ときどき日記 2009/08
2009年8月31日 月曜日

『狼と香辛料II』08.「狼と蠱惑的な旅人」

 ロレンスの、「俺は狩人じゃない」「例えば、俺は道の途中に生えている苺を摘んで、売ろうとは思わない。必ず誰かから仕入れ、誰かに売る。それは譲れない大原則だ」というセリフが、彼の規定する(理想とする)「商人」のイメージを端的に表していて、分かりやすい。
 第一話に欲しかったぐらい、この作品の「香辛料」面を表現する言葉ではあるまいか。

 こういう話し方…表現の率直さや婉曲ぶり、正直さとフェイクの混ぜ方…の面白さが、女商人に「それだけで代償になる」と感じさせた所以だろうか。
いや、この女・エーブが本音を語っているとも限らないが。
少ない代償で得られる利益には、期待できないから。
 ロレンスが彼女の言う事を素直に信じるとしたら、「自分にはそれだけ価値がある」と自惚れている事になる…?



『侍戦隊シンケンジャー』27.「入替人生(いれかえじんせい)」

 魂が入れ替わってしまう事故や、そういう能力を持つ怪人が登場するエピソードは、フィクションの世界で割合とよく見るものだけど、人間と「無機物」を入れ替えてしまうパターンは珍しい。
 それも、扇風機はまだしも(?)、招き猫や小便小僧など、可動部分が無いため(小便小僧はまあ…でも日曜朝方では難しいか)一切意思表示のしようが無いアイテムを対象としてしまうとは。
 人間の体の方は、入れ替えられた無機物をイメージするポーズのまま動かない、という事で、いつも難しい顔をしている殿様・丈瑠に間抜けな招き猫ポーズを取らせ、顔にイタズラ描きさせる悪ノリが、楽しい。

 魂を入れられた無機物が破壊されると中の人間も死ぬ、として、「抵抗も出来ず殺される恐怖」と、更には「事情に気付かなかったとはいえ人が人を殺してしまう罪悪」まで背負わせようとする周到さが悪辣で、面白い。
 「敵怪人さえ倒せば全ては元通り」という戦隊基本ルールを用い、とにかく力業で倒してしまうのかと思えば……敵能力を用いて逆転するアイディアと、ヒーローの自己犠牲精神のみでなく「相手をボールに突っ込んで蹴り飛ばすなどヒドい目に遭わせる」事で追い込むネタの乗せ方が、愉快。
 渋々と戻す方法を教えた敵(刺し違えてもシンケンジャーを葬る、といった自己犠牲精神とは縁がない)に対し、「ありがとう」と言う律儀な ことはに、笑ってしまう。

 元に戻った事で、入れ替えられていた仲間達が巨大メカ戦に駆けつけるのかと思えば、そのまま二人だけでフィニッシュ(映画と重なった撮影スケジュールの都合、とか?)。
 ちょっとキツい、とは言っていたけど、全員が乗ってなくてもメカの能力は引き出せるのか。


2009年8月27日 木曜日

 先日書いた、謎の「ウチに電話かけてきたでしょ?」電話。
どうやら、狙いは不動産関係の詐欺(高額投資強要)らしい。

 最初の電話で、相手の話をつい聞いてしまう人の好い人間を見極め、後日 執拗な電話攻勢をかけ、受話器を取らせたが最後、「何を、いくらで販売したいのか」という目的を語らないまま のらりくらりとした掴み所のないセールストーク(とも言えない、とにかく意味のよく分からない話)を延々延々と繰り広げ、こちらから怒り・苛立ち・恐れを引き出すのが手。
心理的に不安定になったターゲットは、どうとでも操りやすい、という事か。
 こちらに失言させたり、「とにかくもう電話をやめてくれ」といった気持ちに陥らせ、「そちらに直接伺って話をしたい、それで終わりにするから」と無理矢理に訪問の約束を取り付け、住所を聞き出したら(既に知っている可能性も)、後は対面した上で、更に酷い粘着と脅迫の繰り返しにより、金を騙し取る。

 本当の会社名(あるのかどうか)も、自分達の電話番号も決して口にしないので、消費者センター等に訴える事は出来ず。
 警察は、驚くぐらい何もしてくれないらしく、余り頼りに考えてはイケナイとか。

 基本的だけど、非通知の電話は取らないのが、一番。
 うっかり取ってしまっても、こういう相手と分かったら、話など聞かず切ってしまうべき。
切ったら、激怒した様子(演技)で詐欺集団から「こんな電話の切り方は非常識だ!謝れ、直接会って謝れ!」という電話がかかってくるため、しばらくの間 決して受話器を取らない。
出来たら回線を抜いておくのが、ベスト。


 「人の話はよく聞きましょう」「話をしている途中で遮るのはマナー違反」といった教育や常識を、大抵の人は身に付けさせられていると思うけど、どこかで、「話を聞いてはいけない、他者を害する目的だけのクズも世の中には大勢居る」「クズ相手には、無理矢理にでも会話を打ち切る勇気が必要」という事も、教えるべき。
学校で扱い辛い概念なら、家庭で。
 まったく、イヤな話。


