ときどき日記 2009/09
2009年9月30日 水曜日

『うみものがたり〜あなたがいてくれたコト〜』最終12話.「島の心 人の心」

 どういう物語にしたいのか、何を伝えたいのか、というのは分かる…つもりだけれど、そこに向かう、特に後半部がテーマばかりになってしまい、余裕に欠け、「面白い・つまらない」よりも「説教っぽい」と感じられてしまったのは残念。
 もう少し長いシリーズで、作中に僅かずつ溶かして語っていれば、印象は変わっていたかも知れないが。

 演出は的確であり、作画は最後まで崩れず高いレベルをキープし、女の子達が皆可愛く描けて居るため、つい もっともっと、を望んでしまう。
 シリーズ開幕は、明るく楽しく能天気であり、ほのぼの萌え作品である事を期待して見始めてしまったが、制作者の描きたいモノは そこから外れた…先?にあり、個人的にその齟齬が修正できないまま終わった気分。

 キャラクターは個性豊かで愛しく、爽やかなラストも決して悪くなかったのだけれど。
 見る人によっては、感動を受け取れただろうと思う。
そういう意味では、見る人を選ぶ作品だったのかな。



『かなめも』最終13話.「そして、はじめての・・・」

 元気な新聞配達アニメも、最終回。
 ほのぼの・ふわふわとした日常を描き、『GA』と同様の路線に見えて…大きく違うのは、結構キツい「毒」が含まれている事。
少女達を「可愛い」と愛でるだけでは済まず、強烈な性衝動を持って接する はるか。
友情とか親愛といった概念を遠く乗り越え、ハッキリ肉体的関係を演出された ゆめと ゆうき。
 所長代理・咲妃が「黒い」のは、職務上まあ仕方ないとして、ヒロイン・かなにまで僅かにダークな片鱗が見え始めており、恐ろしい。

 とはいっても、基本はあくまでコメディー。
深夜アニメらしい色の付け方、という所だろうか。
 実際、この辺りを全部抜いてしまったら、夕方6時台に放送しても構わない内容だから。

 シリーズ後半、新聞配達、というベースからは離れたネタも多くなっていたが、元々「かなと仲間達が過ごす日常」を描く作品だったろうから、問題なし。
 キャラクターの個性を活かしたギャグのヒット率が高く、しみじみとした良い話系も違和感なく構成できており、作画の崩れがなかった事で、全体にレベルの高さを感じる作品だった。


2009年9月29日 火曜日

『GA 芸術学科アートクラス』最終12話.「ヘクセン・ケッセル」

 奈三子が風邪を引く話では、強いキャラクター性を持つ少女達の中に居ると余りにも「マトモ」なため、目立たない彼女を欠席させ、画面に映さない事で、逆に存在感を浮き立たせて見せた。
五人組の中で、パシッと突っ込んでくれる役割の彼女は、必要不可欠なものだと感じさせてくれる。
 また、一人が不在のため楽しみにしていたケーキバイキングを延期する少女達、少々無理をしても学校に出て友達に会いたくなったと語る奈三子の言葉で、暑苦しくなく心地良い「友情」を描いており、続く お泊まりエピソードへの橋渡しがスムーズ。

 闇鍋は、この作品の事であり、個性豊かな五人組が一堂に会している様子でもあろう。
 無茶なモノを突っ込んで作った闇鍋が、「意外と美味しい」ものになるような都合の良い事はなく、「マズくて全く食えない」でもない、「かなりツラかったが、どうにか片付けた」とする決着の付け方は、この作品らしい。

 最終話では美術部の面々が余り姿を現さず。
 部のキャラクター達も、個性的で面白く十分一本の作品を支えられる編成だと思うが、メイン五人組と距離を保ったまま最後まで進めるのは ちょっと無理があった…かも。
原作がこうらしいから仕方ないけれど、五人組が美術部に入るぐらい徹底して絡ませるか、完全に分けて どちらか一方だけを描いた方が、12話の短期シリーズとしては見易かったかな。

