2005年8月31日 水曜日 |
『かみちゅ!』08.「時の河を超えて」
神様になった戦艦大和を引き上げよう、という話。
大和、ってセレクトがズルいなあ。
これが武蔵だったら、長門だったら陸奥だったら、その他の有名でない艦船だったら、また全然違うドラマの作り方(恐らくは、もっと難しい)になったろうし、受け取る感慨も異なっていたろう。
大和は、アニオタにも軍事オタにも、一般人にとってさえ、有名で特別な船だから。
その認識と思い入れを踏み台にして、ドラマを構築できる。
軍事的な色合いは、ほとんど排除してある。
このアニメだけ見ていると、戦争は関係なく、大和は氷山にでも衝突して沈没したんじゃないかと思えてしまう程。
確かに、この辺りは迂闊に描くと重く、ややこしくなってしまい、右・左どちらかの思想的背景を無用に疑われる恐れさえあるので(製作者、そういうのを楽しんでるフシも?)、深く触れないのが利口。
船が大和である事に格別の意味はなく、のほほんアニメ版『レイズ・ザ・タイタニック』と捉えるべきだろう。
戦死した大和乗員の英霊はどこに?
靖国へ…とか描くとまた大騒ぎだな。
だからここも、触れないのが上策。
爺さんの思い入れは、あくまで大和本体にだけ、向けられる。
浮上して久しぶりの海風を受け、子供のように喜ぶ大和にはホロリ。
その勇姿を目にして、胸をいっぱいにする爺さんも、染みる。
毎年やってる終戦記念アニメ。
今回の話を あと30分ぐらい延ばして、放送しても良いんじゃなかろうか。
この内容を見て、過度の愛国心や軍事意識を高揚せんとするメッセージを受け取るアホなガキも、居ないでしょ。
爺ちゃん達は どんな戦争を経験してきたのか、そしてそれを今、どんな風に思い返しているのか、そういう作品を見せる事にも、価値があるのでは?
『D.C.S.S.〜ダ・カーポ セカンドシーズン〜』09.「枯れない想い」
周回遅れの音夢が、ことり始め今シーズンずっと出ていたレギュラーキャラクター達をブチ抜いて主人公争奪戦に勝利していく様子を見せてくれるものかと思っていたが…
音夢がスネて見せただけで、呆気なく主人公は陥落、改めての?告白までして関係は強固に。
何だコレ?
原則として、「客は、早い時点で出て来たキャラクターであるほど、強く感情移入する」。
前シーズンも含めて一本の作品と考えるかどうかにも寄ってしまうが…
このセカンドシーズンが始まるまでに期間が置かれた事により、自分は未プレイなので分からないけれども原作ゲームにより余程強く方向付けされていない限り、音夢を「絶対的ヒロイン」と認識できないのでは?
けなげな ことりの方に気持ちを入れて見ていれば、よく分からない理由で居なくなっていた音夢が突然帰還し、視聴者に有無を言わさぬ魅力のアピール、などというようなモノも無いまま当然のような顔でヒロインの位置を占拠、主人公も
さぞや戸惑っているかと思うに、見る側の気持ちとは関係なく「音夢ラブラブ」な様子を見せる。
どちらへの感情移入も拒まれている状態で、「ベストな形に収まりました」と言いたげな決着をされても、作品世界から締め出されたような気分になるばかり。
前シーズンを思い出してみれば、音夢も決して悪くないヒロインだったと思うんだけど…今期の描き方が悪いばかりに、好感度を大きく下げられてしまう。
で、残りの話数は何を描くの?
もう一山ある?それとも主人公争奪戦は終わり?愛恋沙汰とは関係ない要素の片付けに入る?
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2005年8月30日 火曜日 |
『プレイボール』08.「孤独なチャレンジ」
強敵を前に、やる気がないナインを置いて自分一人だけ闘志を燃やす事と、そうして野球バカで居続ける事その物に自信を失い、大工である父親の仕事を手伝う、と言い始めるタカオ。
そんな息子の頭にゲンコツをくれ、「大工の仕事をなめんじゃねえ!」と怒鳴り、心の揺らぎを見透かしたかのような人生訓を垂れるオヤジ。
いやあ、ひたすら格好良い。
失われつつある強い父親の姿。
思うような守備が出来ない息子の悩みに、大工の駆け出しだった頃、自分がどうしたのかを語る事で応えるのも、イカス。
強く、不器用で、しかし とてつもなく優しい、「頑固オヤジ」は創作の世界においてさえレッドデータ・アニマルなのかも。
「萌え」作品では、父親の存在その物から無視される事が多いし。
ああ、『アクエリオン』司令官・不動は その直系子孫っぽいかな。
『奥さまは魔法少女』09.「思い残すことはないように、ということ」
一方的に、保への別れの言葉を口にする嬉子。
う〜〜ん…
嬉子を、「奥さま」として正しく、可哀想に、感情移入を誘う形で描くのは、そんなに難しくないと思う。
例えば、ダンナを超絶極悪人に描けば良い訳で(あるいは思い切って未亡人にしてしまう手も…『めぞん一刻』そのままか)。
回想などを見ていると、どうも「保の浮気癖がひどく、嬉子を傷つけてばかりだったので別居状態になった」というより、「結婚しても体を許さず、その理由も説明しない嬉子に男のプライドを傷つけられた保が、やむなく他の女性と関係している」ように思え、同じ男としては嬉子を良い様に見られない。
クルージェを ざっくり傷つけて平気な保も、良い男と思えず。
これも、大人クルージェの強引な誘惑に危なく流されそうになった…という描き方で、彼の責任は回避できたはず。
確かにそれらはヒキョーで気楽な作り方。
今の方がリアルであり、人間の業まで描いているのかも知れないが…キャラクターに魅力を感じられないのはどうしようもなく。
しっかり説明されていないので分からないが、夫・保の時と全く同じ過ちを繰り返そうとしてるんじゃないのか嬉子。
やっぱり、今度は大丈夫、と思える要因は、巽への思い込みしか無いような。
クルージェを可愛く描けている所からすると、これら問題に思える所は、意図的な演出?
この流れで、シリーズとして最後には何を見せてくれるつもりなのか、それを楽しみに見続けよう。
『かみちゅ!』07.「太陽の恋人たち」
今日の夜中に次の話が放送されるけど、楽しかったので感想。
乳ゆらしも含んだ、水着のサービス話。
他のアニメではもう珍しくないが、この作品では そういう事はしないものと勝手に思い込んでいたため、サービスカットに戸惑ってみたり。
光恵、スタイルが良いというよりポヨポヨしてるんだなあ。
着やせするタイプ?何だか妙に えっちな感じではあった。
朽ちかけた海の家の神様達。
…例えば焼きそばの神様って、日本中で作られる焼きそば全てを司って(司るって…ナニを?)いるのか、それともあの海の家限定?
あるいは、一つ一つ作られる焼きそばに もれなく神様がついている?
分からないけど、まあ そんな細かい事を気にしていたら見られないアニメかな。
今は寂れた浜辺に寄せる町の人の想い、懐かしい夏の風景、ノスタルジックな気持ち良さ満載で、心癒される。
クライマックスで夏の思い出を蘇らせるのなら、「ゆりえの両親は些細な切っ掛けでケンカの真っ最中だったが、奇蹟の中で若い頃の気持ちを思いだし、仲直りする」…とかいうパターンで
お話っぽくまとめそうなモノだけど、そういう安いドラマ手法は一切排除して、しかし楽しく見せ切ってしまえるのが、凄いなあ。
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2005年8月29日 月曜日 |
『ゾイド ジェネシス』21.「帰郷」
ズシリと来る重い話。
子供向けアニメ(一応は…)であり、この辺りは飛ばしても非難を受ける謂われはないだろう。
「ディガルドを倒す事が結局は村のためになる、村のみんな なら分かってくれるさ」で、片付けてしまう事も可。
そうでなくとも、「取りあえず修理が出来る人間を見つけたので連れ帰った、だから後腐れ無くディガルドとの戦いに臨める」ぐらい都合良くして、別に問題ない。
それを、ここまで重く、格好悪く、嘘無しに描いてみせる製作者の誠実さには、感心するばかり。
空中戦で、地上スレスレまで降下し、相手の攻撃によって舞い上がった爆炎を煙幕代わりに使い、一瞬
自機を見失わせた隙に雲間まで急上昇、そのまま全力で逃走という組み立て方は、非常に面白く、納得できる。
成長著しいルージ、かつて自分が犯した過ちの轍を踏まず真っ直ぐ伸びていくルージを見守るラ・カン、少年に向ける眼差しは「姉」としてのものなのか
それとも…のコトナ、みんなイイなあ。
『ぱにぽにだっしゅ!』09.「八歳の翁 百歳の童」
ああ、何だ、ベッキー達を撮影しているカメラクルーが映る、というのは前回
特別に行ったギャグではなく、毎回やる お約束だったのか。
宇宙人並みに、作中では普通に存在している?
今回は、珍しく ちょっとイイ話。
他者を排斥するベッキーの気持ちを開かせるには、心の内まで土足でずけずけと入ってきた挙げ句
冷蔵庫の中のモノを出して勝手に飲み食いしてくつろぐ ぐらい図々しい、現生徒達でなければダメだったのかも。
ウサギは、あれで本物だったのかどうか…まー偽物だから どうだって訳じゃなし、そんな事
気にする作品じゃないやね。
『仮面ライダー響鬼』29.「輝く少年」
凹んだ明日夢に語りかけるヒビキ、ここがとても良くて、胸が熱くなる。
ただ…魔化魍から逃がすのに「走れ!」だけしか言わないヒビキは、ちょっと不親切(
^_^ )。
自分は超感覚で分かっているからつい相手もそうだと思って…なのか、魔化魍の場所までは特定できないので
とにかく逃がそうと思ったのか。
闇雲に走った明日夢が道に迷ってしまったら、それはそれで危険かと。戦いに巻き込まれて即死、よりはマシとしても。
明日夢の成長を見せるなら、弾き飛ばされたヒビキの音叉か音撃棒を、勇気をふるって拾い上げ投げて渡すとか、せめて魔化魍に石でも投げつけるとか、視界を奪われた響鬼に叫んで敵の方向を教えるとか、何か能動的に行動させても良かったかな。
でもまあ、自分があの場に居て そんな凄い事が出来たかというと、そうは思えず。
あくまで等身大のキャラクターとしては、這いずって逃げ出そうとせず、戦いを最後まで見届けただけで成長なのかも。
山に入った事、凹んだ身に眩しい響鬼の戦いぶりを見た事で、明日夢が挫けず生きていく気力を取り戻せた、それが今回の成果か。
次回からシナリオ交代?
井上 敏樹は好きだけど…テレビの響鬼とは相容れないような…
器用な人だから、現在の心地良いテイストを受け継ぎつつ、よりドラマティックな展開を目指してくれるなら、それはそれで良いが。
『剣』の時のように、数回書くだけかも知れないし。
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2005年8月28日 日曜日 |
『交響詩篇 エウレカセブン』19.「アクペリエンス・2」
前回、ドアを蹴って激しい感情をアピールし、どうなる事かと思われたエウレカだが、心身共に弱り切り、それでも子供達に笑顔を向けようとする所、しかし届かず、走り去られてしまう(ママにご飯を食べさせて上げたい、という気持ちからだったようだが)所など、余りにも可哀想であり
けなげで、すっかり応援したい気持ちにさせられる。
視聴者なんて、実に単純( ^_^ )。
彼女を追って、単身地下へと向かうレントンも、久しぶりにオトコノコっぽさを感じさせてくれ、好感が持てる。
そういう中で…
ホランドだけを、いつまでもダメに描き続けるのは、どういう意図に寄るのだろう?
感情的な鉄拳制裁に続き、今回は、事態をレントンの責任と決めつけ、エウレカさえ無事ならそれで良いと脱出を目論む困りものぶり。
酷い扱いをしているようで、実は誰よりもレントンの事を思っている…という『エヴァンゲリオン』ゲンドウのようなキャラにするつもりかと思ったんだけど、「死んでもやむを得ない」と言いたげな態度を見せた事で、台無し(指導者として、全滅を待つ訳にはいかない事情は分かるが)。
自分たちがゲッコー号で派手に脱出する事により、軍の目をそちらに引き付け、地下に残る二人は
かえって安全になる、とかいう理屈には出来なかったのか。
エウレカやレントンにフォローを入れられる、バランス感覚を持つ製作者なのだから、ホランドのダメさ加減は意図的に作り出されているものと思うんだけど…
現在の、地に落ちた評価を一機に逆転できるような事情説明やイベントを、この先に用意してあるのかな?