2009年8月25日 火曜日

 お礼が遅れましたが、ヨメ懐妊につきまして、掲示板で お祝いのメッセージを下さった皆様、コミケで「おめでとう」と声をかけて下さった皆様、まことにありがとうございました。
人の情けが身に染みます。
 お腹がボチボチ目立つようになってきたヨメは、電車に乗っても席を譲って頂く事があるようで、マナーの低下が叫ばれる昨今、いやいやまだ世の中捨てたモノじゃない、有り難い事だと思っております。
 自分は勿論、ヨメも、生まれる子供も、頂いた恩を いつか返せる人間になれるよう、心懸けなければ。

 と、いう所で お仕事スケジュール入り。
 土曜日には復帰したいものですが、まだ不確定。
頑張りますー。


2009年8月23日 日曜日

『狼と香辛料II』06.「狼と戯れの日々」

 このアニメではいつもの事だけれど、商売に関わるアレコレが、描写不足であったり言葉足らずだったりで分かり辛く、「何が何だかサッパリ」という所までは行かないモノの、面白味を感じにくい。
そのため、前回までの相場を用いた やり取りは、ふーん、ぐらいにしか見られず。
 そして、ホロを巡るロレンスとアマーティの駆け引きは、余りにも妥当な結果に落ち着く。
「もしかしたらロレンスとホロの関係が ここで本当に壊れるのでは?」と思わせるようなハラハラも弱かったため、実にこう、妥当であり順当。
 後に残るのは、「アマーティは可哀想だなあ」という感想ぐらいか。
しかし、若さ故とはいえ彼も自ら望んで余計な事に首を突っ込んできたのであり、破滅するような大ケガを負った訳ではない事から、商売人としても男としても良い経験をした、とプラスに考えれば良いのかな。

 で、今回はバカップル(死語?)加減を全開にしたロレンスとホロのベタベタから。
 ホロの魅力で九割方もたせている作品だと思うので、彼女が幸せそうにして、可愛く見えるのは、大変結構。
 もういいから子狼作っちゃえよ、というのは同人誌的発想か。
子供が出来て関係を固定化してしまうと、作品の魅力は大幅に減ってしまうんだろうな。
それを為し得るとしたら、シリーズ完結直前ぐらい。


2009年8月22日 土曜日

 少し前、映画『侍戦隊シンケンジャー銀幕版 天下分け目の戦』『劇場版仮面ライダーディケイド オールライダー対大ショッカー』を見る。

 『シンケンジャー』
 映画で、特に戦隊の方は時間が足りないと思う事、多いけど、今回はそれが極端。
冒頭から怒濤のナレーションで物語を始める、タイトすぎる内容。
 その中で、取りあえずストーリーを見せ、ギャグを挟み、アクションとロボットバトルを詰め込む、頑張った内容だと思いつつ、とにかくダイジェストのような構成に物足りなさを感じてしまう。
 惜しい。
あと十分二十分長いディレクターズ・カット版が見たい。

 『ディケイド』
 予告から感じられた期待に応える内容。
イベント・ムービーとしては、かなり良い点が付けられると思う。
 ただ、「一本の映画」とすると、相当に厳しい。

 物語に唐突さが目立ち、「どうしてそうなるの?」「この人は何故こんなことをしているの?」といった疑問がグルグルと渦を巻き、没入度を下げる。
 士の行動が妙なモノであるのは いつもの事だけど、魅力を削いだ上 ロクにフォローも無くては、さすがに困る。
 GACKTはチョイ役で、すぐ存在自体忘れられてしまう。
マスクぐらい被って欲しかったなあ。
 歴代ライダー達がほぼ「出ていただけ」であり、扱いが薄いのは、時間的制約からも仕方ないと思いつつ、不満。
 新シリーズへの橋渡しなのだろうシーン……うーん、要らなかったような。
 『ウルトラマン』の同様コンセプト作品と比べても、映画としては弱い。

 しかし……
 炎を突き抜けて敵への急降下攻撃を行うアマゾンの撮り方は、素晴らしい。
 絶対の危機に、バイクの爆音を響かせて駆けつける歴代ライダーの勇姿。
いやもう、ここだけで入場料分の元は取れるぐらいの格好良さ。
 ライダーそれぞれに(僅かだけど)見せ場があるのが、嬉しい。
 巨大化バトルも、こんなキワモノライダーまで出すんだ…と驚き呆れつつ、理屈をねじ伏せる迫力があって、楽しい。
 背中で語るヒーロー達の去り際も、イカス。
 「ライダー・ファンが見たかったシーンを多々含む映画」としては、良い出来だと言える。

 写真屋爺ちゃんと死神博士の顛末を見ても、「独立して見られる映画」に仕上げたい意図は、スタッフの中にそう強くなかったのでは無かろうか。
 昭和ライダー世代のお父さんと、平成ライダーで育っている子供達が、垣根無く一緒に見られる映画。
見終わって、お互いの知らないライダーについて話が出来るため、コミュニケーションの素材としても優れているかと。
 不満は多いけれど、好き。
 昭和か平成、どちらかに より題材を絞り込み、それぞれのライダーに もうちょっとスポットを当てる新作の制作を、期待したい。
…ああ、昭和方向では、一応『仮面ライダー THE FIRST』『NEXT』があるのか。


