ときどき日記 02/08(後)


02/08/31(土)

 昨日は、大勢の方のご来訪を頂きまして、誠にありがとうございました。
 今日になってから かなり通常通りのアクセス数に戻っているようなのは、
「ココに書いてある事が期待と違って面白くない」
から、でしょう。
 すいませんね。たはは。


 なんかね、いや、ココだけの話ですけど、関係者から聞いた所に寄りますと、
飛龍 乱のHPを、うっとおしく思っているアニメ関係者が、結構いる!
らしいんですよ。
 うーん、びっくり。
 好かれていると思っていた訳ではもちろん無いですが、嫌われているとも思わず…というより、そういう格上の人達がこんなページを読んで下さってるとは夢にも思いませんで。
存在さえ知らないとばかり。
 いや、知らない、興味もない方が圧倒的に多いのは確かでしょうけども。


 クリエーターは誰でも、表面に出やすいか出辛いかの差こそあれ、とてもデリケートです。
仕事に慣れ、一級になっても、なお。
いや、もしかしたら高みに登れば登るほどデリケートになっていくのかも。
 漫画の神様や、偉いアニメ監督にさえ、他者から言われた一言を気に病んで作品を丸ごと作り直した事がある、という逸話が残されているぐらい。
 それを…まあ立場の差はおいといて…一応は同業者として実感的に知っていながらなお ぼくが、作品にゴタクを並べて良いモノなのかどうか。
 考えましたが、全然 結論は出ませんでした。

 だからまた、すぐにヘコむかも知れませんし、迷うかも知れません。
 でもま、描く事も、書く事も好きですから。
 好きでやってますんで。
 なかなか、やめられないですね。


 1人に嫌われたらオロオロですが、100人に嫌われたら まあもうクヨクヨしてもしょーがない、と。
 ぼちぼち、開き直る事にしましょうか。



02/08/30(金)

 凄いスピードでカウンターが回っております。
どこかトンデモない所にリンクでも張られているのでしょうか?

 今回の事は全く個人的な話だと思ってました。
が…思わぬ所に思わぬ影響が出ている旨 聞かされ、驚いております。


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 折角ご来訪者激増中なので、単行本のコマーシャルを。えへへへへ。
 最新刊・「べびー・ふぇいすっ!」が、9月25日(もしかして少し早くに売られる可能性もあるという事ですが)発売になります。

 表紙ラフ。

 色塗りが未完成であり、ここからまだデザイナー様の手も経ますので、実際の表紙はかなり印象が違うものになると思います。
 よろしければ是非、書店店頭などで御覧になって下さい。
 出来たら ご購入頂けますと…大変に大変に嬉しいです(^ ^)。




 掲示板やメールで多くのお言葉を頂き、誠にありがとうございます。

 迂闊な事でしたが…
 先の、自分の書き方だと、先様のせいで日記の更新及び公開が出来なくなった、と読めてしまいますね。
というか、そうとしか読めないでしょう。
 そうなると、ぼくの日記を、大変ありがたい事に「楽しんで」お読み下さっていた方達に、先様に対して無用な感情を抱かせてしまう恐れがあった訳です。
くわー、迂闊、と言うより、馬鹿


 普通に作品を楽しまれている方達が、それについて何を語ろうと全く自由です。
そういう意見・感想・批評・批判につき、僅かでも「規制をかけたい」という意志が作者側から表された場合には、その相手に対してぼくも抗議の声を上げます。

 でも、同業者(と、並び称して頂ける立場に自分が居るとは思えませんけれど、先様がそう呼んで下さり、大変嬉しかったので)が互いの仕事内容を、毀誉褒貶いずれにせよ評価して語るのは、御法度。
しかもそれを不特定多数の目にとまる公の場で行うなど、言語道断。
 明文化されている訳ではありませんし、お分かり頂けるかどうかも分かりませんが…これは当然 守るべき基本的ルールであり、仁義、ってものなのです。

 それを土足で踏みにじり、いい気になって好き勝手な感想文書きを長期に渡って続けてきた訳で、そのうち何か言われるだろうな、という事ぐらいは さすがに覚悟 出来ておりました。
 覚悟 出来ているつもりでした。
 しかし…
 いつかこのような時が来るとは思っていましたがいざとなると怖いものです手の震えが止まりません(『機動戦士ガンダム』41話「光る宇宙」より)。

 元々 忸怩(じくじ)たるものがあったため、そこに一言が加わっただけで、バランスを崩してしまいました。
その一言の軽重には関わらず。

 まあ、簡単にまとめると、ヘタレだな飛龍 乱、って事ですな。
ヘタレだから、オタオタした対応を見せてます。
 今の状態になった事に、それ以外、何の理由も原因もありません。