もう19話なのだし、ボチボチ出していかなきゃマズいような…
映画『雲のむこう、約束の場所』を見る。
レンタル版が出た時に一度見ていたが、BSハイビジョンでも先日 放送されたので見返した。
監督は、大きな話題を生んだ自主製作アニメ、『ほしのこえ』の新海 誠。
なんでレンタル版を見た時に感想を書かなかったかというと、自分の心の中に様々な…賛否、好き嫌い、感動と退屈…感情がわき起こり、簡単に書き表す事が出来そうになかったから。
なのに今書くのは、気持ちがまとまったからかと言うと、いやそれが全然(笑)。
とてもとても難しい作品。
といっても、ストーリー的には さほど難解な所は無く、理解するのに問題ないと思うが。
もっとすっきりしたハリウッド式エンターテイメントにしようとすれば、出来たろう。
ラストに控える世界の真相の解明と、「開放」は、カタルシスを生む題材にだって十分できるモノ。
それら全てを、メインキャラ二人の関係の中へと引き込んで小さく まとめ上げる事で、バラけず一本筋の通った作品に仕上がり、涙が止まらなくなる程の感動を受け取れる観客を生んだろうが、同時に「え?これで終わり?」と拍子抜けする感想しか持てない観客をも、多く生み出してしまったはず。
これは別にどちらを目指すのが良い悪いという話ではなく、嗜好の問題。
個人的にはハリウッド・エンターテイメントが好きだけど、こういう感動の生み出し方もアリだし、悪くないとは思う。
『ほしのこえ』だって、宇宙スケールの戦いや、伏線めいた描写も散見されたが、あくまで背景であり、主題は時空間を越えた二人の想い。
単純明快アクション話に興味がない監督とは思えないんだけど、まだ自身の作家性を模索しているのだろう段階では、一番自信のある部分に勝負を賭けるのが得策。
特にこの映画は、成功「しなければならない」位置付けのものだったろうし。
ただ、前作ではまだ未分化に思えた創作の方向性が、この映画によって固定されてしまったとすると、個人的にはちょっと残念。
次回もこの傾向で映画が作られるなら…是非見たいと思うけど、恐らく劇場にまで足を運ぶ事はないだろうから。
映像表現は、相変わらず秀逸。
青い空や水面、自然全般など、誰にでも分かる所ばかりではなく、ごくありふれた町の風景とか小汚い廃墟にまで「美」を見出すセンスは、素晴らしいの一言。
空間の広がりと狭まり、清浄さと淀み、緊張と弛緩を描き出す演出センスもズバ抜けている。
本職のアニメーターや美術を入れる事で、前作より遙かに安定した画面になったが…これは善し悪し。
前作は、そこの危うさも含めて魅力になっていたのではないか、と思うので。
長く心から離れなくなるぐらい美しい、印象的なショットが見られるアニメなんて、そう多くある訳じゃない。
一切手を抜かず、胸に染みる音楽と一体化した画面作りは、見て後悔しないと断言できる。
後は、この物語を…語ろうとした「気持ち」を…新海監督の作家性を、受け入れられるかどうか。
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2005年8月27日 土曜日 |
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』45.「変革の序曲」
こんなにアッサリ死ぬとは思わなかった、見損なったぞジブリール。
もう ひとあがき、欲しかった所。
専用の巨大モビルアーマーでも持ち出し、操縦は思考連動か同乗のパイロットに任せる形式にして、キラ達を苦しめるとか。
この期に及んでまだ逃げるつもりなんだ!という ちっちゃい悪役ぶりは楽しかったんだけど。
いや、死んだと見せてセーフティー・シャッターで生き残るのが この作品。
最終回、事態が沈静化した所で気を抜いた、議長かラクスかキラを、後ろから一刺しして高笑い、直後
射殺されるぐらいの見せ場はあるかも。
月面基地に残された戦力規模が どの程度なのか、よく分からないのが盛り上がりに欠けた理由の一つ。
月面基地だけで「真ロゴス帝国」を名乗ったりは出来ず、議長に「テロリスト」呼ばわりされる程度?
どれほどの戦力があろうとも、シン達三人組に掛かれば、赤子の手を捻るが如く、という調子で全滅させられてしまうので、緊張感が無い。
ルナマリア一人を単独行動させたレイの狙いは、何?
てっきり、彼女の死をも視野に入れた、作戦自体の失敗を(議長命令に従い)計画しているのかと思ったんだけど…
彼女は無事、二射目の発射阻止も成し遂げ…では、余りにも拍子抜け。
ルナマリア機体とミネルバぐらいは、激しい抵抗の前に全壊・半壊しても良かったのでは?
前回、やっぱり議長を何とかしなければ!という変な決心をしたアークエンジェル一行。
今回は、プラントが撃たれる事を心配しつつ、しかし彼らが何もしないウチに戦いは終結。
当座の平和がもたらされるのであろう事を喜んだりもせず、予定通り議長が怪しいと思うから宇宙に向けて発進する!と……どうにも力が入らない。
戦う他にさしたる能力を持たない彼らではあるが、被害を受けたオーブの復興に協力したり、プラントの救援活動を行うなど、他にも
やれる事・今やるべき事はあるような。
例えば9.11テロの直後、まだ混乱の只中にある時点で、何をするより まず、勝手な未来予測に基づきブッシュを叩く事に全力を傾ける連中が、人心を掌握できるとは思えない。
当然ながら いかなる時も批判は自由だし、事態が落ち着いてからならブッシュ(議長)を危険視する意見に支持を集められるかも知れないが、とにかく順番と時期が悪すぎる。
正式にオーブ国軍に編入されてしまったのも、対外的には良かったのか悪かったのか。
「平和を願う集団。オーブをやたら ひいきしているけど」扱いだったのが、「国の利益を第一に考えて行動するのが当然・義務であるオーブ軍艦」になっては…どうなんだろう?
世界の人々は、彼らの主張を素直に聞いてくれるのだろうか?
この後、ジブリールに礼さえ言って見せた議長が、事態を利用して どのように計画を遂行していくのか。
そこにかなりの悪辣非道さが無ければ、アークエンジェル側を正義…どころか「一理ある」程度にも説得力のある存在に描けまいが…とにかく残された話数は少なく、どうするつもりなのかドキドキ。
規模の大きな戦いは終わってしまったと思うので、これからはドラマ的見せ場が主になってくるのだろう。
視聴者の気を逸らさせず、終結に向けた怒濤のドラマ運びが出来るのかどうか。
『フルメタル・パニック! The Second Raid』07.「とりのこされて」
軍事バカで日常生活に溶け込みない宗介が、かなめのクラスメートとして・護衛として側に着いている。
元々はかなり無理な設定だったと思うが、シリーズを進める毎に それが当然と見る者に受け入れられて(受け入れられるべく作られて)おり、この話では、その関係の終わりを
ずしりと重く描き出してくれた。
教室のドアが開けられるたびに振り返ってしまう かなめの心情、ゆっくりゆっくり部屋を片付ける宗介の無念さ、非常に良く伝わってくる。
学校からの帰り道、すれ違った双子の片割れから発せられる不穏な気配を かなめが感じ取った途端、平穏な町の風景は一変し、まるで違って見え始める。
…文章で書くと簡単だけど、コレを演出でカッチリ見せてくれるのには驚嘆。
『千と千尋』の冒頭、千尋がハクと出逢い現実と異世界が交錯する一瞬、周囲の空気の匂いが変わっていく事を見事に感じ取らせていた、アレを思い出す。
部屋に帰ってからも続く動揺、焦ってチェーンを外さず開けようとするドア、主を失った宗介の部屋…畳み掛けるように「宗介が居ない」事の不安を重ねていく、丁寧な作りも結構。
今回は、バサバサ削ぎ落とせば10分程度で足りる内容だったかも知れないが、「30分費やさなければ絶対に描けない、見る者に伝えられないモノ」を見せてくれる、充実した内容だった。
『ウルトラマンマックス』09.「龍の恋人」
うーん、もう一歩。
あと少し踏み込んで作り込まれていたら、特にこの作品中では、傑作と呼んで良い内容になっていたかも知れないけど…
伝説は事実であり、それを軽んじた者への天罰のように怪獣が現れる…というのは、ウルトラシリーズで よく使われるパターンの一つ。
それに謎の少女を絡めたのは独自性…と言いたい所だけど、人間と異生物を繋ぐ存在であり、実は既に死亡している、という設定は
どう見ても『ウルトラセブン』ノンマルトの使者。
村興しをしたい、という気持ちは分からないでもなく、高度経済成長の時ほどには「開発=悪」と扱い切れなくなっている事で、作劇は難しくなっている。
村に乗り込んできた悪徳開発業者、を悪役に設定すれば、昔なら何の問題もなかったろうが。
しかし…内容とは関係ないんだけど、人口が流出し、来訪者も減少の一途を辿り、緩慢に死を迎えようとする村のままで居る事を「村を守る」と言って良いのかどうか。
かといって無理な村興しも、一時的にはともかく長期的に観光客を呼び続けられるとは限らず、得策とばかりは言えない。
どこの過疎村も悩んでいる、難しい問題だろうな。
ところで、怪獣が日常的に現れるらしい この作品世界で、「龍」は観光の目玉になるんだろうか?
いや、水族館で普通に見られるアザラシなのに、現れたのが その辺の河だ、というだけでドッと見物客が押し寄せる現状を考えれば、リアリティーが無くもないのか。
龍と、西洋のドラゴンを合体させ、背中に炎の羽を生やした怪獣の姿は、なかなか意欲的。
村を包む炎を消化したマックスの技…てっきりウルトラ水流を使うものと思えば、何やら振動波のようなもので消していた。アレは何?
急激に冷やした?炎の固有振動波を打ち消す事で消化を…とかそういう方法ってアリ?
謎の少女を、若者達の、あるいはその父親の同級生(死亡した時の姿のままだから若い)に設定すれば、その世代に「彼女の愛した村を守りたい」と考えさせる事が出来、他の世代と対立するようドラマを運べたかも。
開発してまで無理に観光客を呼ぶより、元々村にあった美点をこそ大切にすべきではないか、といったテーマにも繋げられたろうし。
ただ…やっぱり「開発=悪」と描けば良いという単純な時代でもないので、難しい所。
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2005年8月24日 水曜日 |
今月、もう一本の〆切が接近。
という訳で、お仕事体勢に入るため、土曜日までは更新が不安定になるものと思われます。
悪しからずご了承を。
最近知った「ウゴツール」(自作プログラム内)というフリーソフトでウチの駄犬を描いたので、掲載。
絵の内容はともかく、この線の震え具合が楽しくないですか?
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2005年8月23日 火曜日 |
『奥さまは魔法少女』08.「想う人がいる、ということ」
今回もまた作画に大きな崩れが目立ち、作品への没入度を下げられてしまう。
物語的にも、視聴者の感情を上手く揺さぶってくれる所が少なく…
魔法世界は、萩の町に何をしたいのか?
管理する魔法少女が代われば色々変革されるようだけど、具体的にクルージェが やった事なんて可愛いモノで、嬉子が「何が何でも代替わりを阻止しなければならない」と考える理由は分からない。
分からない事を一生懸命に頑張ってくれても、応援する気持ちになどなれるはずが
なく。
ボチボチ、一時的に指輪を奪われ、町がエライ事になる様子を見せるべきでは?
嬉子は相変わらず勝手に生きている。
それでも現在の別居状態はさすがに心の傷になっているんだろう…と思っていたのに、恋人を喪った魔法少女に対し「私には、それほど悲しい事はなかったかも知れない」と無神経な言葉。
「町を守りたいばかりに、愛する(愛していた時もある)男性と別居状態」なのは、そんなに悲しい事じゃないんだ?
ダンナ側の痛みは、考えないんだ?
死別する悲しみと比べれば、という意味かも知れないが、大事な所なのにセリフの作りが雑すぎ。
女性編集者に手を出したと嫌疑を掛けられ、「自分は潔白」と言えず作家に殴られる巽にも、苛立つ。
相手の女性を庇う理由は無いのだし、ドラマ展開上の意義も分からず、何がしたいんだか。
キャラの中で魅力があるのは、「ヒネくれ型ヒロイン」として ごくまっとうに描かれているクルージェぐらい。
えっちなシーンのサービスも減ってきている。
管理者の交代がどうこういうような、面倒な上に さして面白くならないストーリーは捨てて、単に人妻魔女と、ぼんやり
お人好し主人公が繰り広げる、『奥様は魔女』的お気楽ラブコメに特化した方が良かったのでは?
いやまあ、それはこれからのシリーズクライマックスが どのような内容になっていくか、を見てから判断すべきだな。
すみません、サーバー側に事故があったようで、まる一日、アクセス出来ない状態でした。
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2005年8月22日 月曜日 |
『ぱにぽにだっしゅ!』08.「熊に山椒 鯉に胡椒」
原作ともまた違う、このアニメに固有のノリが分かってきた感じで、段々と楽しくなってきたり。
何というか、ボケの上にボケを重ね、それとはまた関係ないボケでグダグダにして投げる、というのを繰り返す作り。
今回、ウサギ小屋が火事になり、サンショウウオを助けに飛び込んだベホイミが炎に包まれた時…
「彼女の魔法が雨を呼んだ」ようにみんな思っていたが、実は一条らが雨乞いを行っていたお陰だった…という扱いになっているけど、そのずっと以前から背景に消防車が停まってたよね?
雨の降り方が、どう見てもホースからの散水で…でもそれには誰も突っ込まない。
消防車は、この作品の「撮影スタッフ」が用意したもので(マイクやらスタッフらしき人も映ってるから)、「ホースからの散水」が劇中ではあくまで「雨」として扱われている、というギャグになってる?