2009年8月21日 金曜日

『GA 芸術科アートデザインクラス』06.「美術部屋敷」

 「日めくりモナリザ」のアイディアに、大笑い。
コレは怖い。
美術品で遊ぶネタは色々見たけど、こんなに手の込んだ、アホみたいなモノは初めてだなあ。
 しかし、日めくりだと変化に気付いてもらえない恐れがあり、どちらかと言えば「パラパラマンガ・モナリザ」とした方が良いような。

 メインの話を集団ヒロイン形式により展開していながら、「それはそれとして」みたいな形で美術部の日常を見せられる事に、ちょっとモヤモヤしていたけれど、馴染んでみれば美術部の面々も面白いキャラクターであり、今回のように両者が交わる話を挟むなら、これはこれで良いか。

 美術部魂の赴くまま作り上げた長年のホラー・アイテムにより、お化け屋敷と化してしまう美術室。
 造形物だけでなく、上から吊り下げた濡れスポンジに注意を集めておいて、次の仕掛けは足元に……といった驚かせ方の演出その物がもう「アート」。
 基本的に ほのぼのコメディーアニメだけど、チョイチョイと「芸術」に迫っていくアプローチを見られるのが、この作品の面白い所。



『戦場のヴァルキュリア』20.「愛しき人」

 無敵の戦車を持っている主人公軍に対し、敵軍は、より進んだ機能を持つ戦車や、同程度の性能を備えた戦車部隊で相対してくる…のかと思っていたが、超絶戦闘力を発揮する人間が登場。
単身でガリア公国軍を圧倒してみせる。
 そういう世界観なのだし、無敵戦車が存在している事から文句を言っても仕方ないけど、もう(最初から?)戦争じゃないなあ。

 いきなりアリシアを背中から撃つファルディオに、驚く。
死にかける事によって戦闘民族として覚醒する、サイヤ人のような変化を期待して?
 ヴァルキュリア人が これほど圧倒的な戦力を備えているなら、軍は、作戦を練ったり新兵器を開発するより、世界中探して候補者を集め、覚醒を促していった方が効率的かと。
可能性を持つ者さえ ほとんど居ない、というのが問題なのか。


2009年8月20日 木曜日

 先日、非通知で電話が。
 取ってみると、女性の声で、「○○ですけど、ウチの電話に そちらからの着信記録が残ってました。だからかけ直してるんですけど、何の用でしょう?」と。
 勿論○○という名前に心当たりはなく、間違い電話をした記憶はヨメも含め皆無(最近、電話そのものを滅多にかけない)。
かけ間違いじゃないですか?というと、
「リダイアル機能でかけ直してるんだから、間違うはずがないでしょ。家族の誰かがやったんじゃない?そちらのお名前は?」

 実はこの電話より前に、破邪くんと雑談中、全くこの通りの電話が彼の家に掛かってきた話を聞いたばかり。
余りにもマニュアル通りの会話の進め方なので、すぐに判別がつく。
 どうも、絨毯爆撃的にかけている電話らしい。
特に何か売りつけようという意図ではなく、目的は、こちらの名前など個人情報だろうか。
 詐欺の一種である事は分かってますよ〜と伝えると、
「ハア?意味が分かんないんですけど?何言ってんのアンタ?」
という答えだったので、これ以上 会話をしても時間の無駄だと判断して電話を切る。

 電話番号と、名前、家族構成情報を(「奥さんが間違ってかけたんじゃないの?」「いえ、妻は居ません」といった会話を通し)入手、名簿にして売る商売か。
 一件当たり幾らになるのか知らないが、まあ迷惑な話。

 こちらが電話を切った後、間髪を入れずかけ直してきた。
 面倒なので取らなかったが、そうすると、留守電に替わった途端に切り、またかけなおす、という行程を七回も繰り返し、ウルサくて仕方ない。
 完璧な名簿を作るより、数打ちゃ当たる、で、出来る限り多くの家庭への電話をこなした方が効率的だと思うのに、どういう考えなんだか。
 実に、迷惑。

 仮に相手が詐欺師でなく、フツーの人だったとしても。
 知らない人からの着信記録でまず考えるべきは、ワン切り業者(まだあるのかな?)への警戒であり、かけ直してきたこちらから「覚えがない」という返答を聞き出したなら、それ以上食い下がる意味など無いはず。
しばらく様子を見て、更に着信が続くようなら、悪意があってやっている行為なのだろうから、警察に届ければ良い。
 それを、七回もリダイアルしてくる女性……詐欺師でなくとも、あんまりお話ししたい対象じゃないなあ。


2009年8月18日 火曜日

『涼宮ハルヒの憂鬱』20.「涼宮ハルヒの溜息 I」

 何事もなかったかのように始まった、夏休み明けの学園生活。
 どうせなら、また高校野球を見ていて携帯の着信を受けるキョン、というシーンからスタートし、視聴者をゾッとさせるのも一興だったかと。
そんな事したら、本気で怒る人の方が多いかな。

 停滞時期を抜けた加速感を演出するためか、サクッと運動会を終え、文化祭の準備へと順調に推移。
 ああ、こうして問題作「朝比奈ミクルの冒険」が作られる事になるのか。
特に意外な部分は無いけれど、メイキング・オブを見せられているようで、楽しい。
 次回は、映画の撮影風景を見せる?