 でも、懲りずに ぼちぼちと更新、やりますよー。


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 上の文が何の事やら意味不明な方、すいません。
 タワゴトと思って気にしないで下さい。



02/08/27(火)

 今頃になってようやく、ジブリの新作映画『猫の恩返し』を見る。

 ええと、まず併映の『ギブリーズepisode2』から。
 うーーん、ジブリのアニメーション技術はもの凄いんだなあ、という事はよく分かった。
実験アニメ調に様々な技法で作られた画面…3Dを水彩画調に処理したものや『山田くん』を更に進めた柔らかな画調のものなどが、鮮烈な印象を残す。
画法は普通でも、御大とか程のキツイ縛りが無く、割と自由な作画が出来る開放感からか、楽しげに動かしてるよう、思える。

 お話。
 野中くん、の初恋話は個人的に胸に染みるモノがあり、悪くなかったが…
 全体には、全然知らない会社の仲間受け社内事情を聞かされているようで。
「うわ!徳さんの絵、似てるぅぅ〜!」「大発表!今や伝説と化してる『カレー勝負事件』の全容はこうだ!」「出たぁ!蛍ちゃん必殺の絶叫がぁ!サイコー」なんていう、部外者には意味不明だが、作ってる自分達だけはとっても楽しい、みたいなアニメを見せられても…

 ギブリがジブリだとしたら、抱えている一番面白いキャラクターは「宮崎 駿」だと思うが。
 事故にあったアニメーターを「この忙しいのに無責任な!」と罵倒してみたり、上がってきた絵を見て描いた人間の人生まで否定したりと、人間性に問題を孕みながらも(笑)、作り上げる作品はPTAの皆様もご推奨の暖かなモノだったりする矛盾を描いてみれば、コレは誰でも笑える作品になると思うのになあ。


 で、『猫の恩返し』
 いやあ、面白かった
ジュブナイル作品、もしくは集英社コバルト文庫的作品としては、何の文句もない。

 冒険、冒険の連続なお話だが、「危機感」よりは「楽しさ」が、より感じられる。
 誰も死なないし、ケガすらしない(王宮の高みから投げ落とされた猫たちさえ、アトでぼんやり座っている姿を見せる)。
 主人公、人が良くて のんきなハルからして、自分の姿が変わる事、一生元の世界に帰れないかも知れない事にも、時折「それはそれでもイイか」と思ってしまう程度の危機意識しか持っていない。

 まあ確かにバロンは やたら格好イイからねえ。
昨今、これほどダンディーに描かれたキャラクターも珍しい。
 『セーラームーン』のタキシード仮面辺りは、そういうキャラの「パロディー」として存在していたが、バロンは大まじめに紳士を演じてみせる。
 王宮で、少女をリードして華麗にダンスを踊る、なんてシーンを、今時こんなに真摯な絵に出来るとは。
 見ている女の子達にとっても、「クラスの男共より、バロンの方がずっと素敵」と思え、彼に惹かれ、猫になる事にも抵抗を感じなくなってしまうハルの気持ちに十分感情移入が出来ただろう。

 他のキャラクター。
 乱暴者だが気のいいムタ、そのケンカ友達で頼りになりそうなトト、ワガママな猫王、賢く礼儀正しいルーン、可憐なユキなど、メインのキャラは勿論、王の側近で冷静・非情にすら見えるが忠誠心に篤いナトリ、物事を何でも楽しく考えているようなナトル、王に近寄る野良猫共をひたすら蹴り飛ばすSP猫達まで、「ああ、コイツはこういう奴なんだな」というのが見てすぐ理解できる。
「出ただけで役に立たない」キャラを作らない構成力も大したモノ。

 ハルの悩みは、好きな男の子に彼女が居て悲しい、という程度のモノなんで、猫の国を通り抜けた経験による「解放」がイマイチ生きてない、って気もしないではないが…
 まーその位の事でも高校生ぐらいの女の子には世界一の重大事であろうし、またハルを陰々滅々としたキャラにしなかった事で作品全体が凄く見易くなっているのも確かだから、いいかな。

 宮崎作品ほどの「老練さ」は感じられなかったが、若い、瑞々しい感性が全体に溢れており、暖かく穏やかな作品の雰囲気には「見終わるのが惜しい」とさえ思わせられた。
 小さな子供から、イイ歳の大人まで、家族で見て誰も退屈しない、まさしくジブリ・ブランドにふさわしい映画。
 オレは、好きだなあ。
 「バロン冒険記」として、何本かシリーズ化してもイイぐらいだと思う。

