤムヤのウチに結婚する事になって萌え萌え」という始まりで、この前まで「無意味に若くて美人で好意的な先生の母親と、最初は主人公に反発していたが その実 心惹かれている事が明らかになった妹」などとサービス過剰気味に萌え要素を盛りつけ、正直少々付いて行けなくなりかけた頃に訪れた、破局。
 その破局がまた、心情的にとても納得など出来ないモノで…

 先生と結婚生活を送り続けると 小石とは付き合えない。
そうすると小石が悲しむ。
悲しむと、数少ない親友の心情に影響された苺が「停滞」してしまう。
「停滞」の辛さが身に染みている主人公は、苺を再びその状態に追い込む事だけは避けたい。
そこで、先生と別れ、小石と付き合う決心をした。
 …という非常に回りくどい理由付けが成されており、分かり辛いんだよなあ。

 キーになっている「停滞」という現象が、そもそも実在しない病状だし、数年間時間が止まってたからってどーだってんだよ?という気持ちにしかなれない事もあるし。
 今後、『からくりサーカス』の「ゾナハ病(人を笑わせ続けていないと呼吸が出来なくなる病気)」ぐらいに納得のいく物語上の存在理由を見せてくれるのであれば良いんだけど…何となく不可解な状態のままで進んでいきそうな気がする。
 実は先生達「宇宙人」の来訪が、地球上に「停滞」現象を引き起こしている要因だった、とか(笑)。

 飢えた色ガキの年齢である主人公はともかく、美人で優秀らしい先生が主人公に惹かれていく過程が劇中 さほど描き込まれておらず、「無理があるなあ」とほとんどの視聴者は思っていたはずで、それを「まあ、『萌えアニメ』だからイイ事にしておこうか」と鷹揚に許して見続けようとしていた所に、突然に降って湧いた別れ話。
甘〜い恋愛ファンタジーにしたかったんじゃないのか?
 とにかく、少々シンドイ物語に入って来たのは確か。
これが、納得のいくエンディングに至るための助走なのか、噂に聞く『リヴァイアス』的なイヤな展開に向かって行こうとしているだけなのか。


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 一部のXboxで、 トレイに入れたディスクの外周に傷が付くって話があるらしい。
 当初は「自然現象だよ、ゲームが出来なくなる訳じゃなし、ガタガタ抜かすなジャップ(意訳)とコメントしていたマイクロソフトだけど、さすがに このまま問題が大きくなったらマズイと判断したのか、修理・交換に応じる事にした模様
 んー、どうせオレは購入の予定もなかったから関係ないんだけど、初動の対応の失敗は日本市場での信用を失わせるに十分かも。



02/03/06(水)

 ニュースでチラッと見せていた、ジー・オーグループ・大神会長の主演映画、『ブレード・オブ・ザ・サン』が見たいなあ。
ソフト化して売り出してみたら、そこそこの収益は上げるんじゃないだろうか。
『シベリア超特急』(水野 晴郎監督・主演映画)ぐらいには、多分。
 目論見であった興行収入180億円には達しまいけども。


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『だぁ!だぁ!だぁ!』78.「また会おうね」

 今頃になって最終回を見たので、感想。
 これまでに出てきたレギュラーキャラを総動員しての、かなり強引な盛り上げ(危機のシチュエイションには??と思わせられたモノも)、そして押し込んでくる「泣かせ」。
ちょっとでも心が離れた状態で見ていたなら、シンドくなっていたかも知れないが…
長い長いシリーズで積み重ねてきたキャラクター達の描写がここで結実化し、気を逸らさせない。
 結構ほろほろと泣けてしまった。

 ラストのエピソードは若干蛇足な気も…
高校卒業時、ぐらいまでにして、いつかルゥに再会出来るかも知れない可能性のみ匂わせて終わった方が好みだった。
 でもま、元々子供向けのアニメである事を考えれば、「徹底したハッピーエンド」にした事にも意味はあるのかもね。



02/03/04(月)

『ラーゼフォン』06.「消滅都市」

 むむむ〜、今回は…日本中から突っ込まれただろうけど、言い訳のしようが無い程に『エヴァ』ディラックの海使徒 話
ちょいと露骨すぎないかなあ。
 地面を水面に見立てて巨大なロボットを沈み込ませる かなり独特なシチュエイションが一緒なら、そこから脱出するのにパイロット個人の力ではなくコクピットに現れる幻の力を借りる所、脱出後 暴走気味のアクションを見せる所まで同じ。
 ある程度似ていても構わないと思うけど、ココまで一緒だと…途中からはもう先を見なくても話が分かってしまう、というか…
少々、ガッカリ。