 しかし…
 物語が普通に進行し始めたのは勿論嬉しいが、今回は取り立てて不思議なこともない準備段階のストーリーだった事と、この先に待つ文化祭のクライマックスは既に見た映画であろう事により、凄くワクワクする、とは言えず。
 ここまで八話を、原作未読者は当然ながら、既読者にさえ先が読み切れない「イベント」に費やしてきたせいもあり、何だかこう、祭りが終わった後のような気分。
…それが楽しい祭りだったか、『死霊の盆踊り』だったかはともかく。
 アニメならではの奇抜な仕掛けとして、無理にでも世間を盛り上げようと大バクチを打つには、「エンドレスエイト」が丁度良い(ここしかない?)頃合い・題材だったのかも知れないな。
 のるかそるかの危険な賭け…少なくとも「視聴者数を増やす」結果には繋がらなかったと思われるが、その評価は、毀誉褒貶、浅い・深い・穿ちすぎる読みを含め、まだまだ後にならなければ定まらないだろう。


2009年8月16日 日曜日

 帰宅。
 用意したコピー誌は、お陰様で完売。
お買い上げ下さいました方々、ありがとうございました。
せっかく行ったのに売り切れていたという方、申し訳ありません、次回はもっと頑張りたいと……

 ヨメの体調が心配な事もあり、早めに会場を後にさせて頂きました。
疲れてはいるようですが、取りあえず母子共に問題無いようです。
 楽しかった、けれども何しろ徹夜なので疲れました……寝ます。



 夏コミケ三日目、当日。
 恐ろしい事に まだ作業中ですが、薄〜いコピー誌を、何とか出せそうです。
いやもう、本当に薄いので、ご来訪の方はお覚悟を。

 では、参加される方は会場で お会い致しましょう。
 何しろ徹夜明けですから、話が通じなかったり妙な事を口走り始めたとしても、大目に見てやって下さい。


2009年8月11日 火曜日

 夏コミケ、コピー誌の予定ですが、うーん、商業誌との兼ね合いで現在まだ微妙な所。

 コミケでウチのスペースを訪れて下さる方、もうお馴染みになり、仕方ないと諦めても頂けているかと思いますが……自分は記憶力の減退に伴い人様の顔がサッパリ憶えられなくなっておりますため、ご挨拶頂ける方は、まず「お名前」からお願い致します。
何度教えても孫の顔や名前を忘れるようになってしまったお爺ちゃんを気遣う要領で、一つ。
 あと、去年の冬コミケから10キロちょい体重を減しております。
別に病気ではなく、ダイエットの成果ですから、(見てすぐ分かる外見の変化があるのかどうか分かりませんが)「大丈夫ですか?」というご心配はナシの方向で。
冬までにはリバウンドを起こし大変な事になる予定です、ご安心を。

 という訳で、締め切り前スケジュールです。
 土曜日までには終わらせて…ですけど、もうコミケ明けの月曜日まで更新が難しくなるかも知れず。
 諸事情、ご理解頂ければ幸いです。


2009年8月9日 日曜日

『真マジンガー衝撃!Z編』19.「遺恨!くろがね屋の一番長い日 前編」

 何話か前だけど、『デビルマン』での印象的なセリフを、あしゅら男爵に言わせるとは思わなかった。
主人公でもないのに……いや、今作では、過去から現在に至る複雑な経緯や、抱える葛藤、微妙な立ち位置など、甲児より主人公らしい扱いなのかな。
 ローレライのエピソードに、シュトロハイムと女将・兜一族の関わりを絡め、大きな悲劇として語りきる所など、原作を上手く消化しつつ深めてあり、感心。
 スタッフが、『マジンガーZ』をはじめ永井豪作品を相当に読み込み、面白く料理すべく努力してある事が伺え、毎回どんなアレンジを(ある部分は原作尊重の内容を)見せてくれるのか、楽しみ。

 ブロッケン伯爵の頭サッカーネタを ここで使ってしまう、という事は、原作であった人質機械獣は登場しない?
人質が全員 裸に…って絵は、昨今の状況から使える訳がないんだけど。
 くろがね屋の四人は、本当に死んでしまったのか。
超常的な空間内での出来事だったので、現実に帰ってみれば無事だった、という事でも構わないようなものなのに。
シリーズ開始当初は「邪魔」とも思えるキャラ達だったけど、永井豪作品らしい「狂」が込められている連中であり、親しみも湧いてきていた事から、ちょっと残念。
 何でもアリな作品なのだし、再登場の可能性は無くもないが。