微妙で、個人的には面白いんだけど、分かり辛いなあ。
不条理ギャグはアリだけど、やりすぎると面白いのかどうかさえ分からなくなる。
漫才風の会話にすると、
「アツはナツいですねえ」
「君はフランス人か!」
「っていうか俺達 見知らぬ他人だし」
と言うみたいな、もうギャグになってるんだか ないんだか。
でもまあ、それがこの作品の持ち味。
魔法使いだとバレた(元々隠してない?)ので、魔法の世界に帰ってしまう事を「期待」され、応えなければならないような気分にさせられてしまうベホイミがおかしい。
そういえば、このアニメと関係ないけど『ウルトラマンマックス』で、主人公がウルトラマンだという事実を隠さなければならない理由って、何かあったんだっけ?
あの主人公もまた、小さい頃から特撮番組を見続けてきたため、「ヒーローは正体を隠さなければならない、もし露見したら力を失う」という「自分ルール」を嵌めてしまってるのかも。
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2005年8月21日 日曜日 |
『仮面ライダー響鬼』28.「絶えぬ悪意」
いきなり顔を腫らしている明日夢に、何があったんだっけ もしや先週見逃した?と不安になったけど、回想で短く済まされてしまったが、以前出て来た万引き犯に また暴行されたらしい。
割と現実にありそうな話で、なかなか。
正義を貫く…いや、悪を糾弾・否定しようとするなら、意志の力は勿論だけど、最低限
自衛できる程度には肉体的な「力」も持っていないと、危険。
ああ、やっぱり お店の女性陣から、明日夢は「お人形さんみたいで可愛い」なんて思われてたんだ。
あの顔立ちでは無理ないと思うけど、「男」になって行こうとする年頃の「男の子」にとって、その言われ方は屈辱以外のナニモノでも無かろう。
まあ陰で言うぐらいは構わないが。
明日夢を山に連れて行くヒビキ。
親しい子供が暴行を加えられたと知ったなら、「男の子のクセに情けないぞ!鍛え直してやる!」と言うか、「おのれ そういう逆恨み万引き犯は俺が捕まえて代わりにブン殴ってやる!」と過保護に過激に行動するか、どちらかになりそう。
でも、無理は言わず、見守って、彼のしたい事をさせて上げる(間違った方向に向かってないのが条件なのは当然)。
こうありたい、正しい大人の姿。
…その男の子に、辛くても真っ直ぐ伸びていこうとする底力がなければ、成り立たない対応だけど。
明日夢を思って涙を流してくれる ひとみのような子が居てくれる限り、曲がろうったって
そうそう人生、曲げられるモノじゃないだろう。
敵側の実体が見えて来た。
これらもまだ記録に残っている「想定の範囲内」なのか、今までにない異常事態が起きているのか。
先が楽しみで、ひたすら面白い。
いや、本当はもう、ザンキさんが出てくるだけでシアワセ( ^_^ )。
前回見せてくれた生身での大活躍には、歴戦の勇士だけが持つ貫禄があり、大満足。
トドロキを可愛く思っている…って、また同人女性達の血が沸騰するようなネタを。
でもまあ、鬼達は皆、弟子を可愛く、大事に思っているみたいだけど。
もうちょっと、表では未熟だと怒鳴り散らしながら、裏で他の鬼にコッソリと弟子の頑張りを自慢するような、頑固オヤジ師匠タイプも居て良いような。
『強殖装甲ガイバー』03.「監察官リスカー」
三話まで見て…うーん、「酷い」と嘆く程 悪いアニメじゃないが、線の少ないデザインにされたキャラクター、不安や緊張感が薄い物語運びと世界の捉え方、など、どうも見続けさせるだけの魅力に欠けている。
印象が軽いというか、嘘っぽいというか。
原作に高濃度で混入されており、それが故に多くの読者が魅了された、変身ヒーロー物への「執念」みたいなものが、まるで感じられなくて。
枚数制限がきついせいか、それよりも演出力の不足か(今回の絵コンテは和田高明なんだけど… )、アクションシーンにも感心させられるような所は無い。
既読の原作の範囲でも、アニメとして見てみたいシーンは沢山あるのだが、ここまでの出来から判断する限り、ファンを満足させてくれるレベルの画面にはしてくれそうにない。
いずれ、原作を最初から読み返す事にしよう…という訳で、このアニメの視聴はここまでに。
『交響詩篇 エウレカセブン』18.「イルコミュニケーション」
鬱展開も、キャラの嫌な部分を大写しにする事も、構わない。
ただ、それは視聴者がその作品を見続ける上で、間違いなく「負担」なのだという事だけは、絶対に忘れてはならない。
子供に対し、ヒステリックに怒鳴るエウレカ。
普段、「子供達に好かれる優しいママ」の姿を見せてくれていれば、そういう事があっても子供が
なお懐いているのが分かるし、見る側も、元のエウレカに戻って欲しいと思えるが…元々こんなキャラだからなあ(ヒス起こせるだけ人間っぽくなった?)。
「何故エウレカが『ママ』の位置に居るのか」
「居るのは勝手だが、子供達がエウレカを受け入れているのは何故か」
「設定書に『エウレカは子供達のママ代わり』と書いてある、それをそのまま画面にしただけではないか」
…と思う、そういう作り手側の努力不足が、エウレカへの不快感に上積みされてしまう。
事情など聞かず(聞いていても無視?)、何に苛立っているのか感情のままにレントンを殴りつけるホランドも、魅力ゼロ。
彼もまた、最初から魅力の無いキャラではあったが。
その二人への気持ちを大きな動機として、ゲッコー号に乗り込んだレントン。
しかし、二人共それに応えてくれるだけの価値のあるキャラではなく(視聴者視点のみならず、レントン自身もそう感じているように見える)、ここのところ彼が「ニルヴァーシュの戦闘パイロット」として敵兵士を殺す事(及び雑用)しかしていないせいもあって、メカニックとしての成長も見込めず、艦に残り続ける事に疑問が生まれてしまう。
もっとも、躁鬱が激しく、自分の祖父を認めてくれたジイサンに裏切られてショックなのは分かるが、ただ停止を求めてきただけの相手を殺してしまうレントンに、他者を どうこう言う資格があるかというと、これまた疑問ではある。
ダメ人間ばかりで構成される物語も勿論アリだけど、そのダメさ加減に愛情が感じられたり、彼らが目指す最終・当座の目的に説得力があったり、単純にドラマ・アクションの作りが上手い、女の子が無駄に可愛い…何でも良いが、とにかくこちらに「見続けよう」と思わせてくれる動機が欲しい。
自分を拒むレントンの態度に苛立ち、彼の部屋のドアを蹴りつけるエウレカには笑ったけど(激しい感情の誕生?)、これをラストに持ってくる事で「こんな気分の悪い描写『ばっかり』のアニメはもう見たくない」と視聴者に思われて仕方ないシーンになる、というリスクをスタッフ、理解しているだろうか?
繰り返す事で、「何かあるとすぐドアを蹴るキャラ」として立たせる手はあるな(笑)。
次回でエウレカが大変な事になり(あれは回想シーンとか、本人でなく別タイプのエウレカ?実はエウレカは7人居たり。またインナー・ワールドかも)、それを切っ掛けにキャラ同士の葛藤がウヤムヤになり、関係も変化していく…可能性があるから、期待を持って見るけど…
突き放してばかりではなく、視聴者にそこまで「着いて来て頂く」にはどうすれば良いか、それをまず考えるべきだったと思う。
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2005年8月20日 土曜日 |
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』44.「二人のラクス」
怒濤の展開。
大変な威力を持つ超兵器(反射衛星砲?)をブッ放して…というのは、前作でもやっていたし、ファーストからの伝統でもあるか。
アークエンジェルが微妙な立ち位置になってきた。
プラントが破壊され、膨大な死傷者を出したのは、ジブリールが月に辿り着いてしまったから。
彼が居なければ、発射の命令は誰も出さなかったろう。
それは、カガリを筆頭にしたアークエンジェル一党が、ザフトのオーブ侵攻に激しく抵抗したのが…全ての、ではないけど、原因の一端。
少しは罪の意識を感じてはどうか。
特にオーブの責任者に返り咲いたカガリ、他人事みたいな顔で見ている場合じゃないと思うぞ。
怨みを込めてザフトから、オーブに向けてコロニーの一つぐらい落とされても、文句言えない状況。
ラクスが、「議長の恐るべき計画(…優性遺伝子主義は、『銀英伝』ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムか、映画『ガタカ』風)」を、凄まじい想像と妄想を混入した上で語ってくれた。
まあ、入手した様々な情報から判断した、って事なんだろうけど、こんな妄言だけを根拠に議長を裁定して良いのか?
同様に議長も、アークエンジェル一同が思い描く理想の未来として、「オーブが全宇宙を統治、どう考えても理想的政治家とは言えないカガリの、その場の感情に任せた言動に、人類は右往左往させられる事になる。逆らう者には『カガリが泣いている』を大義名分にした、徹底的な粛正が」と言う事で、十分に「あの艦を討たなきゃー」といった方向に人心を誘導できるのでは?
「議長は恐ろしい未来を計画しているから、止めなければ!」を目的にして、アークエンジェルは宇宙に上がる……んん?
現在、最優先事項は、月の裏側の巨大破壊兵器を無力化する事じゃないの?
余力があれば、この未曾有の危機に、ザフトへの協力を申し出て救援活動を行い、僅かでも被害を少なくするのが人道的(議長が
そんな話を受けるとは思えないけど)。
プラントへの攻撃に際し、デュランダルは何だか余裕ありげな表情を見せていたから、これも想定の範囲内であり、事態を利用して何事かを成し遂げようという野望とか持っているのかも知れないが、取りあえず今は、訪れていない未来を責めてる場合じゃないだろ。
「撃って、撃たれて、殺して、殺されて」では果てしなく連鎖するばかりなので、発想を転換し、現在
弱っている勢力が反撃の用意を調え撃ち返す前に、叩いてその気力を奪う事で連鎖を断とう、という計画?
議長を最後の敵にしたい意図だけ、暴走してる気がするんだけど。
偽ラクス、退場…?
彼女の功績を「過去形」で語る議長が、怖くて楽しい。
実際、もう表だっての用途はないからなあ…後は、僅かでも議長への責任追求を軽くするため、彼女には、立派な遺書を残した上で不幸にも「自殺」してもらう計画だろうか。
「ああ、あの時アスランと逃げておけば!」と、後悔する偽ラクスが切ないねえ。
自分たちを連合の圧政から解放してくれた事で、何があろうとミネルバ・ザフトを信じ続ける人々の姿をも写す冷静さが、意外。
「オリジナル・ラクスの言葉で全宇宙が動く」という程 単純には描いていないようで。
ただ…この辺は、ミネルバへの免罪符に使うつもりなんじゃないか、って気もしてしまうが。
『ウルトラマンマックス』08.「DASH壊滅!?」
ここまで見てきて ずっとそうなんだけど、今回もまた、薄い内容。
落下してきた隕石に乗ってやってきた生命体…それは人間から、殺さないどころか気絶さえさせない程度に中途半端にエネルギーを吸い取る事で、巨大化し、増殖しようとしていた。
基地内で、どこかで見た事がある動体反応探知画面など使って生命体を追い回す隊員達だったが、攻撃などロクに通じないと分かっても各員単独で動くなど、迂闊な行動により ほぼ全滅。
カイトもエネルギーを吸われたのだが、ガッツがあったせいかストーリーの都合か彼だけは出撃可能で、一人
戦闘機に乗り、逃げ出した生命体を追う。
他の隊員達は、その様子をモニターで見るばかり。
しかも、一人頑張るカイトに、「DASH隊員としての力を信じろ」などと(君らも隊員じゃないの?)無責任極まりないエール。
そいで結局、マックスに変身してからの戦いは、エネルギーを吸い取る敵の設定など特に関係なく、普通に光線技でフィニッシュ。
銃のエネルギー・カートリッジを交換するアクション、首を絞められアワを吹く怪獣、など、ちょっと面白い所もあったんだけど。
この作品で初めて「ウルトラ」に触れる子供達にのみ向いた、ごくごくスタンダードでヒネりの無い内容。
実戦の場に出張って来たアンドロイド少女をもうちょっと活躍させる…彼女の首にエネルギー吸収の管を突き刺すが機械相手なので吸えず戸惑う生命体とか、機械ならでは捨て身の、あるいは恐ろしく計算された行動を取らせるとか、何か少しでもあれば、この話を見た「充実感」は上げられたと思うんだけど。
カイトだけが行動可能だった事についても、体内にマックスのパワーが四次元的に?同居している設定を使えば、もっと説得力を持たせられたろう。
生命体は、あらゆるエネルギーを吸収するが、マックスの持つマクシウム・エネルギーだけは苦手だとか(バルタン星人だな)。
『ぺとぺとさん』06.「姉と妹」 07.「ちりんちりん」
5話では、ぺと子が消えたかと思われる盛り上げた所で続いたが…6話冒頭、実は姿が見えなくなっていただけで問題なくすぐにまた現れました、という壮絶な肩すかしぶりにビックリ。
そんなにシリアスな展開を迎えやしないだろう、とは思っていたけど、予想を遙かに上回る
のほほんぶり。
それは姉妹で対立しているように見せていた くぐる・ちょちょ丸の関係にしても、同じ。
「本当はお姉ちゃんが大好きなのに、意地を張ってわざと逆の行動を取っている」妹なんじゃないかと思ってはいたが、余りにもその通りで。
結構 周辺に迷惑な妹だった気がする割に、お咎めナシ。
そんな細かい事を気にするアニメじゃないか。
主人公の家に、女の子達が次々転がり込んできたのには驚いた。
そういう展開かあ…
それなら、最初からこの家を「特定種族専用寮」として開放している、なんて設定でも良かったような。
突然、沢山の女の子達と同居する事で起きるドタバタ…を描くかと思えば、その次の話は、東京まで出向いて行う地元物産展のコンパニオン話。
この物産展が、「大盛況」でも「まるで客が来ない」訳でもない中途半端かつリアルな状況で、女性陣がステージでアピールするのに集まってきた客はオタ臭いカメラ小僧ばかり、ってのも
また現実味アリ。
ぬりかべ少女が変に可愛かったりして、見続けるのに問題は無い内容なんだけど…
このまま、「何を描いた」という事もなく、まったり雰囲気アニメとして終わってしまうのだろうか?