 この映画本編とは関係ないが。
 最近テレビで流しているスポットCMの、シーンの選び方は どうだろうか?
派手なアクションシーンなら他にもあろうに…意外性を持たせた見せ場を無神経に流してしまうと…作品の価値を減じるだけ。


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『ラーゼフォン』25.「神の不確かな音」

 ???
 意味ありげに出したキャラをポコポコ無意味に殺してみたり、よく分からない用語を使ってあったりで、どう見ればいいのか…
 元々、キャラクターも設定も「記号的」に存在するモノで、「A君がBという超絶メカに乗り込んでC帝国をD兵器で攻撃、その余波を喰らってE大陸ごとF嬢が消滅した」と言われても何の感慨も湧かないはず。
このAだのBだのいうモノに個別の名前を与え、意味付けと価値付けを行い、見ている人に好意を感じてもらって「失うのが惜しい」と思わせるのが作劇技術。
 それ無しで、キャラを消そうが設定を変えようが、取り立てて どうとも感じられない。

 こんな状態のまま、来週で終わりかあ。



02/08/26(月)

 WOWOWで放送されていた映画『U-571』を見る。
 監督は、不条理な恐怖を描いて途中までは非常に面白かった(後半は緊張感が途切れる)『ブレーキ・ダウン』のジョナサン・モストウ。

 第二次大戦、漂流中のUボートに搭載されている暗号機を奪取するため、米軍潜水艦が現地に向かう…

 とにかく次から次へと危機が襲いかかり、飽きさせない。
「潜水艦もの」に求められる要素…「暗いよ狭いよ怖いよ」をきちんと感じさせてくれるし。
 投下される爆雷の恐怖、水圧の圧迫感、艦の壁面を走るパイプから噴き出す海水。
うん、これが潜水艦だよね。

 惜しいのは…
 米軍人達が、奪取したボロボロの敵ドイツ軍・Uボートで見せるアクション、が主題なのだから、それをもうちょっと活かして。
 ドイツ海軍に囲まれた際、自分達をドイツ人に見せかけて脱出するとか、逆に作戦内容を知らない米軍に攻撃を受け、通信は出来ず反撃もためらわれ撃沈されかかるとか、基本設定を活かした場面がもっとあると良かったかなあ。
 この映画の内容なら、乗り込んでいるのが「破損した米潜水艦」であっても ほとんど同じ内容のモノが出来そうで。

 潜水艦映画の傑作、『Uボート』と比較すると辛い部分はあるが…でも、決して悪い出来ではない。
一見の価値はある映画。


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 WOWOWで放送されていた映画『チキン・ラン』を見る。
 監督は、傑作クレイアニメーション『ウォレスとグルミット』シリーズのニック・パーク、アードマン・アニメーションズ。

 内容は、厳しい管理体制下にある養鶏場から、ニワトリたちが自由を求めて『大脱走』する、というもの。

 『ウォレスとグルミット』シリーズがとても好きなもんで、そのスラップスティックなギャグや、犬のグルミットに代表される独特で強烈で魅力的なキャラクターが登場する事を期待して見たが…
ちょっと期待外れ
 いや、取り立てて大きくココが悪い!と言えるような部分はないんだけど…
 上映時間がこれまでより長くなったせいか、「無くても構わないだろう」と思える、ダレたシーンが多い。
そういう所をスッパリ切り捨て、一時間弱ぐらいの作品にすれば、随分見やすくなったと思う。
 「死」が目前に控える悲惨な養鶏場の状況と、そこで暮らす、どうしても楽しげに見えてしまうクレイアニメーションのキャラクターが齟齬を来しているのではないか、という気も。

 とはいえ、自動チキンパイ製造器でのアクション、そしてラストで見せる脱走劇に詰め込まれたアイディアには、緊張感と馬鹿馬鹿しさが満ちており、これまでの作品にも負けず劣らず面白かったのだが。

 全体的には…
脱出もの、としてのパターンを忠実に踏んでいるため先が読め、登場するキャラクターも悪くはないが印象には薄く、結果的にクレイアニメーション自体が持つ魅力以外には、「先へ先へ見せていく力」が弱くなっている。
 次回作は、もっと肩の力を抜き、かつての持ち味をより強く感じさせてくれる内容のモノを見せて欲しいなあ。



02/08/25(日)

『仮面ライダー龍騎』30.

 先週はシリーズを通して一回限りの異色・馬鹿話かと思いきや、続く今回も大馬鹿な話。
 いつもの物語から離れて、馬鹿視点からキャラクターを見ると、特に嫌味な弁護士の面白さ しょうがなさが際立っており、すっかり憎めなくなってしまった。
 脱獄囚ライダーを出さないのは、彼までギャグ世界に取り込むと全体の締まりが悪くなるからかな。
彼がお笑いをやると、そのまんま『シャンゼリオン』になるから、という理由も(笑)?