 エネルガーZ登場、役割から年齢まで まるで違う剣 鉄也の設定など、まだ驚かせてくれそうだなあ。


2009年8月8日 土曜日

『涼宮ハルヒの憂鬱』19.「エンドレスエイト」

 この夏のアニメ界、最大イベント…アニメ史に残る事件?…終了。
 自分は未読ながら、原作準拠の終わり方らしい。
 僅かに期待されていた、「アニメならではの仕掛けを用いたオチ」というようなものは見当たらず。
 うーん、この19話を、繰り返してきた8話分のオチと捉えると、余りにも物足りない。
「これだけのために延々と同じ話を続けていたのか、3話か4話ぐらいあれば十分だったのではないか」という感想が出て来て当然だろうな。

 前回までと今回で、毎度リセットが効いているキョンの中に如何なる変化があったものか、分からないのは弱い。
登場キャラクターが頑張って事態を解決に導いた、というような話に なっておらず、カタルシスも薄い。
 確かに、見ているこちら側としては、「頼むから何かアクションを起こしてループから抜けてくれ」という気持ちを一話ごとに強めていたが、その末に訪れる解決編にしても、やはり3話か4話ぐらいのタメで十分だったかと。

 8話で本当に終わるのか、9話まで行くんじゃないか、いや内容とシンクロする8月末まで続ける気では、等々、確かに話題になった構成。
 「最悪だ」「制作者の傲慢」「もう見てない」「オチだけは見ておきたい」「これはコレで毎回面白い」「『ハルヒ』はスゲーなあ色々な意味で」…周りでも雑多な意見が出され、そういう意味では面白かったと言える。
 ただ、そういう意味以外では相当にシンドかった、というのも事実で、ソフト化された物は勿論、再放送・衛星等で放送されても、この8話分 全部通しては見返す必要を感じず。

 これから、『ハルヒ』という作品を語る時、必ずこの「エンドレスエイト」が引き合いに出され、京都アニメーションや監督・総監督ら主要スタッフを評価する際にも、例示され言及される事だろう。
 誰が、どういう意図を込めて作った構成で、社内的評価と商業的評価はどうだったのか、そこいらが次の関心事。
 あと、何だかもう今期の『ハルヒ』は終わったような気分になってしまうけど、8回の積み重ねがあってこその効果を上げる新規エピソードは、これから物語られるのかどうか。


2009年8月7日 金曜日

『東京マグニチュード8.0』05.「慟哭の、学び舎」

 危機一髪!も、嫌な出来事も特にない、避難所のエピソード。
前回までの流れなら、またトイレに長蛇の列とか、食糧配給でズルをする人とか、横になった所で爺ちゃんに声をかけられて「ウルセー寝られねーよ!」とブチキレる若い衆など、ちょっとシンドイ事件を挟みそうなものだけど、何だか実に穏やか。
 家族から死者を出し泣き崩れる、未来のクラスメート。
そんなに仲良くない、とはいえ、ドラマとしては「未来が近づいて声を掛ける」シーンを見せそう。
双方とも、そんな余裕さえないのが、リアル。

 避難所ボランティアとして頑張る爺ちゃん。
 その行動理由が…誰を悪いという事も出来ない「運が悪かった」としか言い様のない事態だけれど、若い命の、取りわけ孫の死は、そりゃキツかろうなあ。
 死ぬべきは(孫ではなく年寄りの)自分だった、という爺ちゃんの言葉はズシリと重く、慰める事も出来ない未来の涙が切ない。
 死も、余り連続して描きすぎると飽和状態になってしまうが、今回はバランス良く、意外性はないが胸に響く内容に出来ていたと思う。



『宙のまにまに』05.「言葉の星」

 ツンデレの魅力全開になってきた、生徒会長・文江が可愛い。
朔に惹かれる気持ちを感じつつ、しかしまだ立場を危うくする程はデレデレにならない、ツンデレの一番美味しい段階じゃなかろうか。
 美星も元気な愛おしいキャラなんだけど…文江の方がヒロインには相応しくないかなあ。
ドラマを様々な方向へ展開できそうだし。

 「星を見上げる楽しさ」について、語るクライマックスが素晴らしい。
星座とかに さほど強い興味を持っていた訳ではない自分でさえ、「いいものだなあ」という気分にさせられてしまう。
 原作者は勿論だけど、アニメのスタッフも、視聴者に力強く伝えられるぐらい星が好きなのかな。
そうでもないのに、仕事としてここまで演出できているなら、それはそれで大したモノ。



 大原 麗子さん、亡くなる。
 いくつになってもキレイな、可愛い人だったのに、とても残念。
ご冥福を。


2009年8月6日 木曜日

 という訳で、ヨメが再度懐妊の様子です。
 ぼちぼち6ヶ月目に入ろうという所で、経過は順調。
 まだ顔形さえ分からないエコー検査映像を見ても、可愛いように感じてしまうのは、種族保存の本能に関わるDNAの成せるワザでしょうか。
 この際、元気で産まれてくれれば他に望む事などなく。
 イイ歳だしロクデナシだし、おおよそ親に向いているとは思えない身ですが、出来る限り生きて、働き続けなきゃイケナイなあ、と思っている事です。