 ほのぼの・ふんわかコメディーアニメの中で、この作品を特別たらしめているのは、やはり「美術」に対する拘り。
 どんなネタの時でも美術から完全に外れる事はない気の使いようと、広い知識…雑学?が素晴らしい。
「虹が七色と決めたのはニュートン」とか、知らなかったので驚き。
 ぽえーとしている如月が、美術の向上心に関しては熱いモノを持っていたり。
他の女の子達も、まだ少女らしく遊びを優先させる事はあるが、美術その物を軽んじる事はない。
 ここいらは、基本的に笑いを追っている作品中にチラリと出てくる、制作者の真摯な目線。

 意表を突く美術作品と行動を見せてくれる野田 ミキが、好きだったなあ。
 無表情少女としての魅力を上手く出せているキョージュも、好み。
 登場するどのキャラも、嫌味が無く可愛らしく好感を持て、ぽかぽかした気分にしてくれて、楽しみに見ている作品だったので、終わってしまうのは寂しい。
第二期を希望。



『ヤッターマン』最終60話.「さらばドロンボー今度こそ解散だコロン!」

 時々見ていたぐらいで、余り真面目な鑑賞態度ではなかったため、細かい感想は言えず。
しかし、ちょっと真面目になる所も、脱力させられる所も、「タイムボカンシリーズ」らしい終わり方だったんじゃなかろうか。
 三悪が主人公っぽい(実際そうなのか)エンディングは、イイ話にもダメな話にも見えて、正しい。
 最後にウソ予告を入れるサービス精神が、嬉しい所。

 実写とアニメの劇場版も出来たのだし、続けて『ヤッターマンZ』とか、オリジナルに倣い『ゼンダマン』リメイクが始まるかと思えば、そんな事もなく。
良いスタッフを入れた『逆転イッパツマン』リメイクとか、見たかった。
 まあ、息の長いシリーズだから、いずれまた何らかの形で復活を果たすのだろうが。


2009年9月27日 日曜日

『化物語』最終12話.「つばさキャット 其ノ貮」

 今期一番ヒネくれた作品、終幕。
 終わり近くでは戦場ヶ原 ひたぎが余り活躍せず、不満を感じていたけれど、最後の最後でツンデレの魅力を全開にするエピソードを見せてくれ、満足。
主人公を「ゴミ」と言い間違える非道さと、自分が与えられるものを全て与えようとする健気さのギャップが、たまらない。

 振り返れば、随分変わったアニメだったように見えて、暦は他の美少女にうつつを抜かす事なく、ひたぎはネジくれ曲がった心の内で ただ暦を想う、素直なラブストーリーだったのか。
すっ飛んだ背景設定と、軽快で「変」なキャラクター性を持つ美少女達、そして、効果を上げたり上げなかったり、ストーリー理解を助けたり足を引っ張ったりの演出があったため、つい本質を見失ってしまうが。
 しかし、この内容をごく素直な形で見せられていたなら、「アリガチ」と言うだけで終わっていた可能性があるのも事実。
メインのストーリー、キャラクター構成、怪異のバリエーションまで、他に類をみない、というモノではなく、キャラそれぞれへの味付けや、会話作成の巧さ、鮮烈な画面作りこそが、他の作品との明快な差別化を可能にしている。

 羽川 翼の物語が、割合サッパリ終わってしまったのは残念。
優等生メガネ委員長キャラは好きなので、もっと見たかった。
 忍野の正体に まだ迫っていないし、主人公との絡みが楽しかった真宵、外見に似ず妙にマニアックなネタを振って そのフォローのため主人公を苦労させる撫子、勿論メインヒロインの ひたぎを含み、ずっと眺めていたい気分にさせられる魅力あるキャラクターは多い。
 とても楽しみに鑑賞していた、好きな作品なので、原作がまだあるなら、アニメで続編が作られると嬉しいなあ。