『極上生徒会』20.「アユちゃん、アイドルになる」
登場キャラクターの設定を紹介し、個々に彫り込んでいく話が続いているが、ごく普通のクラスメートと思われた桜梅歩にまで、抜け忍であるというような無茶な過去が用意されているとは思わなかった(笑)。
追っ手である肉親と切り結ぶ所とか見ていると、もっとシリアスな話になるかと思ってしまったが、急転直下の すっきりした馬鹿話。
しかし、こんなに異常な背景を持ったキャラばかりで学園が構成されているとなると、ヒロインである
りのに特異性が無くなってしまうなあ。
宇宙人とかアンドロイドが混じっていても驚かないぞ。
「極上」生徒会って、そこが通常の環境と比べて遙かに勝っている、というより、構成する生徒達がそれまで過ごしてきた人生を思えば、逃げ込み・人生を立て直す場として、それでも十分に「極上」だと感じうる所、って意味か?
いや、そんな悲惨な過去を持つキャラばかりではないし、この「極上」は略称扱いだが。
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2005年8月19日 金曜日 |
『終戦六十年アニメ特別企画・ぼくの防空壕』
今更だけど、見たので感想。
テレビ朝日が、毎年 終戦記念日近辺に放送しているアニメスペシャル。
「ウミガメと少年」「凧になったお母さん」「小さな潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」と続いてきたが、正直、感心できるレベルの作品は無く……
今年も同じく、企画意図がよく分からないアニメ。
「戦争の悲劇を描くのがテーマなので、エンターテイメント性は犠牲にしました」でも、「面白くするため、戦争の真実は無視した所があります」でも、割り切って楽しむ事は出来る。
しかし…
公式から あらすじをコピペ。
「出征中のお父さんが作っていった小さな防空壕の中。少年は空想の中でお父さんとともに遊び、ともに敵兵を倒す。
しかし、お父さんは戦場に倒れ、やがて防空壕がつぶされるとき、少年は一体何を感じるのか。」
…その、何を感じたのかが、もうちょっと明確に描かれていれば良かったんだけど…どうにも曖昧。
「中国兵をバタバタ倒すお父さんは最高!」でもないし、「戦争なんかに駆り出されて、同じ人間を殺させられ、最後は自分まで殺されたお父さんが可哀想だ!」でもない。
少年は、戦死した父親の幻と、防空壕の中でだけは普通に(本当に普通に)会話が出来るのだが、それに対し、少年自身はともかく、周囲の大人からのリアクションが薄い。
想像の中に逃避して憐れねえ、とか、いい加減で現実と向き合わさせなくては、とか、大人としての反応がありそうなモノ。
結局、そこでのみ果たされる父親との邂逅を「知らない」人によって壕は埋められ、少年は特にそれに抵抗するでも、激しく悲しむでもなく。
彼にとり、父親って何だったの?
…どうにも、どのように捉えて欲しいアニメなのか分からない。
戦時中の日本の風景、中国とも戦っていたという歴史などを元に、親と子が戦争について会話をする「切っ掛け」にぐらいは、なったのだろうか。
それなら、こんなドラマ仕立てじゃなく、戦時下、アジアにおいて日本は どのような事(功罪ひっくるめ)をしてきたのか、アニメを使って分かり易く見せてくれた方が、余程
会話の切っ掛けに向くのでは。
今、小さな子供のお父さんになっているであろう年代の人達は、日本が何をしたのかについて、知識が薄いと思うので尚更。
…ただ、そうすると「南京大虐殺」やら「従軍慰安婦」など、あった・なかった、肯定的・否定的どちらに描いたとしても、猛烈に抗議が来そうな難しい部分に触れない訳に
いかず、それは避けたかったのかな。
『タイドライン・ブルー』05.「攻撃」
自分の乗っているのが、故郷を焼き尽くし その住人を殺した潜水艦だと知りながら、なお「食い扶持は自分で稼ぐ」と、船の運営に強力を申し出るキール。
…理解しがたいけど、故郷にも他の人間の命にも実は大して興味が無く、我が身と愛するイスラ(+子供)さえ無事ならそれで良い、環境が激変して生きる事が大変になってしまった
この世界で綺麗事なんて言ってられるか!…というなら、分からないでもない。
それにしては、艦の作戦であるミサイル攻撃を止めようとするからなあ。
その行動は、普通、子供含め三人とも艦から放り出される結末しかもたらさない、とは考えない?
特に大きな理由はないが、艦の乗員(特に船長)にとってキールは、「迷惑だが愛すべき男の子」「成長を見守り続けてやりたい存在」と捉えられているような。
戦争(紛争)に伴う多数の犠牲者を救うためなら、比較的少数の死傷者を出すぐらい
やむを得ない…といった考え方を持っている乗員達が、任務を妨害するキールに優しく応対する理由は無いと思うけど。
その人間関係は、キャラクターやドラマの動きに伴い必然的にそうなったのではなく、製作者の意図として、そこ(潜水艦内ファミリー化)に辿り着く事が決まっている、そうなった上で描きたいイベントがあるので基本設定は早く消化してしまいたい、という焦りが
もたらしたモノ。
なし崩しに緊張感のない関係になってしまっている事務総長とティーンも、そう。
ティーンと一緒に、何故かダチョウも連れて移動します、というのも同じ。
意図の先走り。
こうした日常的な人間関係さえ描けないのに、全世界的、国レベルの関係が描けるとは思えないが…
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2005年8月17日 水曜日 |
…という訳で、締め切り進行です。
土曜まで、更新は不安定になるかと思われます。
悪しからずご了承下さい。
『奥さまは魔法少女』06.「大人の魅力って・・・、ということ」
奥様…人妻の魅力って、成熟したフェロモンを放ちながら、夫でない他者が手を出してはならない存在である事、人妻自身も、夫(自分を縛る枷)への不満を感じながら、しかし容易にそれを捨てきれない微妙な立ち位置にある事、だと思う。
しかしこの作品の人妻・嬉子は…
夫と別れないままなのに、巽に対して露骨に好意(独占欲まで)を見せ、その割には夫と不仲になった原因の「町の管理者であり続けるため、キス(肉体的接触?)は拒否する」という障害を解消しようとは、まるで考えていない。
「男に やらせるのは嫌だけど、その男を他の女に取られるのも嫌」「自分を変える気はない、男の方が私に合わせれば良い」ってんじゃあ、身勝手が過ぎる。
嬉子について、よく設定を煮詰めてあるのかどうか、疑問。
これじゃ彼女を好意的に捉えられない。
元ネタになっていると思われる、『めぞん一刻』響子は、もっとフクザツで説得力のあるキャラクターだったのだが。
巽もまた、嬉子への好意を見せつつ大人クルージェとも接近しているのが、分かり辛く…
「本当は嬉子だけが好きなのだけれど、彼女は所詮 人妻であり自分の手が届くはずがない事を知っているので、クルージェへと無理に気持ちを切り替え、葛藤から楽になろうとしている」というのなら、分かるが…
どうも、何も考えてないとしか思えず。
この手の作品の主人公なんて、これぐらいカラッポで良いのかな?
感情の変遷が分かり易いクルージェが、一番 感情移入しやすいかなあ。
巽を好きになった理由は弱い気がするけど…まあ「萌え」作品では、女性陣が主人公を好きになるのは「義務」だから。
前回、今回と、かなり崩れた作画が出て来てしまった。
特に今回、浜辺で水着…というサービス話なのに、それを悲惨な絵で見せられたのは悲しい所。
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2005年8月16日 火曜日 |
『D.C.S.S.〜ダ・カーポ セカンドシーズン〜』07.「すれ違い」
音夢、割と唐突に帰還。
…今シーズンに彼女が出てこないのは、何かよっぽどのドラマ的事情があるのだろうと思っていたけど、そうでもない?
少し距離を置いてお互いの事を考え直したかった、という理由でも…音夢が抵抗無く家に帰ろうとしたり、アイシアを見て逆上したりの単純な反応を見ている限り、無さそうだし。
隠れて覗く主人公は、音夢と保険医がキスをしたものと勘違いしてしまう。
んー、視聴者が見たいのは、この関係の危機かなあ?
主人公と ことりの関係をこそ、このシーズンではずっと描いてきたのだから、都合で急に帰ってきた旧ヒロインと仲違いして…という事なんかより、心中穏やかであるはずのない
ことりと、彼女に対する好意を自覚しつつあった主人公が どうなって行くのか、の方が見たい気分なんだけど。
主人公の側に長い間おらず、「最も大事な人」の位置を危うくしてしまった音夢。
丁度、前作での さくらのポジションに、彼女を据えたのだと思う。
同じ流れだと音夢に勝ち目はないだろうが、まあ同じ事を二度やるのも芸がないから、そうはならないかな。
前作での積み重ねがあるため、最強のキャラクターになってしまった音夢を一時遠ざけ、ことり
ら他のキャラにある程度のハンデを与えておいて、周回遅れの状態からスタートさせられた音夢が彼女らをブチ抜き、主人公争奪レースに勝利していく様子を、これから見せてくれるのだろうか。
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2005年8月15日 月曜日 |
『魔法戦隊マジレンジャー』24.「先生として〜ゴル・ゴル・ゴジカ〜」
前回、禁断の魔法を使ってしまった事で、呪いに苦しめられる翼。
どういう救済策を持ち出してくるのか、あんまり強引だったり都合が良すぎたりしたら醒めるなあ…と思いつつ見たが…
魔法先生・ヒカルがボロボロになりながら険しい崖を登り、たどり着いた頂上で、翼の運命を自分の命によって救おうとし、そこに上手くウルザードが絡んできて事態を急転させる展開を重ね、ご都合主義にドラマを陥らせないよう、最大限の努力を見せてくれた。
これなら、納得していいや。
先生が崖を必死で昇っていく所が、楽しい。
いつも余裕たっぷり、マジレンジャー5人を ちょっと見下ろしているような所があるキャラになるのかと思ったけれど、予想を遙かに超えるイイ男ぶりを発揮。
命さえ惜しまない行動には、胸を打たれる。
しかし、美味しいポジション独り占めだなあ先生( ^_^ )。
楽しいし、正しい作品。
『プレイボール』06.「希望のバウンドボール」
うーん、面白い。
谷口の、一種 超人的な能力…練習風景を少し見ただけで相手チーム エースの能力を把握してしまう事などもだけれど、それより、恐ろしい程の「根性」で、やる気がなかったチームの連中の性根を引っ張り上げ、すっかり入れ替えてしまう、この人心掌握術こそが最大の武器だろう。
昨日よりも今日は ちょっとだけ強くなる、ダメダメだった男達が気力に溢れた「漢」になる、これが実に気持ち良い。
やっぱり、子供達にこそ見て欲しいアニメ。
いや、疲れた我々オッサンにも価値ある、染みる内容なのは確かだけど。
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2005年8月14日 日曜日 |
夏コミケから、無事 生還いたしました。
会場内は予想通り暑く、人出も大変な物で、歩いていて、汗でじっとりと湿った野郎の腕と
こちらの腕がぶつかるたび、うあぁぁぁああぁぁぁ〜とか叫び出したい気分に。
それは、相手も同じ気持ちだろうと思いますけど。
本当、あそこは不快指数1200パーセントぐらいなので、暴行事件が起こらないのが不思議。
オタクな我々って、忍耐力ありますよねえ( ^_^ )。
お陰様でコピー誌は、開場後すぐに売り切れてしまいました。
お買い上げ下さいました皆様、ありがとうございました。
数が少なかったもので…せっかく行ってやったのにもう無かったぞ、という方、真に申し訳ありません。
次回こそ、何とかマトモな本を出したいと、今は強く思っております。
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』43.「反撃の声」
ラクスの「力はただ力です。そしてあなたは、確かに戦士なのかも知れませんが、アスランでしょう?」という言葉に、自分に出来る事、やるべき事を再確認し、出撃するアスラン。
良いシーンだと思うんだけど、ドラマとしての積み重ね不足と、そう言って飛び出していった後、シン相手に決め手に欠ける説得を行う事で、ちょっと弱く感じられてしまうのが残念。
シンには、「君が放った攻撃の流れ弾が、あるいはオーブに直撃し、君の家族と同じような被災者、死者を生み出しているかも知れないと何故考えない
!?」と言えば良いかと(アスランはシンの事情を詳しく知らないんだっけ?)。
ただ、それでは、誰かを・何かを憎む事で ようやく自分を保っているような少年の、心の最後の糸を、プツンと切ってしまう恐れもあるのだろうが。
その憎しみの代償作用が、非常に傍迷惑な方向に出てしまっているのが、シンの不幸。
「彼一人の心を救うため、こんなにも多くの犠牲を出さなければならないのか。それほど価値のある存在か」といっても…視聴者は既にそれを「否定」する方向へと傾いてしまっているのでは?