 そういった理由もあり、夏コミケ…しばらく出られなくなるかも知れないから今回は行く!とヨメの談…は、早めの撤収が予想されます。
 悪しからず、ご了承ください。


2009年8月5日 水曜日

 映画『サマーウォーズ』を見る。
 『時をかける少女』等、才気溢れる作品でお馴染み、細田 守監督の最新作。
 以下、内容に触れてしまう部分があるため、未見の方は御注意。


 とにかく、作画の凄さに圧倒される。
 大家族を中心に据える作品なので当然…かも知れないけど、大勢が画面中で一斉に動くシーンが多く、特に後半、全員集まって一人ずつ違う動作・ペースでご飯を食べるシーンは、作画の手間を思うと気が遠くなってしまいそう。
 細やかな演出と合わせ、それを絵にする作画陣の腕の良さが、この作品を支えている。

 テーマとしては、「人と人の繋がり」という辺りになるだろうか。
 突然 大家族の中に放り込まれ、誤解したり理解したり、拒絶されたり支えられたり、生身のコミュニケーションにより絆を結んでいく主人公。
 しかし、対比として「デジタルは冷たく、人間らしくない」とは描かないのが、この監督の個性。
前記の、誤解・理解・拒絶・支援は、仮想空間上であっても成り立つ関係。
 仮想空間OZは、余程 管理がしっかりしていない限り、もっと荒れたヤツが居たり冷笑的であって不思議ないと思うけど…まあ時間的余裕の問題と、テーマに沿わないという事で、描かれないのかな。

 大家族のキャラクターを見事に捌いて描いてあり、登場時は「モブ」にしか見えない それぞれが、ストーリーの進行と共に個性を持って感じられるようになる。
 知ってみれば気の良い男女ばかりの家族で、「こういう人間関係も悪くないなあ」と思えた。
いや、現実の親戚づきあいは苦手なんだけど。

 持っている背景(人生)も含み、魅力のある大勢のキャラクター達による群集劇、というのが、この映画のやりたい事だったのだろうし、それは相当に実現できていると思うが…
「詰め込みすぎ」とも感じられてしまう。
 婆ちゃんと侘助の、多くのドラマを呑み込んでいそうな関係は勿論、万助と佳主馬が現在に至る経緯でさえ、下手すると一本の映画になりそう。
 夏希が侘助に寄せる想いなど、駆け足の紹介に留まっているが、ココはもう少し彫り込まないと、彼女自身の存在さえ薄くしかねない部分。
 健二と夏希の そもそもの関係すら飛ばされており、無ければ理解できない所ではないにせよ、物足りなさは残る。

 送られてきた謎のメール暗号に対し、疑問も持たず、夜を徹して解いてしまう健二。
物語に必要な要素であるのは分かりつつ、「憧れの先輩の家で初めて過ごす夜」に起こすイベントとしては、酷く不似合い。
その行動に感情移入できない事で、後に訪れる窮地について、他人事のように感じてしまうし。
 健二が かつて大きなチャンスを逃してしまった原因なのだろう、「ケアレスミス」。
それが、特に理由(成長過程)を設けず生じなくなってしまうのが、よく分からず。
もう少し時間をかけ、ミスを犯す彼の心の機構に斬り込んで、乗り越える過程を辿らせないと、カタルシスが弱い。

 婆ちゃんの凄さを描くため、電話を用いた大活躍を見せるのだが、そこで、ある程度 事態が落ち着くため、次第に危機感を増大させていく『ぼくらのウォーゲーム』で取ったシンプルな力強い構成が崩れてしまう。
 佳主馬アバターを格好良く見せすぎ、健二の存在感が余りにも薄くなる箇所があるのは、残念。
 終盤、侘助の活躍が実感できないのも、モノ足りず。
 構成に、荒い所は目立ってしまう。

 しかし…この映画は、大勢のキャラクター達と同じぐらい多くの要素を持っており、斬り方次第では全く別の様相を呈しそう。

 日本家屋のリアルな空気感、魅力の引き出し方が、素晴らしい。
ウチの父親方実家が、豪邸とは縁遠いけど かなり大きな漁師家で、子供の頃よく連れて行かれた そこに関する記憶の、明るい庭と暗い屋内、開け放した部屋を吹き抜ける風、木造建築の湿度まで、ありありと思い出させてくれる画面作りは驚異的。

 そういえば、対比を多用した作品だなあ。
夏空の明度と、それを見上げる部屋の中の暗さは、ハッとする「映画」の絵。
パソコンもロクに無い田舎(汗と涙の甲子園大会も)のアナログと、デジタル世界。
訪れる「死」と、無心に母親の乳房へ吸いつく幼児の「生」。
無敵仮想ヒーローの、正体と過去の弱さ。
現代技術の粋を集めた仮想キャラクターと、花札。
絆を力に換えていく大家族と、たった一人きりの敵、というのもそうだろうか。