『狼と香辛料II』最終12話.「狼ととめどなき涙」

 金より成功より、もっと大切なものが自分にはある事にロレンスが気付いた。
自分が彼にとりそういう存在である事に、ホロも気付いた…確認した、という話だったのかな。
 「成功」「失敗」だけの選択肢に追い込まれたロレンスが、取引相手を追い込んで暴挙に走らせるという「暴挙」に出て、今度はホロを追い込んだ、とか。

 話が分からなくはないんだけど、特に理解力の低い自分のような人間だと、話をどうにか理解する事で一杯一杯になり、面白味を感じ辛い。
 いつもそうだが、今回は特に、商売の成り行きと帰結が二人の関係と密接に結びついているため、前者の理解が楽でないと、本来感じ取るべきロレンスの必死さやホロの切ない気持ちまで深く思い至れず、作品が持つ魅力を受け取りきれない。
 とはいっても、延々と説明ゼリフで本編を埋めて良い作品になる訳でなく、しかしこれ以上の簡略化も難しいと思え、どうすれば良いのかは分からないけれど。
「予習」あるいは「復習」として、原作を読めばスッキリするのかな。

 文句を言う程ではないが、作画にチョイチョイ崩れが見られたのは残念。
 それでも、作品中 最も大きな価値を持つホロについては、作画・演出とも魅力を損なわないよう配慮されており、可愛いと思う気持ちが揺らぐ事はなかった。
エピソードとしても、今回とアマーティの話で、「ホロこそが何を犠牲にしてでも手に入れる(共にある)べき宝」と語られており、彼女の価値を強力に実証している。
 商売云々より、二人の洒落た会話と微妙な距離を保つ関係にこそ、面白さがあった作品。
 原作はまだあるようなので、いずれ第三期も企画されるんじゃなかろうか。


2009年9月26日 土曜日

『涼宮ハルヒの憂鬱』24.「涼宮ハルヒの溜息 V」25.「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」26.「ライブアライブ」

 24話。
 ハルヒを神(あるいはそれに類した力を持つ者)とする世界について、見ながらウダウダと考えていたけれど、それがそのまま劇中でキャラクターの口を通して語られた。
 「我思う…」じゃなくて「ハルヒ思う、故に我あり」か、「我あり、その全てをハルヒは思う」なのか。
 現状の情報提示から視聴者(読者)が考え付くのは こんな所でしょ?と見透かされているみたいで、ハッとしつつも楽しい。
 この段階で、こういう仮説が語られるという事は、どれも真相ではない…のかな。
真相について、作品完結までに語る気持ち(必要?)があるかどうかも分からないが。

 古泉が言うように、みくるの外見・性格は、男性の・キョンの劣情と保護欲を掻き立てるモノに設定されている。
それは、彼女による自覚的企みでなくても、未来世界陣営が計画した可能性は、あるかな。
 そういうなら、長門のイメージも同様に考えられる。
 まるでキョンに好かれない古泉だけ、例外的。
彼が選ばれた訳は…機関には適当な年齢の人間が少ないからか(孤島話のメイドさんでも多少無理すれば務まりそうな)、キョンの「籠絡」ではなく「親友(BL的素養はキョンに無さそうだし)」という立場を狙ったものか、美少年によるハルヒ自体への直接的アピールが目的だったとか。

 また、古泉、みくる、長門が、本当の事を話しているか、という時点からして疑問。
 古泉は平然とウソをつくし、みくるは「禁則事項」により多く語る事を禁じられている。
長門は、嘘を言う訳ではないかも知れないが、膨大に抱える情報の、ドコを立脚点とし、ドコまで話すか、という選択によっては相反する事も矛盾無く言えるだろう。
「信長を殺したのは光秀か」とか、もっと身近に「古泉はウソツキか」という問いに対して、「そう」「違う」どちらでも「嘘を言う」訳ではなく、答えられるはず。
 「あたかも会話しているかのような行為を働いていたとして、それが正しい意思伝達を行っているかどうかなど、誰にも分からないのだ」
…と、喋る猫が若干哲学的に語った通り。
 喋るのはともかく、何であんなに頭良かったんかなー、猫。
魔法遣いの相棒だから皮肉を言う、とするハルヒの思いつきキャラクター設定に沿っているのか。