 『エヴァ』パクリを除いても、今回は問題が多い。
 以前に、敵の襲来により多数の死傷者が出ていた事を聞き、妙に嬉しげな主人公。
??
被害者の関係者が近くにいるかも知れないのに(事実、キムが居た)、余りにも無神経。
 その態度に怒りを感じるキム、というのは分かり易い反応だが、反省した様子もないのにラーゼフォンへの搭乗を承認する主人公の反応は理解出来ない。
 出撃した主人公が地面へと沈降していくのを、全く無感情にレポートするキムの反応も物足りず。
多少なりと主人公とは感情の交流があったのだから、現心境が好意的なモノであれば心配の余り冷静さを失ってしまうとか、主人公みたいなヤツは居なくなってしまえと思っているのであれば薄い笑いを浮かべて見守るとか、何らかのリアクションがあってしかるべき。

 前回、結構主人公と仲良くなったかと思われた恵も、基本的に好意的であり続けているはずの遙でさえもが、危機に際して全く無反応。
みんな、冷たいなあ(笑)。
 ここで誰かが感情的な反応を示してくれる事によって、主人公とその人物との精神的繋がりがハッキリし、そういった関係を構築出来た地球組織側を主人公にとって「帰るべき・守るべき場所」として提示出来たのだが…まだ全然、見知らぬ場所なのね。
『エヴァ』での、取り乱したミサトの反応を見習ってはどうか?
 何を求め、何を守るために戦うのか分からないラーゼフォンの暴走にはカタルシスなど無く、どーやって敵をやっつけたのかも分からない決着の付け方を含めて気持ちが醒めていくばかり。

 「真実と幸せは意外に遠いモノさ。それが分かる程度には、オトナでしょ?」とか、なかなか良いセリフもあったんだけど、全部台無し。


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『ロックマンエグゼ』01.「プラグイン!ロックマン!」

 破綻のない、ごくオーソドックスな第1話。
 基本的には、古くは『プラレス三四郎』、割と新しくは『メダロット』のように、自分の代理として他のキャラクターに戦わせるタイプの話。
 でも、まるっきりヒトゴトになってしまわないように、先にデータ(ロックマン)をネット経由でクラスメートの女の子宅に送っておいて、後から主人公自身も物理的に走り出させる。
主人公の到着がなければパワーアップ出来ないロックマン、という設定上の縛りも加えてあって、作り方は結構 周到。

 作画や、電脳空間イメージの小技を含めて、この第1話目には見所が多かったが…
まあ、子供向けのアニメだからねえ。
もうちょっとだけ見てみるかな。


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 連日、鈴木 宗男 関係のニュースが大きく報道されている。
確かにしょーもないオッサンだけど、この程度の事、自民党の大物議員なら全員やってるでしょ?
 要は、田中真紀子に対する嫌がらせで世間の注目を浴びてしまったのが運の尽き、本来なら放っておかれたはずの痛い過去に「報道(攻撃)する価値」を与えてしまった訳だ。
バカねえ。
 下手すりゃ議員としての命取り。
 こうなる事が事前に分かっていたなら、田中真紀子になんかちょっかい出さずに放っておいたのではないか(笑)?



02/03/03(日)

『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』05.「素顔のおんぷ」

 ん〜。
 ハナとおんぷ、どっちに感情移入して見たかで印象が変わる話だなあ。

 ハナの方だと、以前の失敗を おんぷの仕事を成功させる方向で償った、という意味でハッピーな話。
 おんぷの方だと…
入ったお仕事がたまたま「写真集の撮影」という、無邪気・無防備なままの表情を晒す事が良い結果に繋がるモノだったから良かったが、仕事全体を甘く見られちゃあ困る、というか。
実際、番組前半でおんぷ自身が行っていた仕事、テレビドラマの収録、をハナが代わって行おうとした場合、表情を作る事もその場に即した感情を表す事も出来ずに終わってしまっただろうから。

 見ている方からすると、何度もハナが叱られるばかりの話はシンドイものがあり、「たまたま全てが良い方向に向かった」話でも歓迎したい気持ちはあるんだけど…
赤ん坊である自分では絶対に代われないプロの仕事の厳しさ、をハナが実感して終わる、という事でもシリーズとしての価値はあったかと。

 いくら「良い表情が撮れている」と言われても、その撮影対象が実際の自分ではなかった以上、写真の使用を許可出来ない おんぷはプロとして正しい。
そこを乗り越え、ハナの気持ちへの配慮と、自身のアイドルとしてのイメージへのプラスマイナスを計算し、最終的に使用を許可してしまうのもまた、したたかにプロ、という感じ(^ ^)。