アスランの、前述した仮定のセリフは、そのままアークエンジェル一党にも跳ね返ってくるもの。
「平和を求める戦い」、という大義名分の元、誰かの子供を、恋人を、親を殺している事実に目を向けているのか、それを彼らはどう捉えているのか。
非常に難しくて、容易に答えの出せない問いかけではあろうけど、戦いの中にテーマがあるのなら、挑んで、何らかの答えを出さない訳にはいかないだろう。
「そしてあなたは、確かに戦士なのかも知れませんが、カガリでしょう?」
「確かに戦士なのかも知れませんが、フラガでしょう?」
「ラクスでしょう?」
というように、ラクスの一言から派生して、それぞれが「自分」を再認識した行動を取っていく構成は、気持ち良い。
ただ…カガリはやっぱり、とっとと停戦を求める連絡をすべきだったと思うけど。
戦いが優勢に傾いた時なら、交渉もし易かったろうし。
議長に直接訴えて却下されたなら、今回使った全宇宙的放送網を用い、民衆に直接
呼びかける形で、戦いを止めてくれない議長の非道を涙ながらに語るとか。
ラクスも、まるで分からないでもないけど、自分がオリジナルだと なかなか申し出なかった心の葛藤が伝わり辛いので、ようやくの表舞台登場だが、もっと早く出れば良かったのに、という感想が生まれてしまう。
ユウナ…可哀想に。
キャラの役割として、戦闘のどさくさで排除され「死」により片付けられてしまうのではなく、カガリの成長を見せるためには、平時に、彼の確かに正論と思える言葉や行動に堂々と相対し、自分を貫いていく姿勢を示させる事が必要だったと思うけど。
オーブ内で、カガリに対して自分の位置を確保できていないアスランにも、「敵」としての彼は必要。
……割と憎めないキャラだったが、製作者には愛されてなかったみたいだなあ。
オリジナル・ラクスの登場に、驚いてみせる議長。
その驚きの内容には、何種類かの解釈が出来ると思うけど…答えは来週?
夏コミケ、コピー誌が何とか出せそうです。
何とか、ったって、お買い上げ頂けるようなシロモノではありません…まあ眺めて、フンと鼻で笑って頂ければ幸い。
かなり暑くなりそうですから、皆様も体調にだけは ご留意を。
では、行って参ります。
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2005年8月13日 土曜日 |
『SHUFFLE!』06.「微笑み」
無口低血圧・ロリ方面担当娘、プリムラをメインに据えた話。
メインに…といっても沢山 画面に出ていた、というような意味。
彼女は自分の心情をまるで表に出さない・語らないキャラクターだから。
それで(僅かには語ったけど)今回も通したのは、徹底していて良かったような、もうちょっと分かり易くする方向も考えるべきだったような。
雨に濡れた服から透ける胸、ランジェリーショップで遊ばれる様子など、珍しくサービスが充実した話だった。
これまた珍しい事に、主人公が女の子のため能動的に動いて見せた。
…と言っても、プリムラが抱え続けているボロボロ縫いぐるみに似た物を探して買ってきた、という程度であり、他の女の子達から優しさを絶賛されるような大した行動じゃないと思うんだけど。
一応、努力は努力。
しかし、プリムラが元々持っていた縫いぐるみは、特別な記憶と結びついて意味を持つ物じゃなかったの?
そっくりな新しいグッズを、お小遣いで買ってきてあげたよ、って話じゃないような気がするんだけど。
「破れたボロ縫いぐるみを、主人公が不器用な指で縫って上げた」辺りが順当では?
まあ、彼女自身が新しいのを欲しがっていたようだから要望に応えてやった訳で、別に間違った行動じゃないんだろうけど。
「主人公がわざわざ買ってきてくれた」記憶が付加される事により、新しい縫いぐるみも特別な物になったのだろうし。
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2005年8月12日 金曜日 |
夏コミケ、出るだけは何とか出られそうです。
コピー誌を現在作っておりますが、これは間に合うかどうか、微妙。
本来なら、とても出席している場合じゃないぐらい商業仕事が詰まっています(量は少ないのですが、手が遅いため)ので、かなり早いウチに引き上げる事になってしまいそうです。
お昼を回ると、ぼくは居なくなっているかも知れません(堀先生達は、同人誌を売り切るまで残っておられると思います)。
申し訳ありませんが、悪しからずご了承下さい。
『フルメタル・パニック! The Second Raid』05.「うるわしきシチリア」
爆弾に対する過剰警戒で、先生が ただ止めてあっただけの車を分解してしまう宗介、というお馴染みの軍事バカ行動から幕を開けた今回、直後、作戦中に裏切り者を出し、甚大な被害を受けた事について査問会で追求されるテッサの、かなり重いシーンが連なる。
潜水艦内の様子からすると、ミスリルって物分かりが良さそうな機関かと思えたけど、さすがにそればかりではなく、厳しい責任追及…責任の投げ合いも?が行われる。
重い話になるのか?と思えば…
メインは、裏切り者・ブルーノを捉えてからの逃走劇を描く、派手派手カタルシスとお笑いを満載したサービス話。
特に、目が醒めようとするブルーノを、その度に銃の台座で殴りつけて また気絶させる繰り返しギャグには、テンポの良さと相まって、大笑い。
アクションにアイディアが詰められているし、途中から宗介が かなめと携帯電話で、「進級できないかもよ」などという、日常レベルではオオゴトだろうが、生きるか死ぬかの現状では
どーでもいい会話を繰り広げ、視聴者の気持ちの向き先をくるくると変えて、面白く見せ続ける手腕が見事。
その会話から繋げ、宗介の立ち位置に疑問を投げかけるシナリオの作りも上手い。
レベルが高いなあ、このアニメ。
『極上生徒会』19.「さらば愛しき友よ」
人形プッチャンの親友、ランスが学園に尋ねてくる。
基本的に馬鹿馬鹿しい話で、両手に人形を着け、本人含み三つの声を演じ分ける羽目になってしまった声優さんの苦労まで、ギャグに織り込んで見せてくれる所など、アチコチ笑ってしまった。
お気楽だけに終わるか…と思ったが、ランスと生徒会長の会話により、会長と
りのママの関係など、物語の根幹を成す設定がチラチラと示された。
りのママは(会長も)、人間の魂を人形に移し替える能力を持っている?
シリーズ開幕当初、プッチャンは「面白ければそれでイイ」不条理な存在であり、特に設定は考えていないか、考えてあっても劇中で語るつもりは無かろう、と勝手に考えていたけど、全部スッキリさせそうだなあ。
ランスとの別れを知り、変えられぬ表情で泣いてみせるプッチャンに、ちょっとホロリ。
いや、冷静に考えると「アホな話」と表現する以外ない内容なんだけど、そこを次第にストーリーの流れへと巻き込み、ツッコミを忘れさせ、見る者の心を動かしてさえ みせるのがフィクションのマジック。
上手いもんだ。
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2005年8月11日 木曜日 |
『タイドライン・ブルー』04.「役割り」
潜水艦の中で、積極的に働くイスラに比べ、何事にもやる気を見せないキールは、自分の居場所を確保できないで居た…
っていう話なんだろうけど、「働けよキール」よりも「何でいつまでも潜水艦に乗ってるんだ?」という疑問の方が強く感じられてしまう。
どこか適当な島で降ろしてもらえば(島など無い?)、今まで居た所でそうしていたように、イカサマバクチで稼いで生きていけるだろうに。
イスラと子供を養える程 収入があるかどうかは知らないが、まあ彼女は労働好きみたいだから、共働きにすれば。
そして、キールが今まで自分が乗っている船の正体に気が付かないままだった、というのにビックリ。
島にいるタイミングが良すぎた事とか、他の潜水艦と追撃戦を繰り広げていた事など、もうちょっと疑問に思って調べれば
すぐ分かったんじゃないの?
自分だけでなく、まだ庇護を必要とするイスラと子供も居るというのに、周辺環境に余りにも無頓着。
それは、「世間と相対する事をキールがまだ上手くできないから」というより、「潜水艦の中で成長していくキール、彼を優しく・厳しく見守る艦長」という製作者が意図するフォーマットへと、早く早く持って行きたい焦りが出てしまっているから、ではないか?
例えば来週、キールらが船を下りるとして、「乗員の中には、別れがたさに涙ぐんで見送る者も」なんて演出を、平気でやりそうに思える。
キールらの島を攻撃していたミサイルを、彼自身に磨かせる艦長。
事実に気が付いてから、艦長に怒りをぶつけるでも、何気なさを装って「近くの港で下ろしてくれ」と言い穏便な逃亡を図るでもなく、大騒ぎして、先の展望も無しに部屋へと立て籠もるキール。
しかし彼は、イスラが発熱していると知るや、親に対してお小遣い値上げを求めるハンストをしていた子供のように、乗員達が許してくれる事を当然として医務室へ。
彼の前に立ち、まず責めるのは「ミサイル掃除をするって約束を破ったな!」という部分の…「お小遣いが欲しければ、まずお母さんの手伝いを一生懸命してからだ!」的な怒り方をする艦長。
……ズレまくり。
互いの認識の差とか、そういう物も描いているつもりなのだろうか?
とにかく会話やら行動がまるで噛み合っておらず、違和感ばかり。
いや、「ミサイルテロを行った武装潜水艦内」「その指導者である艦長」「被災者キール」というような関係性を抜きに、ご家庭レベルでの「お小遣い値上げ闘争話」が繰り広げられたのだと思えば、噛み合っているのかな?
『アストロ球団』01.
ううぅ〜むむむむむ、もうドコから突っ込めば良いのか分からん。
根本的な所では、「何故、今、『アストロ球団』なの?」と。
『少林サッカー』やら『逆境ナイン』に倣い、何かこう、「盛り上げようとし過ぎて変な方向に突き抜け、笑える内容になってしまったドラマ」を意図的に作ってみよう、とか考えたのだろうか。
確かに、ほぼ原作に沿っていると思われるストーリーはともかくとして、現在の風景と合わない時代背景、豪華なのかどうなのかキャスティング、無理のある配役、意外とマトモなCGなど、アチコチ楽しめはしたが…
第一話だけで、お腹一杯。
いや、エライ物を見せて頂きました( ^_^ )。
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2005年8月10日 水曜日 |
『かみちゅ!』06.「小さな決心」
自分の片思い相手である健児に想いを寄せる下級生と一緒になって、書道部に入る事になってしまう ゆりえ。
なりゆき任せでウダウダ〜と進み、特に大きな事件もなく終わる話だが、何だかこう微笑ましいような気恥ずかしいような気持ちにさせられつつ、ほのぼのと見終えてしまった。
盛り上げようったって、そもそも恋愛対象の健児には、そういう方面への興味がまるで無いからなあ。
いや、それなら下級生少女の告白に、深く考えず「お友達からなら」ぐらい答えても良さそうなので、意外と胸に秘めた相手が居たりして?
片思い少女二人の関係も、もっと ゆりえの方に「取られてなるものか」と「神様として相談に乗ったのだから邪魔してはいけない」という葛藤があるとか、下級生の方が ゆりえをライバル視して責め立てたりすれば、イベントとしては充実したと思うんだけど、この作品特有の茫洋として居心地の良い雰囲気は壊れてしまう。
キツい恋愛ドラマ方面に展開しようとしても、これまでの流れを無視でもしない限りは無理が出るし、それで得られる物も
たかが知れているから、そうしないで正解だろう。
しかし、こんな頼りなさげな ゆりえに相談なんてしたいものかね?