 疑うと果てがない、考え始めると真相を読もうとして裏の裏の裏まで思考が行ってしまいオモテを見失う、その辺りが、『涼宮ハルヒ』の面白さ。
 そういう部分を全部置いて、「ツンデレのハルヒ、怒って喫茶店を出ながらもキョンが追いかけてくるのを待ってる所なんて、可愛いじゃん」「長門萌え」で見ても問題無く楽しめるのが、コンテンツとしての出来の良さ。


 25話。
 初放送第一話でコレを見せる、ってのは、今考えても無茶だ。
撮影風景を見て、ハルヒや彼女の世界について色々な事を知ってから見ると、何故こんなフィルムが出来上がってしまったのか ようやく分かり、意味が通じてくる。

 掲示板で教えて頂いた通り、長門と古泉のアドリブ?会話など、本放送時は どう見たんだっけ…意味不明な映画の意味不明なやり取り、として特に気にする事はなかったのか…もう思い出せないけど、作品にとって かなり重要だろう部分がある。
確定された自分達の「未来」へと繋げるため、それ以外の選択肢を全て削ぎ落とさなければならない みくる陣営と、より良い(と考える)未来へ発展するなら あらゆる可能性を選び取れる古泉・長門陣営では、決定的な対立があるのかな。
 …SF的素養があるとは思えないキョンに、唐突に こんなこと語って聞かせても、通じるとは思えないが。
キョンと同居する形になっている「視聴者」に向けてのセリフにもなっているから、意味はあるけれど。

 それにしても、デタラメな、ビックリするぐらい完成度の低い、とても お客様に見せるレベルには達していない自主映画(本放送時書いたと思うけど、そう感じさせられるアニメに仕上げたスタッフの力量は、驚異的)。
 決して頭が悪い訳ではないハルヒ監督で、どうしてこんな内容になってしまったのか。
整合性とか全体像を考えず突っ走ってしまうハルヒの基本人格が100%表れた、そういう意味じゃ満点の素直な作品ではある。
他のあらゆる才能と、「監督」才能は別物であり、彼女は極端なまでに不適格(他者を楽しませようという視点から、無い)、と言えよう。
ハルヒが撮り上げた映画の、強引さと矛盾と行き当たりばったりこそ、彼女が創造した世界の有り様その物でもあるか。


 26話。
 ライブのシーンは、やはり迫力があって楽しい。
 ハルヒの演奏に向け、ガラガラだった講堂内に客が大勢集まってきたのは、何かやらかすという噂(古泉が播いた?)もあったろうが、彼女がそう望んだから、という部分も?
丁度 雨が降り始め、客の行き場を限定する「偶然」など、疑わしい。

 バンドメンバーから礼を言われ、どうしたら良いか分からず不機嫌に見える表情さえ作ってしまうハルヒが、可愛い。
 彼女にとっては、いつも通り やりたい事をやっただけ、だろうけど、それが他者を助け、多くの人々を楽しませる。
初めての、周囲の皆を幸せにする行動だったかも知れない。
 この経験で目が覚めて成長すれば凄い事だけど…あんまり円満な性格になると もうハルヒじゃない、とも思え、カン違いした方向へ暴走しようとするラストの方針表明こそ、彼女の魅力だったり。


2009年9月25日 金曜日

『大正野球娘。』最終12話.「土と埃にまみれます」

 男子野球部との、死闘。
 ヒロインらが もの凄く強くなっていた、というような都合の良い事はなく、しかし まるで男子部の相手にならなかった過去からは確実な進歩を見せ、一進一退、まだ男子に油断があった…とはいえ、互角の勝負を見せる。
 少女らがヒットを打てる事について、男子部からされた事を逆に仕返し、ピッチャーのクセを読み取るとか投球パターンを割り出すとか、「なるほどそれなら」があると、更に良かったかな。
野球では当然のやり方、とは言え、ちょっと「ズルい」とも思えるそんな方法を、彼女達に採らせたくなかったのか。