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『ガイスターズ』22.「決戦の序章」

 前回、「都市の支配者」から「怪物の卵をポロポロ産む化け物」にまで落ちぶれた姿を見せてくれたエレシア。
 この人、結局何がしたかったんだっけ?
姉に成り代わって権力を手中にしたかったものとばかり思っていたんだけど。
取り返しが付かないような愉快な姿になってまで、何をしたいんだ?
汚れた人類全てを滅ぼして地上を浄化したいの?
 その辺が分からないもんで、姉妹の因縁の決戦であろう現状も何だかヒトゴト。

 突然、都市に帰る決心をするディーン父の心境も理解不能。
 ディーン自身についても、現在の入り組んだ家庭環境をどう捉えているのかが実感を持って伝わってこない。
 ピーラ(妹)、せっかく微妙な位置に居るキャラなのに、「私は人よりクリーチャーの味方」でも「人間でありたい」でもなく、その2つの立場に引き裂かれて苦しんでいる訳でさえ ない。
物語の根幹に関わるキャラだと思うのになあ。


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 ユニバーサル・スタジオ旅行の続き。

 インフルエンザを押さえ込んだ28日朝、入場ゲート前には既に結構な人の列が出来ており、もしかしてまた大混雑でアトラクション2つ程度しか回れなかったらどうしたもんか、などという不安に駆られながら、入場。

 まず、『バック・トゥー・ザ・フューチャー』ザ・ライドに向かう。
前回は2時間を超えて待たされる人の列が出来ていた人気アトラクション。
今回は…大丈夫だろうかと思いつつ待ち時間を見てみれば…
これが何と20分。
短っ!
 スイスイと入場。

 ここは、ディズニーランドのスター・ツアーズの様なアトラクションで、8人乗りの移動筐体が前面スクリーンの映像に合わせて前後左右に揺れる仕組み。
 いやー、これはオモシロイや。
映像にも迫力があるし、筐体の揺すり方も容赦がない(本当、心臓の弱い方にはお勧め出来ない感じ)。
 映像としての最後を、もうちょっと盛り上がったシチュエイションに設定してくれると更に嬉しかったかなあ。

 次、『ジュラシック・パーク』ザ・ライドへ。
待ち時間は10分ほど。
 内容は、ディズニーランドで言うとカリブの海賊とかスモールワールドとかみたいに、カクカク動くショボイ恐竜のハリボテが置いてあるコースを、スライダーに乗って回るモノ。
 いや本当、恐竜の作り物の出来は悪い
一度 海洋堂に相談してみてはどうか?
しかも演出が なってなく、登場総数も少ない。
 一番最後に待っている「ビル四階分の高さからの垂直落下」には確かに迫力があり、うひゃー!と思わされるけども…それは題材となっている映画とは関係ない面白さだろ?
これだけが面白いのならジェットコースターに乗ってればいい事で。
 ガッカリ。
乗る価値無し。

 『ジョーズ』
 これも『ジュラシック・パーク』と同じシステムのアトラクション。
造形も負けず劣らず、悪い
日中に見ると、サメの出来の劣悪さには笑ってしまうほど。
 が…ただ見世物だった『ジュラシック・パーク』と違い、一応ストーリーらしきモノがある事と、爆発など派手さがある事、客を乗せた船に同乗する案内人の「語り芸」がなかなか面白い事で、印象はこちらの方が遥かに良い。
 二度乗ってしまうほどに、気に入ってしまった

 そして『E.T.』
 大好きな映画のアトラクションであり、テレビ等での紹介画面がいかにもショボそうな事に不安を抱きながらもライドに乗ってみると…
想像以上にショボイ!
 一応コレもストーリーらしきモノがあるんだけど、映画と矛盾してるし、子供騙しとしか言い様が無く、このテーマパーク全体にかなり関わっているはずの監督・スピルバーグは何故こんなモノで妥協したのか理解不可能。
 去年、夏に訪れた際、『ターミネーター2:3D』の列に並んでいた時に、近くに居た親子連れの母親が「『E.T.』はどうだったの?」と聞くに、子供はもの凄い勢いで顔をしかめ、吐き捨てるように「ダメ!」と叫んでいたが、その気持ちがよく分かった(笑)。
 これも乗る価値無し
映画のファンであればあるほど、価値がない。