神の力を有効に使って、困難を解決できているとは思えないんだけど。
「占い師」をやって街角で信頼を得ている人達は、未来を見る不思議な力なんかより、カウンセリングしたり
ただ愚痴を聞いて気持ちを楽にして上げる相手としての能力が優れているんだろうが、ゆりえ
には人生経験が全然 不足しており、そういう意味でも不適当に思える。
でもまあ、中学生ぐらいなら、親にも教師にも友達にも話し辛い事を、「神様」にだったら話せる、っていう不可思議な思考形態もアリだろうか。
どーせ効き目なんかある訳がない「恋のおまじない」なんてモノを、大真面目に やってみせる気持ちと同じレベルで、ゆりえを頼っているのかも。
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2005年8月9日 火曜日 |
『創聖のアクエリオン』19.「けがれなき悪戯」
多くの人がそうだろうが…最初、何のアニメが始まったのかと思った(笑)。
『御先祖様万々歳!』みたいな絵だなあ、と思えば、コンテから作監まで うつのみや理か。
誰が誰だか分からねぇー!と視聴者に思わせたままストーリーは進み、子供天翅の罠(イタズラ?)により異空間に引きずり込まれたキャラ達は、更にデフォルメのキツい姿形にされ、混乱は頂点に。
…でもまあ、昔のテレビアニメでは、結構キャラクター作画に幅があったりしたんだよね。
下のレベルの作画回では、キャラが分からなくなる事も。
『ボトムズ』なんかでも、谷口守泰作監の話では、キャラのアゴがみんな尖って別人に。「格好良くなっている」変化だったので、個人的には嬉しかったぐらいだけど。
登場キャラクター同士、顔を見て笑ったり驚いたりしていたので、あの世界でも「変な顔」にされていたらしい。
それにしても子供天翅、遊ぶなら、もっと互いの姿を入れ替えたり、動物や化け物に変えたりしても良さそうだけど…
作監氏が暴走してレギュラーキャラを描いたらどうなるか、スタッフも見てみたかった、って所なのかな。
今回は、「例え姿形がどうであろうと、自分は自分だ」という事を描こうとする「意図」と、かなり
やりたい放題やっている『アクエリオン』という作品中で作画も聖域ではなく
うつのみや理に自由にやってもらおうという「手法」が、幸運だか不幸だかの出逢いをして、エライ物が出来てしまったのだろう。
キャラが不安に駆られる街中の描写を、見事な演出・レイアウト・色彩・動きで描き出してくれ、非常に見応えがあった。
上手いなあ、この人は。
子供天翅に変な顔にされたキャラ達を見慣れた頃、外世界の司令部で待機する他のキャラを見せられると、今回冒頭で
とにかく描き方が普段とまるで違うよう感じたばかりなのに、比較する事で「ああ、外の世界のキャラはかなりキャラ表に忠実だなあ」と思わされ、自分の目と判断基準が
おかしくなっている事を自覚させられる。
この作画に関わる混乱具合をも含め、「他人に尋ねる前に、自らに問うがいい!お前こそ誰だーっ!」と、司令官譲りの無茶な理屈で力任せに吹っ切って見せるクライマックスには、強いカタルシスが。
手描きアクエリオンの戦闘、変な顔キャラによる爆笑合体シーンなど、驚くぐらい手の掛かった、異色話だった。
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2005年8月8日 月曜日 |
『魔法戦隊マジレンジャー』23.「禁断の魔法 〜ロージ・マネージ・マジ・ママルジ〜」
ボクシングジムの息子を救うため、禁断の、時を遡る魔法を使う翼。
目に見えている敵はインキュバスだけなんだから、そんな制限のある魔法なんて使わなくても、取りあえず倒しちゃえば何とかなるんじゃないの?などと安易に思っていたが、「それでは助けられなかった。倒すべき相手は他に居る」という真相により、魔法使用に意味を付加。
当たり前の作劇なんだけど、意外とこんな所から疎かにしている作品が多いから、安心して感心。
「時間を操れる魔法」は、特にシリアスな物語では、とても扱いが難しいオールマイティーなシロモノ。
これがあると、どんな困難な局面になっても、「ちょっと戻って やり直せばイイじゃん」と思われ、その通り行動しない劇中のキャラクター達を間抜けに見せてしまう。
『マジレンジャー』のは、「見る」だけで過去に干渉は出来ないようだけど…
枷を嵌めて、自由な使用を禁じておくのが良策。
この力を使えば、兄妹の お父ちゃんの行方( ^_^ )が分かってしまうし、多少なりと過去に干渉出来るなら、お母ちゃんを死の運命から助け出す事も可能になるだろう。
『スター・ウォーズ』アナキンが、禁断の力に惹かれて暗黒面へと落ちたのに対し、この作品では禁断魔法を使った代償に、翼の胸に暗黒穴ことブラックホールが出来てしまう。
なるほど!(何が?)
決して間違った力の使い方をした訳ではないので、早いトコ体を元に戻してやって欲しいな。
WOWOWで放送された映画『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』を見る。
85年に公開された、劇場三作目(実写版は勘定に入れず)。
一作目『vs複製人間』、二作目『カリオストロの城』は、それぞれにファンが多く、一作目の方がルパンとしては正しいだの二作目の方がアニメとして出来が良いだの様々に語られているが、この三作目は余り取り上げられる事が無く、ほとんど黒歴史扱い。
かくいう自分も久しぶりの鑑賞であり、ホントの所 内容に関する記憶は薄れていて、「ダルいばかりで
あんまり面白くなかったような」という以外 語れない状態だった。
今回 見返してみて…
んー、印象通り、ダルい。
特に映画にとって大事な導入部が酷く、コスプレ酒場でのダラダラした無意味な
やり取の後、銭形が登場し、ビル壁面の巨大顔面オブジェを四次元的に使いルパンとバイクで追いかけっこをする、このアクションが、全く面白くない割に永遠に続くんじゃないかと思うぐらい長く、早くも鑑賞を投げ出しそうになってしまう。
全体にも、無駄なシーンが やたらに多く、全部カットしたらテレビシリーズの一本として、30分で
まとまるんじゃないかと思う程。
逆に言うと、これを切り詰めてテレビシリーズの1エピソードにすれば、そんなに出来は悪くないだろうとも。
映画だから張り切ったんだろうな…長丁場をもたせようと、色々なネタを盛り込んである。
ヒロイン(!)であるバイタリティー溢れまくりの老婆、謎を秘める散らばった石版、その奪取をルパンと争うマフィアのカマっぽい
お坊ちゃん、その下で雑事を行う不穏なギャングのボス、銭形直属のICPO美女五人衆、そのチャイナ娘と五ヱ門の間に芽生えかける
ほのかな恋、砂漠の遺跡に仕掛けられた罠、ニューヨークの地下に眠る巨大な遺跡、そして宇宙スケールにまで拡大するラスト。
特に、マンハッタンの地下深く地下水に浸されつつ威容を誇るバビロンの遺跡は、イメージとして
とても面白く、上手くすれば ここを舞台にして見る者の心に残る大アクションを繰り広げられたろうと思うんだけど、実際はルパン達がウダウダ水に流されるばかりで、ただダルい、意味のない場所と化している。
マモーばりに長い時間を生きてきた老婆・ロゼッタの孤独と、世界史への関わり、その果てに出逢った異能者・ルパンへの思いは、もっとずっと彫り込めたはず。
ギャングには、特殊技能を持つ殺し屋が一人ぐらい居て良い。
マフィアの坊ちゃんは、居ても居なくても一緒?少しぐらい凄味が見たかったな。
ICPO五人衆のキャラはもっと描き分けるべきだし、投げっぱなしのチャイナ娘・五ヱ門の関係にも取りあえずのオチぐらい欲しい。
彼女らから無能だと嘲られ続けた銭形には、意外な有能さ、年長者の度量を発揮させ、一瞬でも尊敬される存在にして上げては。
……等々、用意されたキャラやアイディアから考えれば、上映時間には収まりきらないぐらいギッシリ詰まったプロットになったはず。
ところが実際は、それぞれの要素が上手く絡み合えず、バラバラな方向に投げ出されて不協和音を奏で、大きな隙間をいくつも作り、「退屈で間延びしている割には、ゴチャゴチャして全体像が掴み辛い」という最悪の形で完成してしまった。
勿体ないなあ。
製作現場が酷い有様であった事は、有名。
それにしては、時折 先を見通しているような鋭い行動を見せるルパン始め、次元・五ヱ門らについては結構、「おっ!」という、イカス(死語)行動・言動を見せてくれるシーンが
あるんだけど。
惜しい。
でも正直、残りの人生で、もう一度見る事はないだろう。
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2005年8月7日 日曜日 |
『ゾイド ジェネシス』18.「合流」
ああ、もう合流なのか。
あと少し、ルージ・ガラガの旅が続くのかと思ったんだけど。
他の皆も それぞれバラバラになっており、各所で様々な体験(昔の仲間と再会するとか、土地のレジスタンスと強い絆を結ぶ等)を積んでからの再会にしても良かったような。
ただ、このアニメはあくまでルージを主人公にしているため、彼を切り離した「それぞれの戦い」で視聴者(子供)が喜んでくれるかどうかは、分からないか。
親切な村で体を癒すラ・カン達。
そこに迫るディガルドの影…という事態に際し、せめて村長だけは「誇りにかけて、この人達をディガルドになど引き渡してはならない!」とか立派な事を言うかと思ったが、意外なぐらいアッサリと売り渡す事に決めてしまう。
それは確かに酷い話だけど、弱い者が身を守るための選択として、リアル。
村人に怒りを感じるレ・ミィの気持ちも、もちろんよく分かる。
丸焼き( ^_^ )にしたくなって、無理ない。
対して、それではディガルドと一緒だ、と止めるラ・カンの冷静さ。イイねえ。
危機一髪で現れるルージ達…都合がよいのは、まあドラマとしての お約束だから、と思えば、実は早くに着いていたけど様子を見ていた、という意外な策士ぶりを発揮。
…さっさと村に突っ込んでラ・カン達を救出し、逃げ出しても良かったような気はするが、それじゃ後で村が酷い目に遭っちゃうのかな。
「村人は全面的にディガルドに協力したが、思わぬルージら増援のために捕まえた者達を引き渡せなかった」という報告をさせるため、一機だけ逃がさなきゃマズいのでは?そんな必要なくリアルタイムで本部と通信してる?
それでも、ディガルドが期待した方向通りに納得してくれるかどうかは分からないけど。
村人のために死んでやる訳にもいかず、ここまでが出来る精一杯だろう。
『交響詩篇 エウレカセブン』17.「スカイ・ロック・ゲート」
ゲッコー号の修理材料を求めて遠征するレントン達。
いつもの事だけど、「修理資材が必要なんだ」というのはシナリオ上の お題目としか思えず、切実さが感じられない。
せめて、二日以内に飛び立たないと大きな仕事を逃すとか、大軍を成した追っ手が近隣まで迫っているとか、多少
追いつめてみては?
キャラの、説得力ある動機付けは大切。
このアニメでそれが出来ていたのは、倒れたエウレカらを助けようとレントン達
男の子が必死の行動を見せる回ぐらい。
今回は…父親の死を境に すっかりやる気を失っていた職人のエピソードも、特に悪くはないけど薄味で、コレといった印象が残らない。
修理資材は生き物(?)から作られている、という設定なんかは、イメージとして面白かったんだけど。
エウレカが酷い鬱状態から回復した事を喜ぶべき話なのか…
ただこれも、レントンの行動が その切っ掛けになった訳でなし、今回のストーリーとも
まるで関係ないので、「シナリオの都合」を感じてしまう。
そういえばエウレカって、子供達にママ、ママと慕われるだけの理由付けはされてたっけ?
「時に異常なほど子供達の事を考え、行動する」とか、態度に見えるよう「ママとして十分な資格」が表されていれば、納得できるんだけど。
立派なママへと成長する過程を描いている…って事?
そこいらも薄味なので、「設定書に『エウレカは子供達のママ』と書いてあったから、そのように扱ってます」という意志しか感じられず…
『強殖装甲ガイバー』01.「驚異の強殖装甲」
原作は途中まで既読。
複数回アニメ化され、ハリウッドで実写映画化もされているが…実際の所、作品としては
ほとんど全部 誉められる出来ではなく(マッド・ジョージの映画には、原作と切り離して好きな所もあるけど)。
WOWOWでアニメ化された今作はどうか、と思いつつ見て…
うーん、20年ぐらい前に作られたOVAだと言われても、全く疑わない。
特に意味無く付け加えられた冒頭の 未来時点から振り返るモノローグ、気合いの抜けた演出、原作に似ていないのはともかく、パッとしない作画。
この第一話で視聴者に「次回以降も続けて見たい」と思ってもらうのは、かなり難しいだろう。
一番の見せ場になるガイバー登場の流れでさえ…
水の中に落ちたはずなのに濡れた様子もなくフラリとそこいらに立っているガイバー、力が入らないゾアノイドとの組み合い、血は出るものの
何がどうなったのかよく分からない決着、全て不満。
また、こんな不遇なアニメ化か……
かなり ゆっくりした進行速度…原作のどこまでをアニメ化するつもりなんだろう?(掲示板で、全26話、ギガンティック登場まで、との情報を頂きました)
一年間放送しても、単行本分を消化するのは無理。
取りあえず3話目ぐらいまでは見てみようかと思うけど、このまま変化が無ければ、もう感想は書かないかも。
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2005年8月6日 土曜日 |
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』42.「自由と正義と」
シリーズのクライマックスが迫っているので、戦闘シーンの多さで強引に盛り上げよう、という考え方も分かるけど、とにかくその前提となる所が大きく飛ばされているので、乗れない。
ま〜だザフトに通信を行わないのかカガリ。
取りあえず市民や兵士に出ている犠牲を最小限に止めるのが先決のハズだから、指導者の変更と、それに伴う対外対応…ジブリールを見つけ次第
引き渡す、という体勢に変わった事を連絡すべきでは。
「ジブリールが行方不明になっちゃいまして すぐには渡せません、今 そこいらを探してます」という内容の連絡をして、議長が納得してくれるかどうかは微妙だけど。
どういう事になっているのか分からないが、仮にジブリールを「亡命」という扱いでオーブが受け入れた事になっていたら、「攻撃を受けたから、亡命者の権利を無視して引き渡す事にしました」って訳にも
いかないの?
それで戦端が開かれ多大な犠牲を出しているので、綺麗事 言っていられない!という考えもあろうが…その辺を巡り議会と対立して、苦悩するカガリを見せても良かったかな。
もう既に、「全人類的な平和」より「オーブの平和」を優先する決断を、カガリは下している訳で、自国のために泣きわめくジブリールを引き渡し、何かを失いながらも為政者としては成長する所を見せるとか。
今に始まった事じゃないけど、イキナリ参戦してザフト軍ばかりを攻撃するキラの態度も、どうなんだろ?