 スライディングを受けて、男子との体重差故 弾かれたか、ケガを避けるため自分からそうしたのか、ポンと前方に飛んでみせるキャッチャー・小梅の動作が軽快。
 息の合った中継によるバックホーム、二人の少女が連携して見せるキャッチから送球までの流れるような動き、要請に応え魔球を放る投手と初めてキャッチに成功する小梅…結ばれてきた信頼、チームワークの成果。
彼女達の成長も嬉しいが、ここいらは演出が的確でテンポ良く、見ていて気分を高揚させてくれた。

 抑えた、甘すぎない勝敗の行方が、この作品らしい。
 …本当の本当は、これぐらいの練習で、少女達が、厚い積み重ねと体格差を持つ男子部とこれほど良い勝負が出来るかは……だけど、そこはドラマとしての心地良い嘘だし、そういう嘲った男共の気持ちをひっくり返すのが作品テーマでもあろう。

 安易な「萌え」狙いではなく、女子が超人野球を繰り広げる「馬鹿話」でもなく、すごく地味な内容を、堅実で、だからこそ要求される高い技術を備えたスタッフにより、作画の崩れもなく、見事面白く見せる事に成功したアニメ。
深夜枠より、子供も見られる夕方に、NHKで放送するのに相応しい作品だったか。
 地味さ故、DVDバカ売れとか、キャラ人気爆発、という事態にはなりそうもないが、せっかく馴染んできた少女達をもっと眺めていたく思え、続編が企画されると嬉しいなあ。


2009年9月24日 木曜日

『恋時雨』02.

 ネットのテレビ番組表では、「アニメ」に分類されていたので、見る。
 一回目を見逃してしまい、失敗したか、と思ったが……
 イラストにナレーションが付いて、ドラマと言うには弱いし…ポエムというか何というか…ショートストーリーを語る形式。
所謂テレビアニメにカテゴライズして良いかは微妙。
 語られている内容には興味を引かれる部分もあるが、「面白い」と言えるかどうか、それも微妙。
 携帯小説っぽいのかな、等と分かったフリで言いつつ、携帯小説をマトモに読んだ事無い。

 前後編での放送らしく、今回でお仕舞い。
 まあ、語られている心情にシンクロできる女性視聴者をターゲットに作られているのだろうから、そこから大きく外れるオッサンが何を言う必要も無いな。


2009年9月23日 水曜日

『宙のまにまに』最終12話.「星空ループ」

 原作が連載中でもあり、三角四角関係にハッキリとした決着は付かず。
ただ、その辺は作品の「彩り」ぐらいであって、メインテーマだったとは思えないため、特に問題無し。
 生き生きと描かれるキャラクター達が織りなすコミカルなドラマが楽しく、嫌な部分のない穏やかな作品の雰囲気も良くて、最後まで面白く見られた。

 原作者の経験や思い入れに寄るのか、「天文部」という題材に きちんと意味を持たせていたのが素晴らしい。
各話の内容は、勿論キャラクターそれぞれを輝かせるためにあったが、同時に「星を魅力的に見せる」事が強く意図されており、元々そんなに興味を抱いていた訳じゃない自分でも、見ていて毎度「星ってイイかも」と思わされた。
 前回も、遭難しての死の恐怖を乗り越えて目の当たりにする満天の星空が、美しく、感動的に描かれており、単純に楽しい作品だけでなく、星への興味を喚起する内容にも出来ていたかと思う。

 乗せられて、DSソフト「星空ナビ」なんてモノを、うっかり買ってしまったぐらい。
これ自体は良くできていると思うけど、東京では星がほとんど見えない、という事を実感するばかりで ちょっと寂しい。
田舎にも持って帰ったが、疲れて夜は寝てしまい、鑑賞できず…
 いや、関係ない話。

 朔を挟んでの、美星と姫の戦い?は まだスタートラインにも立っておらず、美星は恋愛という概念すら理解しているか疑問なぐらい。
 個人的に好みな文江が、最終回近くは余り話に絡んでこず、寂しい。
まだまだ魅力を増せるキャラだと思うので、もっと「遊んで」欲しかった。
 毎回楽しみに見ていた作品のため、終わってしまうのは残念。
原作が溜まったら、アニメ第二期、というのもアリじゃなかろうか。
というか、強く希望。