 去年見て面白かったので、また『ターミネーター2:3D』を見る事に。
これなんか、待ち時間0分だよ0分!
行ったらそのままスイッと館内に入れてしまった。
 ここは内容も面白いんだけども、そこに行く以前、コンパニオンが演じてみせる「綾小路麗香」嬢がとにかく楽しい。
客をコケにする語り芸は、さすが大阪(^ ^)というか、ディズニーランドでは絶対に許されない出し物だろう。
 そういえば、外回りを歩く着ぐるみキャラで『ピーナッツ(スヌーピー)』のルーシーが居るんだけども、そのスカートを後ろから何度もめくろうとした悪ガキが居て、気が付いたルーシーはそのガキの頭を「ぱしっ!」と張っていた。
ディズニーランドのミニーマウスなら、何されても客には絶対 手を上げないだろう(笑)。
その辺も、大阪らしさかなあ。
 それはともかく、コレは面白い
映画のファンなら、『3』公開前に見ておくと良いかと。

 アニマル・アクターズ・ステージで動物たちのショーを見る。
 むー、正直言うと、動物たちはさほど もの凄い芸を見せてくれる訳ではないのだが、これまた司会のお姉さんの「語り芸」で もたせている。
 まあまあ、楽しい

 バカ高い『ジュラシック・パーク』側のレストランで食事を取り(ココに限らず、食事は園内では食べない方がいいと思う。味はまあ「普通」だけど、とにかく値段が…シティーウォークに出れば、マクドもモスもあるのだし)、『ウォーターワールド』のショーへ。
 映画は日米問わず大コケしたが、ショーは面白い。
アメ公は「水」「火」が大好きなんだなあ、というのがよく分かる(笑)。
 映画を見てないと、主人公が 水棲人類化している事とか 悪役との因果関係とかの基本設定が分かり辛いが…まあハデハデな内容だけ眺めていても十分楽しめると思う。
 お勧め

 ついでに。
今回は入らなかったんだけども、『バックドラフト』の感想も。
 容赦が無く、熱い。
本当は何重にも安全策が講じられているのだろうが…最前列の柵を乗り越えて落ちたら、死ぬんじゃないかと思える程の迫力。
 一度見ておく価値はあると思うな。

 で、土産物屋をチョイと回り、アトラクション制覇に満足して園を後に。
 全体に。
混んでない時期にだったら遊びに行っていい場所だと思う。
混んでそうな時期に無理してまで行くような場所ではない、とも思うが。


 夜は、友人夫妻の案内でお勧めのうどん屋に。
 郊外にある、ガイドブックなどには載ってないお店なのだが、コレが「うどん」というモノに対する認識を変えられてしまうほどに美味しかった。
 大阪は凄いなあ。

 翌日、サイン会をさせて頂いた とらのあな なんば店で同人誌など買い込み(ココは本の内容が確認出来るんで本当に良い お店)、新幹線で帰途に。
 以上、大阪旅行の顛末でした。



02/03/01(金)

 ええと。
何から書こうかな。

 26日、火曜日、少々カゼ気味。
大事を取って、寝て過ごす。
 それは、27日から大阪に行く予定が入っていたから。
 なんでまた大阪に行く気になったのかというと…
去年、9月26日の日記をお読みになれば ある程度お分かり頂けると思うが…
 ハリウッド映画に毒された人間憧れの地であるユニバーサル・スタジオ
 オレが訪れた時には、平日であったにもかかわらず、前日の休日に大阪では運動会が多く行われており丁度その振り替え休日に当たっていたという事で、どのアトラクションも軒並み2時間待ちという地獄のような活況を呈していた ユニバーサル・スタジオ。
「呪われた」と、非常に失礼な前置詞を付けて我が家では呼称される事が多い あのユニバーサル・スタジオに、決死の雪辱戦を仕掛けるためである!

 日程は、この忙しいのに27、28、3月1日。
冬に入り、寒くなった事もあって園内の人出は相当に少なくなっているという情報があったのだが、一応 念には念を入れて、3日間もあれば さすがに回りきれるだろう、という読みで。

 が。
27日になり、朝方 熱を計ってみると7度4分ほど。
 体もダルかったため、やむを得ず 9時過ぎに取ってあった新幹線を諦め、昼まで休んで体調の回復を待つ事にする。
 しかし熱は上がるばかり。
8度6分、という、ここ20年以上 出した事がない体温を記録。
普段の体温が割と低めなもんで、この程度でもダメージが大きい。

 この時点で旅行の全予定キャンセルを真剣に考えたのだが、それでは「呪われた」(失礼だなあ)ユニバーサル・スタジオに「負けた」事になってしまう!
なにくそ!
 という訳で、旅行用の荷物を持って出掛け、行きつけの町医者に診てもらって薬でも受け取ってから行く事にする。