 大家族が「敵」を相手に戦を仕掛けようとするけど、その間、OZ管理者達や、強力な設備を持っているはずの同業企業体(政府も)などは何をしていたのか?といった疑問に、事態に対処すべく家屋へと持ち込まれる家族達の特殊所有物が、それぞれ、破壊とか問責とか、リスクを抱えて集結してくる事で、何となく主体になって活躍する事を納得させてしまう、この誤魔化し方が上手い。
 要するにキーボードを叩いているだけ、のアクションシーンに肉体性を付加すべく、「鼻血」を演出するアイディアは秀逸。

 誉める所も、惜しい所も、数多くある映画。
 引き込まれてドキドキしながら見られたし、スッキリと決着が付くエンターテイメントな終わり方も心地良い。
 完璧な構成に唸るのではなく、細田監督の演出パワーで振り回されるのを楽しむ作品、かな。


2009年8月3日 月曜日

『大正野球娘。』05.「花や蝶やと駆ける日々」

 美少女達が大勢出ている割に、地味〜な、地味〜な野球物。
もちろん、それは「つまらない」という意味でなく。
 敗戦から立ち直るのに時間が必要だったり、死ぬ程やらされる走り込みは いずれ基礎力として野球に結びついていくのだろうが まだまだ道は遠かったりで、簡単に美少女スーパーチームにしない作りは、変わらず。
 野球物で、地味さでは、『キャプテン』に近いのかな。
でもあれは、練習を積み重ねつつも、「戦って勝つ」事により物語を先に進めていく構成だったが。

 ただ野球だけ無我夢中で やっていれば良い、という訳にいかない、女性を囲む社会状況が、彼女達の戦いを更に困難にする。
逆に、「女が野球など(笑)」とする男達の態度により、戦う意志の再燃と継続が成っている、という所もあろうか。
 前も書いたけど、大正浪漫のイメージ良い所だけ取り入れ、面倒な所は削って楽しく仕上げる作りに「していない」のが、凄いなあ。
それを、視聴者をウンザリさせる程 過度にシビアには扱いすぎず、頑張る女の子達の視点からコミカルにさえ描いてみせるバランス感覚が、素晴らしい。

 個性が更に明確になり、女の子達が揃って可愛く見えてきたのは、嬉しい。
 地味なので一話ごとの感想は書き辛いんだけど、面白い。


2009年8月2日 日曜日

『狼と香辛料』04.「狼と浅知恵の末路」

 ホロに対し、ロレンスが「愛してる、ドコにも行かないでくれ」と言えば解決できそうな事態に思えたが、なかなか、そうは簡単なモノでなく。
 大真面目なアマーティを挟んで、二人が試したり試されたり、ギリギリの所で「もしかすると離ればなれになる」事も含み、関係を確認しているのか。

 ホロ・ロレンス・アマーティの やり取りは面白いけれど、信用取引の下りが ちょっと分かり辛い。
経済番組ではないので、余り細かく説明しすぎても視聴者が退屈してしまう恐れはあるにせよ、これだと、意味…は まだしも、面白味は分かってもらえない恐れがあるかと。
 取りあえず、「黄鉄鉱相場が暴落するかどうかにホロの運命が係っている」とだけ、理解してもらえれば良いのか。

 マルクが持つ、街の露天商ならではの商売へのプライドや譲れない一線が、面白い。
それは、まだ女の子のため懸命になっているロレンスと、妻も子もあり責任を負っているマルクの、人生の差でもあろう。
 ロレンスは、自分と違うルールの下で生きている人間の事情について、まだちょっと鈍感気味。
発展途上、という事か。
 その上で、マルクが示す男気…友達甲斐が嬉しい。

 アマーティは、金を積んで「ホロを自由にしたい」のではなく、「自分のもの(嫁)にしたい」という考え。
彼の中で、ホロの自由=自分と共にある人生、となっており、何ら邪気など無いのだろうが。
 どういう幕切れになるのか分からないけど、ロレンスとホロが別離に到るはずはなく、そうなるとアマーティは大損を喰らう?
自ら望んで首を突っ込んできた(原因にもなっている)、とはいえ、痴話喧嘩に巻き込まれたようなモノなので、彼もまた何かを得て終わるのでなければ、可哀想。



 ふと思ったけど、夏のコミケでは、同じ漫画内容を8ページほど続けて貼り付け、「これは手抜きではなく京都アニメーション批判の意図を込めた『エンドレスエイト』のパロディーです」などと書く、手間が省けて作家には とても有り難いネタを使う同人誌が現れるんじゃなかろうか。
 その際、一々アングル等を替えて絵を描き直しているか、本当にコピーのみで手を抜いているかを見れば、その作家さんが持つ良心の総量が分かる。


2009年8月1日 土曜日

 衛星で放送された映画『大決戦!超ウルトラ8兄弟』を見る。
 うっかり劇場公開を見逃してしまい、今に至っていた作品。
 前作『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』のストレートな続編になるのかと思えば、世界観の違う平成ウルトラシリーズを昭和シリーズと同居させるためだろう、パラレルワールド物に。
『超時空の大決戦』と近い印象。