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『ぴたテン』21.「女の子のがんばり方」

 猫耳少女・小星をメインに据えた話で、意外にも乱暴者(^ ^)なキャラだった過去と、空回りする現在の頑張りの様子をテンポ良く描いて見せてくれた。
 …しかし湖太郎、いじめっ子達に泣かされていた所を すっかりと小星に助けてもらってたようだが…少しは情けないと思った方がいいな、うん。

 このアニメはここまで、のほほんとしていて居心地がいい、とも言えるが、波乱が無さ過ぎ、とも言える お話をずーーーっと見せている。
 だからまあ、見てイヤな気分になる事はないが、「絶対に見逃せない!」と思うほど視聴に執着する事もなく。
 原作漫画は もうちょっとだけ波乱の予感を孕んでいると思うのだが…

 単純にサービスシーンを増やせば商品価値は上げられるけど、テレ東規制の中だと難しいし、何より そういう売り方は原作の精神に沿っていないか。

 うーん、やっぱり、美紗が一人前になるためには「何か」を見つけなければならない(『シュガー』だな)という設定を加え、出来ればそれに時間制限も付けるとか、悲惨気味な湖太郎の過去をもっと細かく描いてみせるとか、「優しい女の子」であると同時に「悪魔」でもある自分に引き裂かれる紫亜の危うさを出すとか、何かしら来週も見続けさせる仕掛けを設けた方が良かったような。
 ちょっと、弱い。


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『サイボーグ009』44.「地下帝国「ヨミ」編(2) バン・ボグート」

 008の全身ウロコ改造エピソードを子供の時に読んで、苦悩しているピュンマの気持ちが良く理解出来ず、「強くなれたんだからイイじゃん」などと考えていた事を思い出した。
何しろその頃オレは、強くなれるなら機械の体になる事も辞さず、だったから。
勿論、それによって生じるリスクと失うモノ、については全然考えていなかった訳だが(汗)。

 「ロボット」ではなく、あくまで「サイボーグ」な彼らにとって、「人であること」「まだ自分は人間だと思えること」は何よりも大事な、精神の拠り所だろう。
だから「高性能な戦闘マシン」に近づいていく事は、ただ苦痛であり恐怖。
強化改造をしなければ戦いに勝てない、と分かっていても。

 改造を責める仲間達の声に傷付くギルモア、苦しむ008に語りかける、最も「戦闘マシン」に近い男・004、ふっきった008が見せる水中戦のカタルシス、そしてギルモアとの和解。
それにヘレンの謎と、バン・ボグートの恐ろしさを絡め、30分アッという間に見せてくれる出来の良いお話だった。

 ところで、バン・ボグートってのは、SF作家で『宇宙船ビーグル号の冒険』『スラン』の作者、A.E.ヴァン・ヴォークトから取ってるのかね?
『イシャーの武器店』『武器製造業者』なんていう作品も書いている事から、死の商人・ブラックゴーストに属する人間の名前としてふさわしい、と考えたとか(^ ^)?



02/08/24(土)

『満月をさがして』21.「新たな思い」

 以前も出てきたライバル女、若松 円がまた登場。
 悪い噂を流して…というのはともかく、衣装を切り刻むのは、犯人だとバレたら大変な事になるのでリスクが大きすぎるような。
イジメとしても行き過ぎで、かえって陰惨さが無くなった気も。

 しかし、芸能界的なイジメって現存するものかね?
似たキャラクターを持ち、オーディションではいつもギリギリまで競る相手が居たなら、出来れば消えて欲しいと思うかも知れないが。
 そんな事しなければ生き残れない、という程度の実力の持ち主だという事 自体が、どのみち消えていく運命を示していると思うな。
 漫画界には そういうイジメとか他人の足を引っ張るという行為が無い…ほとんど無いと思う、やっても意味無いし…ため、どうも個人的には現実感に欠ける。

 円の、善意が裏目に出続けた悲惨な過去が示された。
 …という事は、その頑なな気持ちが解ける展開が後にあるという事。
フルムーンを悪く言う者には容赦しない、強力なお友達キャラにするのもイイと思うな。


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『東京ミュウミュウ』21.「心の火花、いちごとみんとのすれ違い」

 冒頭のカフェでのドタバタ。
玉乗りではなく「玉乗られ」を見せる歩鈴、突っ込む いちご、飲食代に加えて客からショウの料金を徴収しようとする ざくろ、その料金が10円(言い直して5円)と聞いてショックな歩鈴。
テンポが良くて、笑ってしまった。