『プリンセスラバー!』最終12話.「プリンセスラバー!」

 こういう作品では仕方のない事だけれど、主人公である男の子のキャラクターが薄く、葛藤も成長もマトモに描いていないのに、「当然 憎むべき相手への許容」を言い出させるのには無理がありすぎる。
 じゃあ仇敵を殺していれば良かったのかというと、勿論そんな訳はなく、コチラの方が爽やかな終わり方には違いないと思うが、どうにも「主人公の意志で掴み取った決断」には感じられず、「こう終わらせたかった制作者の都合」ばかり。

 やたら姫様に好意的だった悪党の手下二人組は、疑問がありつつも割合好きなんだけど、悪のボスが……逆恨みに到る動機の弱さ、行動の間抜けさ等々により魅力も面白味も皆無で、最終的な解決を この程度に留めるなら、登場させなくても良かったような。
 両親殺害犯を目前にしても、まるで悩まず許してしまう主人公からは、「金持ち喧嘩せず」「今の俺はモテモテだし、そんな小さな事は どーでもイイ」ぐらいの気持ちしか受け取れず、だったらこんな重い設定を背負わすべきではなかったろう。
 力業でも何でも、クライマックスをもっと盛り上げられてさえいれば、「まあいいや」に出来たかも知れないが。

 作画はずっと高水準を保ち、女の子達が可愛く、肉感的に描けていた。
アクションを頑張っていたのが印象的…ただ、列車上でマトモに撃たれても「かすり傷だった」とされる主人公、彼の手によってようやく支えられていたのに彼が車外に落ちた後 説明もなく列車に戻っている姫様、列車から落ちる度 過程を略してバイクに救われているキャラクター達(これは繰り返しによるギャグか)、など、演出が軽く、真面目に見る程でない気分にさせてしまったのは残念。
 ヒロイン達には それぞれ「男前」な見せ場が用意されており、魅力も それなりに感じられた。
全員、彫り込みが浅いまま終わってしまったのは勿体なく、やはりサスペンス展開(?)に時間を取っている場合ではなかったかと。

 もっと思い切って「萌え」フォーマットを崩す所までも踏み込むか、途中にあった温泉話の馬鹿馬鹿しさをキープして明るく楽しく終わらせるか、どちらかに路線を定めてしまった方が良かったかな。
 何も考えず眺めている分には別に悪くないアニメだったけれど、見る人の心にもっと何かを残せた素材であり制作状況にあったと思うと、もう一歩、が欲しかった所。


2009年9月22日 火曜日

『獣の奏者 エリン』36.「卒舎ノ試し」

 卒業を迎えるエリン。
ああ、もうそれだけ年月が経ち、子供だったエリンも そんな年齢(何歳かは知らないが)になったんだ、と感慨。

 学友や学校関係者と交友を結び、苦難に出会いつつ成長していくエリンの姿を、じっくり腰を落ち着けて描いているシリーズ。
丁寧な日常の描き方は…もう少し密度を濃くする事は出来ると思うが…世界名作劇場を思わせる。
 「萌え」もアクションも余り表に出ず、大抵は派手な出来事のないドラマだけで、視聴者の興味を繋ぎ止め続ける、最近なかなか見ない構成。
 ファンタジー世界を舞台にしており、王獣、闘蛇、といった超常の生き物が登場している事で、やがて訪れるだろう大きな変化(戦争?)を予想させつつ、しかし基本的には各話の地味な内容だけで見せてしまう制作者のパワーは、大したモノじゃなかろうか。

 変わっていく、エリンと王獣の関係。
空を飛ぶ、という辺りでもう大事件だ、と思っていれば、ツガイになってから子供が出来るのは実に早かった。
 不穏さを孕む世界の展開に期待しつつ、ここまで積み上げてきたキャラクターの足元を危うくしないよう、進めてくれる事を望みたい。