デュランダル議長を、怪しい所はあるにせよ、一応 常識が通じる指導者とした事で、「悪者が率いてる軍だから潰しちゃえ」といった単純明快な理屈が通じない。
前作でアズラエルがオーブを攻めてきた時には、「あの どーしよーもねえアホ相手じゃ戦うしか選択肢がない」事だけは納得できたんだけど。
しかし「お互いの主義主張がぶつかり合って生まれた避けようのない悲劇」とするには構成が弱く、仕掛けも足りないので、歪みが出て来た部分を体現して行動するキャラの頭が悪く見えてしまう。
平和を求めているはずの、テーマと繋がる重要勢力・アークエンジェル一党にだけは、その歪みを背負わせないようにした方が良かったと思うんだけど…
この作品は、「若く・青く・純粋な夢を抱く者達が、狭窄視野による行動で自ら挫折していく過程」を描くのが狙い?
ぼちぼちシンに、自分の攻撃で、あるいは戦いの巻き添えにして、罪もない市民(家族連れ)が犠牲になる様子を見せ、今居る立場を理解させて上げるべきでは?
このオーブ攻めが、彼がダークサイドから抜け出す最後のチャンスだと思う。
でも、犠牲になった親子とか見ても、
「バカなオーブ指導者が早くジブリールを引き渡さないから、また 自分の家族のような犠牲者を出してしまったじゃないか!許さないぞカガリ!」
などと お馴染みの逆恨みをして見せ、更に攻撃を激しくするだけかも……
ドム三機によるジェットストリームアタックには、笑った。
そのまんま やるんだなあ。
しかし降下してくる前にオーブに連絡を入れろよラクス。オーブ軍に撃墜されたら どーすんじゃ。
残念なのは、このドムとパイロット達の登場が余りに唐突であり、最強のキラ、次回からアスランの参戦により、戦力としても
さほど必要とされていない事。
パイロット達、彫り込むと面白くなりそうなキャラっぽいんだけど。
ネオから、フラガ「っぽい人」への復活は嬉しい所。
実際の正体は何なのか、気になるなあ。クローンとか、何でもアリの世界だから。
メイリン、明確な意図があってザフトを脱走した訳でもなく、確かに今 船を降ろされても、どうしたら良いんだかサッパリ分からないだろうな。
彼女には しっかりとラクスに関わる事情を明かし、「アークエンジェルに居る意味」を多少なりとも感じさせて上げては?
それを通信で教えて姉にもザフトへの疑念を起こさせる展開が……って、ルナマリアは
もう知ってるんだっけ。
『ウルトラマンマックス』06.「爆撃、5秒前!」
ん〜〜〜、結局 何がどうしてどうなって、というのがよく分からない。
あの島は何故 日本へと一直線に向かってたんだろう?石像になると島を見えなくする事含めて完全コントロール出来るらしいピグモンって、何?古代人はレッドキング、ピグモンらにどう関わっていたの?
そんなに難しい内容ではなく、正直、一話で十分に描ききれる程度の設定やドラマしか無かったと思うのに、どうも手際が悪くて。
怪獣縫いぐるみを複数作る事に決まった時点で、前後編にしないと採算が合わない前提があり、話を引き延ばそうと色々入れてみたが、今度は
まとめきれなくなった?
爆弾岩を体内に溜め込み、吐き出して攻撃する、意外な頭の良さを発揮したレッドキングが楽しい。
勝手にコケたり、岩を吐ききったらしく煙だけ噴いたりと、間が抜けている所も可愛くて結構。
もっと、恐ろしい程の強さを見せつけて欲しかった気はするが、オリジナルのレッドキングも、ウルトラマン相手には そんなに強くなかったか。
アイスラッガーでレッドキングが口にくわえた爆弾岩を破砕、胃に落として体内の岩(吸収された岩成分?)と反応・爆発させて倒す、というのはアイディアだったけど、それなら体皮が異常に強固で外側からの攻撃をまるで受け付けない、という所でも見せておいてくれると、更に効果的だったかな。
逃げ回って島内で迷惑な行動を続ける考古学者、マックススパークを無くしてしまい変身できない主人公、国防軍がすぐさま発射しようとする破壊ミサイルを決死の説得で待たせる長官(「計算ではすぐミサイルを撃つべきですが…人間は時折、計算された可能性を越えますから」と言うアンドロイド)…などなど、もうちょっと盛り上がるネタを入れ、要らない部分を整理していけば、二話きっちりもたせられる内容になったかと。
『ドラえもん』「ドラえもんの大予言」「白ゆりのような女の子」
前半、のび太が、しずか家に着くまでの間に自動車事故に遭う、という確定した未来に対し、裏を掻こうと悪戦苦闘する話。
非常にSFっぽい発端で、ドラえもんが立てる回避策、それでも逃げ切れず近づく危機、という辺りにもっとアイディアがあれば、傑作にもなったろうが…
まあ、普通。
あるいはこの原作が描かれた当時は、この発想だけでも凄かったのかも知れないけど、今、アニメにするなら、多少なりとヒネって欲しかったな。
あと、どこでもドアでイキナリしずか家に直行すれば、道筋に悩まなくて済んだのでは?
いや、結局はそれでも回避できない事故理由だったが。
後半。
押しつけがましくならない程度に「戦争の辛さ」が描かれており、なかなか。
もう一押しで、PTAからは更に誉めて頂ける内容に なったかと思うけど…『火垂るの墓』に
なっちゃうか。
ここいらで留めてくれる方が、エンターテイメントを期待する身としては、有り難い。
…オチ自体は、すぐ読めてしまうけど。
そういえば今回は、どちらのネタも「タイムパラドックス」が絡んでる。
のび太のパパは疎開を体験している…って、今いくつ?
原作準拠の設定だから仕方ないんだろうが。
このアニメの舞台が現代だとすると、少女と出会ったパパはもう、「お爺ちゃん」ぐらいの年齢になっていそう。
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2005年8月5日 金曜日 |
『SHUFFLE!』05.「私の居場所」
主人公の世話を全般に渡って行い、それを面倒と感じるどころか「生き甲斐」だと真顔で言ってのける同居少女・楓。
願望1200パーセントぐらいの幼なじみ系キャラだなあ、と思っていたが…
ああ、そういう心理状態であり行動を取るには、何か理由がある訳ね。
幼い頃の記憶の中で主人公に泣きながら何事かを訴える楓、そして家を襲う地震、主人公の世話が出来なくなる事で精神的に(軽く)危機を迎える様子、……単に「萌え」でなく、理由付けの設定がありそうな様子。
逆に、相変わらず主人公は、自身「女の子達から好かれるに足る理由」を証明しようとしない。
それは確かに、「毎日泥だらけになって練習する野球部のエース」「老人ホームなどを回ってはお年寄りの世話を熱心にするボランティア」という程
強力な設定があると、見ているこちら側との間に距離が感じられ、感情移入を阻害する要因にもなるかと思うけど。
せめて今回、「学校で雨に降り込められた楓を気遣い、傘を持って出迎える」ぐらいの行動は取って良かったかと。
実際は、部屋で ぐうぐう寝ていて、彼女がいつ帰ったのかさえ気が付かない程度の関心。
「こちらは特に何もしないけど、女の子達の方が勝手に、一生懸命ボクに好かれようと尽くしてくれる。でも正直、ちょっと迷惑かも。まあ、そんな事 言っちゃ可哀想だから、優しいボクは好意を適当に受け容れて上げるけどね」
というのが、こういう「萌え願望充足物」の基本パターン。
確かに心地良いんだけど、見る方の体調や精神状態によっては…
「満漢全席、しかも全ての料理が味付け濃いめ」というようなモノを朝、起き抜けに出されたような、嬉しさはあるが胸焼けも感じてしまう。
夏コミケ…すみません!同人誌新刊は落ちてしまいました。
またもこんな情けない有様となり、ひたすら申し訳ないばかり。
せめてもコピー誌なりと出すべく、頑張りますが…現状、商業仕事が酷い状態で詰まってきているので、どうなる事か事態は流動的。
しかし、決して悪い話ばかりではなく。
ウチのスペースで、堀 博昭先生と麻生我等先生の合同同人誌を、委託販売させて頂ける事になりました。
参考。
堀先生のHP(夏コミケ特設ページあり)
ゲーム『ランブルローズ』本だそうです。
堀先生については、各誌で活躍中であり、単行本も出ていますので皆様 既知の事と。
HPトップの『ランブルローズ』絵を見ただけで、同人誌のクオリティーは想像できるでしょう。
恐ろしい事に、ウチの原稿を何度か手伝ってもらった事があります。
ぼくよりか全然上手いのに、申し訳ない事だとは思いつつ。
麻生我等先生も、勿論、負けず劣らず大変に上手い作家さん。
その同人誌に興味がお有りの方は、夏コミケで白昼書房のスペース・日曜日・ハ-10aまで、是非お越しを。
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2005年8月4日 木曜日 |
『フルメタル・パニック! The Second Raid』04.「デイライト」
前回・今回と、緊張感を持って人質救出作戦が描かれた。
敵も味方も馬鹿に見えず、それぞれの作戦に沿って的確に動いていく様子が気持ち良い。
「有能な特殊部隊だ」とセリフで言うのは簡単だけど、実際にそれを行動として視聴者に見せ、納得してもらうのは至難のワザ。
士郎 正宗先生以前・以降で、この辺りに求められるリアリティーのレベルは大分上がったんじゃなかろうか。
敵側 少女戦士のアクション。
重い剣を構えた長い四肢を振り回し、攻撃の全てに遠心力を乗せていく事で、体重や力なら彼女に勝るだろう兵士達を圧倒するパワーを生み出していく。
そんな高度な体術を用いた戦い方を、見るだけで理解できるように描いてある、この演出と作画レベルの高さには、驚嘆。
京劇の舞のような少女の攻撃には、優雅ささえ感じる。
作戦を危機に追い込む裏切り者・ブルーノが、登場してイキナリ「コイツ怪しい」と思える姿形、行動、言動を見せる事で、主人公側が
それに気付くまでに時間が掛かる事を、客観的視聴者の視点からは、間が抜けているようにも感じてしまう。
もうちょっと、誰が裏切っているのか探るサスペンスがあれば(レギュラーキャラの中で、一人だけのゲストがそうに違いない事はすぐバレるにせよ)、もっとハラハラ出来たと思う。
ただ、そうすると若干 話が分かり辛くなってしまうので、難しい所か。
ウイークポイントを逆に利点へと変えていく、「クレタ人作戦」が楽しい。
原作に寄っているんだろうけど、こういうアイディアが入ってくると、作品全体の面白さがグッと上がってくるなあ。(掲示板で教えた頂いた所に寄ると、ベースになった原作はあるものの内容はかなり違い、この作戦もアニメオリジナルらしい。ただし、この脚本は原作者自身が書いている)
テレビで放送された映画『NARUTO大活劇 ! 雪姫忍法帖だってばよ !!』を見る。
雑誌連載・テレビアニメと関わらない大きな事件があり、強敵が居て、派手なバトルを繰り広げて見せる…「ジャンプ」劇場アニメのパターンに沿った作品。
作画も演出も悪くなく、見て損をするような出来ではないけれど、特に大きく秀でた所もなく。
ヒロイン・雪姫が、この映画の中で非常に重要な役割を担うのだが、とにかくヤル気に欠けており、感情移入を疎外する。
幼い頃から辛い目にあって来たのだから、屈折するのは分かるけど、屈折時期が長すぎて…復活されても受け付けられず。
「強敵」なはずの三人衆が、余り強そうに感じられなかったのも難点。
割とアッサリやられてしまったような。
列車からの攻撃に晒される三太夫達や、敵ボスに太刀を浴びせ反撃を受ける雪姫、といった危機一髪の事態に際し、ナルト達が見ているだけ、というのも、ストーリーのスムースな進行のためには仕方ないと知りつつ、違和感を感じてしまう。
映画撮影、という独自の要素を、もっと全体に活かせば面白くなったかも。
雪姫の正体や襲撃者の存在、ナルト達の活躍を、本来 予定されていたストーリーから逸脱する物と捉えつつ無理矢理 映画に組み込んでいく、監督のしたたかな視点をもって、全体を眺めるとか。
『かみちゅ!』05.「ひとりぼっちは嫌い」
前回、総理大臣の要請により宇宙人と折衝して自衛隊を相手に大立ち回り(?)、という、かなり肥大したスケールの話をやってしまい、その後を受けては何をすれば良いのだか、と思えば、ゆりえが風邪を引いて学校を休んでいる状況を中心に、キャラクターのリアクションで見せる日常話。
各キャラの「らしい」言動・行動により、こんな地味な題材でも面白く見せてしまう、スタッフの腕力に感心。
というか、変にスケールを大きくしないで細かい部分に目を行き渡らせらてくれる方が、好みだなあ。
「せっかく神様になった、ってんだから、何か凄い事やって見せてくれ」
「神様になっちゃった女子中学生の、普通の生活こそ見たいんだ」
どちらをこの作品に望むかで、前回・今回の評価は変わるだろう。
幽体(神体?)離脱を体験してしまう ゆりえ。
でもこれは、学校へ行きたい気持ちが見せた幻なのかも知れず……なんて常識的な判断は、この作品に限っては必要ないか(笑)。
神様なんだから、邪魔な肉体を脱ぎ捨て、普通の人には見えない存在になった方が自由に行動できるのかも知れない。
重力の制約を受けなくなったが、まるで慣れないので妙にぎこちない飛び方になってしまう
ゆりえを、動きで見事に現して見せてくれる作画が素晴らしい。
みこを意識している様子の ゆりえ弟、しかし彼女は彼の事を何とも思っておらず、神社の神・八島様を見て初めて頬を染める。
ヤモリの黒焼きを巡ってのコミカルなシチュエイション。
お盆に乗せられた二つの麦茶コップと、コップが取り去られた跡に残る水滴の輪。
…「存在の痕跡を強く残しながら、一つ足りない」絵が、学校を休み続ける ゆりえによって生じた仲良し三人組の「もの足りなさ」を表す。
実に細かく、見応えのある話だった。
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2005年8月3日 水曜日 |
『あかほり外道アワー・らぶげ 絶対正義ラブフェロモン vs それゆけ!外道乙女隊』05.「男はつらいよセキーマン!」「業界騒然!声優デビュー大作戦」
声優・関智一を実名で登場させてのドタバタは…いかにも楽屋ネタっぽいので、この人のファンでないと本当の面白さは受け取れないんじゃなかろうか。
さすがに名前や出演作品のいくつかぐらいは知っているが、それ以上の知識がない自分には、まあいつも通りの滑りがちなスーパーヒーロー(大金持ちである所とか、『バットマン』?)パロディーとしか。
後半、あかほりさとる然とした極悪プロデューサーを出しての、身もフタもない声優業界露悪ネタ。
余りにも酷い言い様に、笑ってしまう。
しかし、本来 顔が出ないはずの声優に美的資質が問われるようになってから、もう結構
経っているのでは?