 今回メインの話は、前途に待ち受ける余りにも厳しい戦いに、気力を失ってしまった みんとを立ち直らせる、というものだった。
 「戦わなければみんな死ぬ、いずれ死ぬのなら今死んでも同じだろう」という無茶な理屈で みんとに襲いかかる ざくろの逆療法がなかなか。
 体を張って みんとを庇い、その心の内にもう一度戦う気持ちを奮い起こさせたペットの犬が、実は ざくろと共謀していた、というオチも、ちょっとヒネってあってイイ。
ざくろはハイイロオオカミなため、似た種族である犬とは心を通わせる事が出来た、という事か。

 設定的には…
 何で普通の女の子5人が戦わなければならないのか、とか、絶滅危惧種ならもっと沢山いるだろうから戦力補充のためメンバーを更に増やしてはどうか、など、基本的な「5人だけが戦うべき理由」には疑問が残る。
 その辺、『セーラームーン』は巧く処理してあったなあ、と今更思う。
 でもま、『ミュウミュウ』は あんまりシリアスな戦いを見せる訳でもないので、「そういう設定なんだから仕方ない」で納得出来なくもないか(だから、今回のように真面目に戦いを悩む姿を見せ過ぎると、バランスを崩す恐れが)。

 巨大モンスターの上部にある弱点を攻撃するため、みんとが射た矢を、いちごが空中で自分の体を使って方向ベクトルを変更し、撃ち込んでみせるアクションの組み立てには感心。
 年齢に不相応な程 人心の機微に通じすぎていないか?と驚く白金に、ざくろが応えた「女に歳を訊くものじゃないわ」というセリフ。
「実年齢よりは多分 若く見えてると思うんだけど本当はいくつ?」と言われた場合の答えとしてはよく使われるが、「まだ中学生なのに精神年齢が高すぎる」と言われている事に対して返す使い方は初めて見た(聞いた)ような。
良いセンスだなあ。
 いや、イロイロと面白い話だった。


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『円盤皇女ワるきゅーレ』08.「猫耳慰安旅行」

 無理矢理 猫耳を生やされ、皇国の侍女にされてしまった女の子達は、どういう気持ちでいるのかずっと不思議だった。
でも、そういうややこしい設定に斬り込む事はあるまい、と思っていたが、意外にも彼女達の日常が描かれた お話。
 とはいえ、「普段の生活でもシンドイ思いをしているのに、縁もゆかりもない皇室のため(恐らくは無給で)コキ使われている事についてはどう思っているのか」という肝心な所は無視し、「同じ『侍女軍団』の皆と過ごせて楽しい」といったボケた意見を描く事で、とても巧く誤魔化して見せた訳だが(^ ^)。

 主人公であるはずの和人は家に置き去り、男抜き、女の子だけで海へ、というサービス精神の割り切り方には驚く。
 バス車内でのカラオケ大会、車に酔って『あしたのジョー2』調な透過光の○○を見せる子供ワルキューレ、巨大鮫に食われそうになる真田だが逆襲して捕獲・浜辺で丸焼きに、UFOで墜落してきたライネ、子供用水着のまま成長したため「渚のセクシー・クイーン」状態になってしまうハイドラ、過激な宴会芸を見せる ワルキューレに変身したライネ、愛する姫様の姿での御乱行に大騒ぎの真田、などなど、楽しい夏の出来事、を表現するに十分すぎるイベントが詰め込まれてあり、非常に面白く見られた。

 正直、作画はイマイチ冴えなかったが…
お話の楽しさ・演出のテンポの良さで、「萌え」「サービス」中心の今回のような話としては致命的なはずの作画のマイナスでさえ、カバー可能なんだなあ。
 スゴイや。



02/08/22(木)

『陸上防衛隊まおちゃん』08.「プロジェクト防衛結界」

 地球に迫る巨大・可愛いエイリアン。
特訓の成果、防衛結界で危機を回避するのかと思いきや…
 巧い肩透かし方で、つい笑ってしまった。

 しかしアレだね。
 このアニメ。
 客が「女の子可愛い!萌え萌え〜」と感じてくれたなら。
それはもちろん制作者の企画意図に沿う、思惑通りの反応だもんで、ニヤリ、とするのは当然だが。
 「下らねえ、何考えてんだ!意味がない、こんなアニメ作ってんじゃねえ!」と反発を感じてみせる事もまた、制作者にとっては十分に予想の範囲内じゃないかという気が。
 宮崎 駿は『千と千尋』の酷評を目にしたら、多かれ少なかれ落ち込むだろう。
出渕 裕も、『ラーゼフォン』への批判を読んでしまった後は、結構凹んでしまうと思う。
 でも、『まおちゃん』スタッフは、平気…かも。
反発が出る事も、罵倒される事さえ、最初に織り込み済みだろうから。