 テーマとしては、「夢を忘れなければ、いつかウルトラマンになれる(夢が叶う)」といった所だろうか。
 「へぇ〜、この映画の舞台は『ウルトラマン』がテレビ放送されただけで、実在はしていない世界なんだ」と思って見ていたけど、それはつまり「自分達が居るこの世界」の事。

 とにかく、話は無茶の連続。
細かい事を置いても、本来 感動に到るはずのクライマックスまで無理が多量に生じており、素直に盛り上がれない。
 「人間に影の部分が有る限り何度でも甦る悪の総合体」は、どちらかというと『ライダー』のショッカー(もしくはブラックゴースト)的。
 技術的にも演出的にも頑張ってはいたけれど、CGによる超巨大怪獣へとウルトラマン全員で挑みかかるバトルは、基本的に前作と変わらず、うーん。

 でも、好き。
 昭和ウルトラマンの各員が、ヒロインと所帯を持ち、幸せに暮らしている様子にはホロリ。
 特に、『帰ってきたウルトラマン』で、悲劇的な幕切れを迎えた郷 秀樹とアキが、異世界では結婚し、子供まで儲けている様子が胸に染み、ほろほろと泣いてしまう。
 そのエピソード「ウルトラマン夕陽に死す」を、最近 見直したけれど、敵宇宙人が それらしいテクノロジーなど何も使わず、普通の車を用い、撥ねたり走行中に突き落としたりする事で坂田兄妹を殺すのが、今見ても恐ろしくリアルでショッキングだった。
ウルトラヒロインズの中でも、主人公を愛する気持ちは一番強かっただろうアキが、意味も分からず突然に命を奪われてしまい…心残りを思うと、もう可哀想で可哀想で。
 そんな彼女の幸せそうな笑顔には、救われる想い。
 コレだけで、この映画は全部許せる。

 またタロウ・篠田 三郎の出演がならなかったのは、残念。
『メビウス』には出演していたのだし、レオや80も出して欲しかったなあ。
 シリーズの共演俳優さん達が、チョイチョイ顔を見せてくれ、懐かしい。
逆に、もう出演が叶わない人達の事も思い出されてしまうけど。
 お爺ちゃん達は(お婆ちゃんも)、いつまで出演してくれるか分からず、元気な内に その勇姿を出来るだけ多く、刻み付けておいて欲しいもの。

 チョイチョイ挟まれるコミカルなネタ(『帰ってきたウルトラマン』の呼び方とか)は、ヒット率が高く、笑ってしまう。
 主人公達の捉え方に、「それはないだろう!」と不満を感じさせられる部分がないのは、嬉しい。
 欠点はあるが、それでも、ウルトラマンってイイなあ、と感じさせてくれる映画。
 更なる続編の制作を、楽しみに待ちたい。



『涼宮ハルヒの憂鬱』18.「エンドレスエイト」

 「宇宙全ての時間を止める」機械があったとして。
それは未来永劫 壊れることなく機能し続ける、あるいは、時間を止めた瞬間に自分も止まってしまうとして。
 起動したその機械により、ある瞬間をもって時の流れは終わったのだという事を、誰か知覚できるのだろうか。
 笑った・泣いた・怒った・大事な話をしようとした、その次の一瞬はもう決して来ないのだ、というのは、どんな気分だろう。
気分ったって、本人に止まった自覚がなく、全宇宙スケールの事態では、「そんな事は起きていない」のと一緒なのかな。
 別次元人から、もしくは時間を超越した「神」というような存在にでも観測されていれば、また違うかも知れないが。

 全然関係ないけど、昔そんな事を考えていたのを思い出す、ループ七回目。
 罵倒するのも、誉めるのも、まだ可能ではあるにせよ、ギリギリと迫り来る限界と恐怖を感じてしまう。
 もうこのループから逃れられないのではないか、という恐ろしさ、そして ただの視聴者に過ぎない自分などには何も出来ない、という諦念。
永遠とも思える時間を見つめ続けた、観測者であり干渉しない(職務上できない?)長門に感情移入させようとする意図なら、それはコワい程の成功。
いや、恐ろし過ぎ、やり過ぎかな。

 今回は、割合と変わっている部分が見受けられたような。
「あっ!ここがちょっと違うぞ!」を楽しむアニメ、というのも妙なモノだけど。
 古泉が「アイラービュー」の言い方を毎回変えてきていたりして、声優さんの引き出しの数を試される過酷な(実力を発揮できて嬉しい?)作品でもあろうか。
 作画は今回も良好。
何度か書いた気がするけど、手を抜いている訳じゃない、それどころか同一題材で表現幅を問われ、見事それに応えている画面の作りが、このエンドレスの評価を更に難しくする。

 エンドレス「エイト」が本当なら、次回でようやくループから脱出するのだろうか。
 次で、まだ動きがなかった場合、もう感想としては書く事が無くなってしまいそう。
そこは、同一題材で行われた演出・作画意図の違いや、声優さんの演技、音楽の使い方などに言及する、見る側の「感想バリエーションの豊かさ」が求められている……とか?
自分は、応えられそうにないなあ。


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