「セクシー系は受けない」と、姉妹で一人だけハネられてしまう長女。
えーと、そういうモノなの?
ゼロから売り出すなら若い方が やりやすい、ってのは理解できるにせよ、セクシーかどうかは関係ない、というか、その方面が好きなオタクだって大勢居そうな気がするんだけどなあ。
『奥さまは魔法少女』05.「大人ならOKよ、ということ」
嬉子のダンナから、吉田松陰について調べる事で編集者としての力を証明するよう、言い付けられる巽。
…うーん、どれほどのベストセラー作家なんだろうなあ、ダンナ。
こんな無理難題ふっかけて、なお編集者がどうしても原稿を欲しいと思う作家様なんだから、よっぽどの商業的パワーを持っているとしか。
インターネットで調べた資料をもって、その回答に変える巽は…どうだろう。
せめて大きな図書館にぐらいは行って、デジタル化されていない類の文献を漁る事で誠意を見せるべきだったのではないか。
…というような所も飛び越えて、ダンナが評価してくれたのは、「巽個人が松陰・松下村塾について感じた意見」。
んー……既に資料などは読み込めるだけ読み込んでおり、一人で思索を深めようにも限界に突き当たっていた時点なら、第三者のちょっとした一言でパアッと視界が開ける事も、あり得るか。
ただ それは、示される意見が「ほほう、なるほどそれは思い付かなかった」あるいは「何言ってるんだお前?それじゃ飛躍しすぎて意味不明な…」の
どちらかの場合。
「ああ、まあ妥当」って内容じゃ、あっても無くても同じ。
今回、巽が出した意見は「妥当」という以外に言いようのないモノで…
それでも多少は認めてくれたような所がダンナに見られた理由は、「ダメな編集者だが、その成長を見守ってやりたいというダンナの優しさ」なのか、「単にシナリオライターが『妥協』したための産物」か。
大人(?)に変身するクルージェ。
でも、オトナの色気で迫らないなら、変身する意味は余り無いような…
クルージェ本人と巽がデートするのは遊園地が出来てから、という約束に従い、クルージェでない私とならデートしても良いでしょ、と考えた?
しかし、このアニメの舞台は、すぐそこに松下村塾がある場所なのね。
何か意味があるのか、妙に限定的だなあ。
橋の渡り方によって、日本のアチコチと四次元的に繋がるとか?
(掲示板で教えて頂いた所に寄ると、アニメの舞台は萩市で間違いないとの事。公式ページを読むと、実在の街と魔女との関わりが少し分かる)
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2005年8月2日 火曜日 |
CSで『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』の5〜8話が放送されていたので、見る。
既に何度か、通して見ているシリーズ。
それで、今回初めて気が付いた、どーでもいい事。
8話「軍務と理想」に出てくるジオンMSのパイロット、トップ・アス・デルの三人は、『伝説巨人イデオン』9話「燃える亜空間」でバッフ・クランが使った三段攻撃の掛け声、「アス・デル・トプ(1、2、3か、ホップ・ステップ・ジャンプみたいな意味?)」から名前を取ってるのね。
いや、だから何だって言われると困る、本当に どうでもいい話なんだけど。
富野作品へのオマージュかなあ、と思って( ^_^ )。
そもそもこのOVAシリーズその物が、『ガンダム』へのオマージュと言えるようなモノか。
『創聖のアクエリオン』18.「魂のコスプレイヤー」
うーむ、馬鹿馬鹿しくて開いた口がふさがらない( ^_^ )。
前半、コスプレをした上で、壮絶に しょーもない なりきりごっこを見せられるのには…笑った事は笑ったんだけど、割と真面目にキツかったり。
誰も突っ込まない香港映画のボケみたいで。
敵によりパイロット達の心が無作為に入れ替えられてしまい、その状態でアクエリオンに合体しようとするが、姿形の「容れ物」が定義する心の形と違っているため合体条件を満たせない。
合体するためには、入れ替えられた その人として考え、行動する必要が…とか何とか、もうちょっと納得でき(コレも無茶だけど、この作品内ではアリ)「ごっこ遊び」っぽさを薄めた状況が考えられたと思うけど。
…まあ、このデタラメ加減と、それを強引に言葉だけで意味ある事のように
まとめてしまう司令官のコンビネーションが、不思議な楽しさを生み出しているのだから、変にバランスを気にして大人しくなってしまう必要はないか。
せっかくコピーを作る敵を出したんで、アポロの偽物が作られ、二人並んだ
どちらが本物か分からなくなった時に、一度なりきった事で その心を深い所まで理解したシリウスだけが見破るとか、そういう展開もあって良かったような。
しかし、三本の矢の例えを、幾何学的な方向に持っていって完成型とする強引さとか、発想のブッ飛び方は、容易にマネが出来ないレベル。
何というか、凄いなあ、このアニメ。
『ガン×ソード GUN SWORD』05.「ツインズガード」
真っ二つに別れ、住民同士の抗争が続く街。
長きに渡る憎しみ合いの末、これ以上の人員の損失は街の存続に関わると、代理を立てて
その戦いにより結果を付けようとする。
…『スター・トレック』で、実際の戦争行為は無く、コンピューター同士のシミュレーションのみで戦い続けている人々のエピソードを思い出した。
互いに憎悪し合う街の代表が双子の姉妹であり、彼女らの戦いの動機が「亡き父親の愛情を独占したい」という小さな、しかし譲れない所から出ている所など、なかなかよく考えられている。
二つの勢力の代表になったヴァンと もう一人の男は、同じ人間を「仇」として復讐を誓い、旅をしている、これまた「双子」と言っても良いぐらいに近い心の傷と目的を持つ。
ただその内面は、誰を・何を犠牲にしてでも復讐をやり遂げようとする「踏み外した」男に対し、まだ「人間の側に踏みとどまる」ヴァン、という訳で、かなり乖離しているが。
人間のガン・剣アクションと、巨大ロボットバトル、両方の要素を詰め込もうという、無茶で、大抵は虻蜂取らずに終わる試みが、今回は(比較的)上手く行っていた。
不自然な双子の街の真相、彼女らが憎しみ合っていた理由、ただ道具として作られた事実を知ってもなお残る(それしか生きる糧が残っていない)父親への愛のため巨大ロボを駆る哀しさ、等、非常に濃いアイディアを入れる事で、見終わった充実度を高く出来ている。
この作品は設定の制約が緩く、「何でもアリ、どんな事でも出来る」ようになっていると思う。
それは諸刃の剣で、「凄く面白いエピソードを作れる」代わり、「スタッフが
ちょっと手を抜いただけで、見る価値のない退屈なエピソードを連ねてしまう」危険性もある。
今のところ、シナリオ・演出・作画全て、(波はあるけど)割と高いレベルで安定させられている。
大した情熱。
このまま最後まで行ければ凄いんだけど…
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2005年8月1日 月曜日 |
WOWOWで放送された映画『マインド・ゲーム』を見る。
『クレヨンしんちゃん』劇場版などで、おおっ!と驚くアクションシーンの多くを手掛けている異能のアニメーター・湯浅 政明監督作品。
声の出演(実写の顔も出る)に、今田 耕司ら吉本系芸人。
とにかく、「凄いモノを見た」という感想が残るアニメ。
原作未読なので どのぐらい忠実に映画化されたのか分からないけど…異常な神と対面する不安、怒濤の勢いで突っ走るアクションの迫力、異界住居の妙なリアリティー、等々、とにかく楽をしていない画面設計のアイディアと色彩感覚、動きの良さには、見惚れる。
特に中盤のカーチェイスと、ラストに控える大疾走シーンは、それだけでこの作品を見る価値があると思える程、凄い。
理屈がどうこうより、次第に加速度を増して行く事で見る者を無理矢理 画面に引きずり込み、戻れなくさせた上で、一気に地を蹴って飛翔させ開放のカタルシスを感じさせる、アニメならでは、「絵が動く」事
自体で面白さが生じる作り。
誉められる所は多いが、不満もある。
中盤以降、異界に飲み込まれてからは、ストーリー上の進展が無くなるので、集中力が途切れがちに。
そこいらも、画面としては楽しめるように作ってあるのだから、ただ ぼんやり眺めていれば良いのだろうし、この「楽しいけれど退屈」「進展しない」シーンを連続する事が、ラストのエクソダスに勢いを付ける「タメ」として機能しているので、無駄じゃないんだけど。
とにかく「物語」を進めて見せて欲しい身として、停滞はキツい。
あり得たかも知れない世界イメージ(既に変わった世界?)の羅列にしても、そのイマジネーション・バリエーションの凄さ豊かさに感心はするものの、長すぎて、つい他の事を考えたりしてしまう。
ふと、『2001年宇宙の旅』クライマックスの光の洪水スターゲイト・シーンで、すっかり退屈してしまった事を思い出した。
そこに、退屈するなどトンデモないぐらいの意味が込められてる事は分かるんだけど、飽きてしまったモノは仕方ない。
まあ、細かい事は置いて、「映像体験」と言って良い強烈なドライヴ感覚、「バッドトリップ感覚」とさえ言えるかも知れない凄さが味わえる、希有なアニメ。
やり過ぎている所や欠けている所が、全体のバランスを危うくするぐらい多くあり、それだからこそ、見る人によっては胸に染みて泣ける事も、飽きて途中で放り出す事もあるだろう。
「自分は、アニメに何を求めているのか」
確認するためにも、一度見ておく価値はある作品。
WOWOWで放送された映画『エージェント・コーディ』を見る。
監督も主演も日本では無名。
主演の男の子は、テレビシリーズなどで人気があるらしいけど。
知ってるのは、悪役で出ている『ハムナプトラ』イムホテップ役のアーノルド・ヴォスルーぐらい。
製作総指揮が、マドンナ。
高校生でCIAエージェントのコーディが、世界を大混乱に陥れるナノマシン兵器開発者の娘に接近、捜査を始める。
という訳で、『007』の若年版パロディー。
要するに『スパイ・キッズ』。
主人公がエージェントになった切っ掛けは…
素質があると認められ、CIA主催のサマー・キャンプ(ごく普通のキャンプのフリをしている)に入れられた際、親も知らないウチに戦闘訓練や捜査の基本、爆弾処理技術まで教え込まれ、緊急事態に備えて登録されていた…という非人道的さ加減が可笑しい。
訓練のお陰でスパイとしては実戦レベルになっていながら、まるで女の子には弱く、マトモに口もきけないコーディ。
女性を たらし込んで事態を切り抜けていく007とは、真逆。
兵器開発者の娘が通う学校に紛れ込み、何とか接近すべく奮闘する、学園青春モノっぽい所は、この映画独自のカラーが出せていて楽しい。
クライマックス、どこかで見た事があるような悪党の巨大秘密要塞に忍び込み…という展開も、パロディーとして見られない事はないんだけど、まるっきりスケールを縮小した『007』そのもので、力押しでストーリーを進めるために必要なアクションのアイディアが本家より薄い事もあって、余り感心しなかった。
全体的に、まずまずの仕上がり。
時間潰しにレンタルで借りて見るぐらいが、丁度いい映画。
もうちょっと、普通の学園に紛れ込んだ凄腕エージェントの異質さ・楽しさを満喫させてくれれば、評価は上がったと思うんだけど。
最後の敵は巨大組織であっても良いが、実質、過度の体罰を加えてくる体育教師、数を頼みにイジメを行う同級生(これは、ちょっとだけあった)、馬鹿息子を偏愛して難癖付けてくるPTA、などを懲らしめる「敵」に設定して、大袈裟な秘密兵器や体術で
やっつけた方が愉快かと。
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