 何と言うか、このアニメについては、作られた時点で小ウルサイ オタク層の負け、って気がしてならない。
 勝ち負けの問題じゃないか(笑)。


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『朝霧の巫女』08.「ヤガレナ」

 真っ当な作りで、そこはかとなく原作っぽいテイストも醸し出されて来、悪くないんだけど、そうなると「何か語ろう」としている事が15分(実質10分もない?)という短い枠のために逆に枷になってきているような。
 こっちは30分枠にした方が良かったなあ。
 『まおちゃん』は30分続けて見せる作品じゃないが(30分枠なら企画段階から違う内容にしていただろうけど)。



02/08/20(火)

『ラーゼフォン』24.「調律への扉」

 イロイロ謎解きが成されたようだけど、「なるほど、そうだったのか!」という感慨はなく、「ああ、そう」程度に留まったもんで特に大きな感想はない。
 キャラクターの心情に振幅も持たせず、久遠が綾人と樹の母親(遺伝子提供者)だった、と聞かされても、「そういう設定があるアニメだったんだ」と思うだけで、他には何も思えないなあ。
 それは例えば、実は神名麻弥・久遠の遺伝子は異星人から取られている、でも、恵は本当は功刀の娘、でも、舞台となっているこの星は地球ではなくて火星だった、でも、ラーゼフォンが真に目覚めると宇宙が破壊される、でも同じ。
「ああ、そう」

 BSで再放送中の『赤毛のアン』で。
 アンを喜ばせようと、お菓子を買ってきたマシュウ(養父)。
手渡され、大喜びのアンだが、少し考える表情を見せ、「これ、半分ダイアナ(親友の少女)に上げてもいい?」と聞く。
 アンだけのため、非常に内向的なマシュウが頑張って買ってきたお菓子。
それを、相手がダイアナとはいえ、半分上げるのはどうか…と思ったが。
 「いいとも」、ためらい無く、頷くマシュウ。
 アンが二階に上がって行ってから、マリラ(養母)は「あの子の良い所はね、ケチじゃない、って事ですよ」と自慢げにマシュウに語る。
いつもアンに厳しく、自分自身の事でさえ自慢した事がない彼女が見せる、珍しいほど得意げな表情。
 意見への同意と、アンが居ない所では甘さを見せる彼女の気持ちに対し、満面の笑みを見せるマシュウ。

 何の特別なドラマも起こっていない。
アンは実の両親と対面したりしないし、死を目前にしたマシュウが「ワシの事は構うな、お前だけでも逃げろ!」などと叫んだりしていない。
 でも、とにかくオレはここでボロボロ泣いた
 こんなに僅かな心の触れ合いを描くだけでも、見ている人の心は動かせる。
…まあ勿論そこには、高いレベルの「物語る力」が必要な訳だけど。

 話は戻って『ラーゼフォン』、主人公と遙の告白・別れのシーン。
 ええと、綾人は いつ遙への愛情を自覚したの?
 ドラマとしては どの女性キャラクターも同程度に…さほど魅力的ではなく…描いてきたのに、イキナリ遙 一筋になられてもなあ。
 その場の雰囲気(シナリオの都合)に流されまくる主人公だから、そこに居たのが恵なら恵に、朝比奈 浩子が生き返ってきたら浩子に、久遠母ちゃんなら彼女に告白してしまったんじゃないかと思うと更に、値打ちを感じられないシーン。
 また、同時刻にエルフィ達の隊が死を賭した戦いに出ており、綾人・遙がグダグダしている内に金髪姉ちゃんなんか死んでしまった訳で、「もういいから早く行け」という気持ちになるばかり。

 東京ジュピターに「時の壁」を設定したのは、この綾人・遙の間に障害を設け、それを乗り越えていくドラマにする目的が大きかったんじゃないのか?
 そのドラマが結実する瞬間、見ている人の心をグイッ!と動かすべきシーンが、この程度の出来になってしまったけども、イイの?