 いつ行っても空いている その町医者の診断では、「インフルエンザだろう」という事。
くわー!
 薬を出すので それを飲んで、安静にしているように、という指示。
これから大阪に行くんですけども、と言うと、驚いたような顔をしながら「それは、仕事で?」と聞いてくる。
「ユニバーサル・スタジオに遊びに」とか言ったら絶対怒られるなあ、と思ったので つい「もちろん、仕事です」と答える。
「うーん、静かにしてなきゃダメなんだけどね…まあ薬を飲んで、とにかく無理をしないように」と心配げな先生の言葉に、一瞬また「全旅程をキャンセルして帰って寝る」という選択肢が浮かんだが、何だか意地になってしまい、宇佐木 恵と東京駅に向かう。

 とりあえず出された薬を飲み、東京駅に着いて一番早く新大阪に行ける新幹線に飛び乗る。
 席に着いた途端に意識不明となり、時折 起き、また意識を失う。
 ある時に意識を取り戻した際、さっきまで やたらに痛んでいた関節が楽になってる事に気が付く。
治ったかな?などと思いつつカバンに入れておいた体温計で熱を測ってみた所、


9度8分


という、記憶する限り人生で最高の体温を目にし、意識が混濁して昏睡。
 楽になったと思ったのは、熱のせいで自分の体がよく分からなくなっていたから、なんだろう多分。

 「家を出る寸前に思い直して やっぱり旅行を中止にし、寝てる事にしたんだけど正解だったよね」という非常に今更な男らしくない夢など見ている内に新大阪着。
 ユニバーサル・スタジオ間近の近鉄ホテルを予約してあったので、ふらふらと そこまで辿り着き、部屋のベッドに倒れ込む。
 熱は、8度7分
新幹線車内よりは少し下がったのを喜び、宇佐木に体温計を見せたのだが全然喜んでくれず、それどころかその額に深い縦皺が刻まれているのに気が付く。
 幸いな事に部屋には加湿器が据え付けられていたので、全開にする。
 宇佐木がホテル外で買ってきてくれたハンバーガーをミルクで無理矢理流し込み、寝る。

 布団の中で汗が止まらず、ずーっと寝入ったり目が覚めたりを繰り返す。
もしか、
もう一度 熱が9度を超える事があったらタクシー呼んで病院に行った方がいいんだろうなあ
とか、
そこまでは行かずとも現症状が続くのなら明日は遊びに行くどころじゃなくてチェックアウトしたら2日目の宿泊先までタクシーで移動し そこでそのまま寝続けてた方がいいのかも
とか、
これでこじらせて肺炎にでもなったら周辺に1人の同情をしてくれる人も出ず全員から「バカ」と呼ばれるだろうなあ
とか、
大人になって高熱を出すと精子が死んじゃうとか聞いた事あるけど 9度超えて大丈夫なんだろうか
とか熱に浮かされて途切れ途切れに考える。



 そして、夜明け間近にようやく深い眠りに落ち、7時過ぎに目が覚め、恐る恐る体温を測ってみるに…








   6度8分





平熱じゃん。

 測り間違いかと思い、何度もやり直してみたが結果は同じ。

 え?治ったの?
 前日 9度8分の熱が出たインフルエンザで、無理な旅行をしたというのに、一晩寝たら全快ってアリなの?
 そうは思うけど、治ってしまったモノは仕方ない。
事実、現在(03/02・02:30)まで熱が ぶり返す事もなく…気管を痛めたらしくて若干咳が出る程度で、症状は留まっている。

 薬(タミフル75という名前のもの)が驚異的な効き目を持っていたのか、薬嫌いのオレの体にだけ本来の効果以上の薬効が現れたのか、もの凄く弱っちいインフルエンザ・ウィルスだったため時間が経って勝手に死滅したのか、何としてもユニバーサル・スタジオにリベンジをかましたいというコケの一念が治癒力を大幅にアップしたのか、何が回復の一番の原因かは分からないが。
 今回のケースだけは、家で寝ているよりも無理矢理 大阪に出掛けた事がプラスに働いたのでは、という気がするなあ。
ユニバーサル健康法(笑)?

 ああ、でもインフルエンザの場合、外に出ると、自分が苦しいだけじゃなくて他の人に迷惑を掛ける恐れがあるのか。
 ええと、外に居る間、インフルエンザのウィルスも通さない、と書かれたマスクを付け続けていたので、他の人には伝染ってないと思う。
多分。きっと。
 よ、良い子はマネせず、お熱の時は お家で静かに寝ていましょうね(^_^;)。

 長くなったんで、スタジオ内の話は後日。



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