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 パーフェクTVで放送されていた映画『サイレントメビウス』『サイレントメビウス2』を見る。
 91年、92年に公開されたもの。
 確かどちらも、レンタル版が出た時に一度見たような気がするんだけど、すっかり忘れ去っていたため ほとんど初見の印象。
 原作漫画版は、数巻読んだ気がするが、これまた さほど印象に残っていない。

 『1』は、主人公である香津美・リキュールが自分の力に覚醒する以前の話であり、妖魔を見ては きゃーきゃー泣き叫ぶばっかりなもんで、見てもストレスが溜まるだけ…
 恐らくは、「漫画連載では大活躍している香津美に、メンバーの足を引っ張っているだけのこんな頃があった」という意外性が見所…だったんだろう。

 『2』も…
『1』の最後で力に目覚めたはずの香津美が、またも戦う事を忌避して逃げ回る話がメインになっており、どーだろかと思ったが、かなり強引にだったけど友情を結んだ仲間達のために立ち上がるラストは なかなか。
 これ、『1』『2』で一本の話になっており、通して見ないと全体像がよく分からない構成になっているんだなあ。

 作画も演出も結構高いレベルをキープしているが、ストーリーが非常にスタンダードなため、今となっては、見なければならない!という程では無い作品。



02/08/18(日)

『サイボーグ009』43.「地下帝国「ヨミ」編(1) 異変」

 先週の「ミュータント戦士編」最終話でもそうだったが、この作品はどこまでも「戦いの虚しさ」を描いており、「勝つ」事の爽快感からは遠いドラマ作りをしている。

 ミュータント達。
戦う事に喜びを見出してしまったケインは それを悲しむリナと共に時の向こう側へと消え、フィルは その命と引き替えにガモの船を破壊、ミーは 自分達を絶望させた未来が変わりつつある事を知り、身の消滅を従容と受け入れる。
 今回の、改造されたジョーの旧友達にしても、変わり果てた姿になって なお心の内に残っていたジョーへの友情・愛情が、ブラックゴーストに加えられ続けた強制力に勝った(爆発にジョーを巻き込まなかった)、という描き方。
 どちらのキャラクターも、主人公達に倒された訳ではない。

 戦いをタダ気持ち良く描くのではなく、テーマを彫り込む方法として有効に使う。
作劇レベルの高い作品。

 ところで、ジョーの友達は何故あんなに格好悪い( ^ ^ )改造をされたのかなあ?
能力的にも00ナンバーサイボーグより大幅に落ちるし(鉄のツメだけが武器のヤツなんて哀しすぎ)。
 一度本部を破壊され、ギルモアも居なくなった事で、サイボーグ技術が低下してしまったのだろうか?
すぐ自爆させるから、という事で、余り高い技術を注入する必要を感じなかったのかも知れないが。
 もう懲りたはずなのに、改造に伴う人間時の記憶消去・脳改造もしていない所を見ると、ジョーを精神的に追い詰める事だけが目的で、元々戦果は期待されていなかった、とか。


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『プリンセスチュチュ』01.「あひると王子さま」

 総監督・佐藤順一、キャラクターデザイン・伊藤郁子の『魔法使いTai!』コンビが復活した作品。
今作では、伊藤郁子が原案も手掛けている。

 童話的世界のアチコチに見える「変」さと「シビア」さが、『少女革命ウテナ』を思い起こさせた。
 主人公と友達二人のキャラ付けやリアクションは、同監督の作品、『おジャ魔女どれみ』調。

 童話作家の死、カラスと勇敢な王子の物語、主人公のみが違和感を感じる「ネコ」の先生(ビッシリ汗をかきながら言う「真面目にやらないと、私と結婚してもらいますよ!って脅し文句が最高!)、不思議な関係性を見せる男の子達、謎の力を発揮する少女、そしてその少女の正体はアヒル?
 …処理しきれないほど沢山の情報が詰め込まれた第1話だったが、それを見事に裁いた絵コンテは佐藤順一が切っており、高いレベルの演出力には さすがと感心するばかり。

 この先、正しく子供向け童話にも、ヒネたオトナ向け童話にも、正義と愛が勝つ優しい話にも、突き放した冷たい話にも出来るなあ。
さて、どちらに?


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『仮面ライダー龍騎』29.

 大馬鹿ギャグ話で、30分間笑いっぱなし。
 真面目にキャラを立て、お話を語ってきた事で、「崩す」土台が出来ている訳だよね。

 先週の話も…
カードを使ってわざわざ時間を戻してまで やりたかった事は、「荒れ狂った妹が破いてしまった兄妹の仲良し絵を元通りにしたい」だけなの?
それならそれで、壮絶なギャグとしてアリだが(笑)。
 時間改変の本当の成果は、これから明らかになるのかな?
劇場版で明かされるとか?
劇場版とは違うラストにTVシリーズを導くための改変?
 単に総集編だった、って可能性は…
 真司の「死んでいったライダー達の重さが倍になった!」という熱いセリフだけでも、割に満足ではある(^ ^)。

 あ、今週はお笑いテイストだった訳だが、見合い相手のご近所に住むオバサンは何気なく殺されちゃったの?
誰も気にしてなかったようだけど。
そもそも誘拐の動機は何?見合い相手への嫉妬?
 浅倉が弟をモンスターに喰わせた事に関しても、その後 誰も何も思ってないみたいだなあ。

 ついでに、オープニングで出てくる「少年ライダー」は、27話の、ライダーに一度は憧れたが諦めたガキのエピソードでお仕舞いなのかな?


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 日本テレビの24時間テレビ。
 とりあえず趣旨は立派なモノなんで文句を言う気はないが…
 あの、西村知美が24時間走る、っていう企画、アレに何の意味があるのか相変わらず分からない。
 24時間 駅前に立ちっぱなしで募金を求めるとか、24時間休み無く施設等でボランティアをしまくるとかいった行動の方が、番組のテーマに沿っているのでは?
 走り慣れていない人間が お時間一杯走ったからって、それに何の意味があるのか…分からん。



02/08/16(金)

『円盤皇女ワるきゅーレ』07.「脱線皇女ライネ」

 やたらに乳は揺れまくるし ぱんつも見せる、オマケに少女(幼女?)まで脱がせちゃうという、サービス過剰気味のお話。

 初登場のライネは年齢いくつぐらいの設定なんだろうか?
背が低い割には巨乳なアンバランスさが何とも。
眼鏡っ子属性も付加してあるし、なかなかに強力なキャラクター(^ ^)。
 テレ東なら即刻放送中止になりそうな変身シーンもイイ。

 パターンに陥るのを恐れず、視聴者に見続けさせるための、そしてソフト化された時のための商品価値を積み上げてくる、したたかなアニメ。


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 終戦記念日に放送されたアニメ、『ウミガメと少年』を見る。
 野坂昭如 作で、黒田征太郎という方が絵を描かれた、「戦争童話集」の一遍、沖縄戦の話を映像化したものらしい。

 うーんと、うーーんと、どうなの?
戦争、をテーマとしたものなので、作られただけでも価値がある、なら何も言う事はないんだけど…
 まあ取りあえず、一本の作品として。

 作画は結構キレイだった。
 が…スカーンと抜けた青い空、どこまでも青い海、風にそよぐサトウキビ畑など、「沖縄」の美しさ素晴らしさを感じさせてくれる背景美術、および演出の細やかさに欠けていたのは残念。
 映画『シン・レッド・ライン』のように、永遠を感じさせる美しい風景をきっちり映し出し、その上で行われる「戦争」を見せられれば、より一層テーマが浮き彫りになったと思うのだが。

 時折、画面効果が「絵本」調になった。
 爆撃機などが筆でザカザカと描かれた調子なのは面白い効果を上げていたが、子供達が海で遊ぶシーンで、沖縄調の歌に乗せ よくわからないイメージを延々と見せられたのは少々苦痛。
 米軍の行為を、非常に抽象化された「絵」としてぼやかして見せたのは、うーん、どうだろう?
そのまま描いては想定視聴対象であろう子供には刺激が強すぎる、と躊躇する気持ちも分からなくはないけど、事実を見せる事こそが必要、とも思うし。

 ラストシーンは、あれでいいのかね?
 説明すると…
米軍の上陸・攻撃に伴って家や肉親、友達まで全てを失った男の子が、「秘密基地」な海辺の洞窟に1人隠れている。
砂浜で産卵をしたウミガメの卵を大事に大事に守りながら、食べ物が何もない事で次第にやせ衰え、「死」に近づいていく男の子。
飢えが限界に来た ある日、誤って割ってしまった卵の中身を一口すすってしまった彼は、枷が外れたかのように、守り続けた卵を次々と口に運んでいく。
 …で、おしまい。

 何が言いたいラストなの?
 生きようとする男の子の逞しさ?
 「大事なモノ」を全て失わせる戦争の悲惨さ?
 沖縄の人々を手に掛けた米軍、その全くの被害者に見えた少年だが、彼自身も生きるためにウミガメの卵を「殺して」おり、人は変わらないものだ、という事?
 それとも、知らないけど、実話を元にしたお話なので言いたい事とかいうのではなく実際こんな事があったんだよという提示、とか?
 うううーーん。

 同じ野坂昭如 原作アニメでも、『火垂るの墓』という傑作が既にあるため、それ以降に作る作品には独自の「何か」を加えて欲しかった所。
 それは、前述したように「沖縄の美しさとの対比」でも良いし、「人の『手』で殺される人間」を逃げずに見せる事でもいい。
 その「何か」が無い場合…これなら『火垂るの墓』をビデオで見返した方がマシ、という評価に留まってしまう。

 まあ、放送を見た親子が何か戦争について話をする切っ掛けになったのなら、そういう価値はあったのかな。




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