『戦場のヴァルキュリア』25.「護るべきもの」

 無敵戦闘神少女同士の戦い。
 アリシアが「自分の護るべきもの」について、なかなか思い当たらないのに驚く。
しばらく続いた、ただ上層部の命令に従って敵を一掃するだけの戦いとも言えない一方的な虐殺と、無理解な味方軍の存在に、疲れ切っていたから…とか理屈が付かなくもないだろうが、ついさっき彼女の要請により後方に回したウェルキンら第7小隊の事を忘れているのは、あんまり。
 「敗北寸前まで追い詰められる」「そこから大逆転を遂げる」展開に持っていきたい都合なのだろうが、もう少し上手く仕掛けてくれないと。

 超巨大戦艦(巨大槍……)が ある事については置いても、どう見たって危険なこの艦に首都近くまでの接近を許し、警備の兵力もマトモに付けず放置して、当然のように首都をボロボロにされるガリア公国側の間の抜け方にはビックリ。
 何の勝算もなく戦艦付近のアリシアに向け闇雲に突っ込むウェルキン隊…いつもの事ながら、デタラメな戦い。
戦車はどうしたんだっけ?

 戦略・戦術が適当なのは今更だけど、残虐な狂王として どうにも薄い描かれ方をするマクシミリアンや、正規軍が壊滅した事についてリアクションが見られないアリシアなど、キャラクターに深みが無いのは困りもの。
 せめて最後ぐらいキレイに締めて欲しい所。


2009年9月21日 月曜日

『狼と香辛料II』10.「狼と孤独な微笑み」11.「狼と別れの決意」

 ロレンスに語りかける娘の言葉、「とても優しそうな人ですからね、一人でウロウロしている間は誰も相手にしてくれなかったでしょうけど、側に女が居ると分かると、女の目には突然気になるものですよ。羊が一匹ポツンと居たら、狩るのも面倒だと思うでしょうけど、狼が側に居れば、そんなに旨い獲物なのかと横取りしたくなるでしょう?」が深い。
「萌え」作品でいつも感じる、冴えない、大して女の子に縁がなかった主人公男子が、ヒロインの登場・恋愛関係の締結に伴い、突然 周囲の女の子達からモテ始める不自然さ、不思議さを、明快に説明してくれるセリフかと。
 この作品の場合、損得勘定抜きでロレンスに恋愛感情を抱く娘は、あんまり登場していないけど。

 「連れている女の子で男の価値は決まる(男女逆にしても成り立つ)」という事でもあろうか。
 特にホロの場合、基本的に可愛らしく、性格の良い娘…狼ではあるけれど、難しい・扱いづらい部分も多々あり、彼女に好かれ、全面的な信頼を得ている男、というだけで、どんな書面より誰からの証言より、その価値は証明されるだろう。

 どう考えても、このまま順調に進むとは思えない取引に入り込んでいくロレンス。
金なら、別段失おうと(無責任な視聴者としては)どうという事は無いが、金より交易物より信用より名誉より、この作品中で最も価値のあるものとして提示されている「ホロ」を失う事は、許されない。
 …しかし、ホロを買おうという男達は、ただ黙って座り自分の売買交渉を見守っている彼女について、どういう理解をしているのかなあ?
「薬等で自由意志を奪ってある」とか、「良家に引き取られれば現在よりはマシな暮らしが出来ると言いくるめてある」といった所か。
 ホロならば、最悪、売られても隙を見て脱走する事は出来ようが…



 臼井 儀人先生の ご遺体が確認される。
 人騒がせで終わってくれれば良いと願っていましたが、最悪の結果に。
 才能ある作家さんの、しかもこんな最期の迎え方は、残念でなりません。
 謹んで哀悼の意を表します。


2009年9月20日 日曜日

『仮面ライダーW』03.「Mに手を出すな/天国への行き方」

 今更ながら、サブタイトルがスラッシュで区切られて二つあるのは、「ダブル」というタイトルに引っ掛けてある訳ね。
 変身ギミックであるガイアメモリ単体での「サイクロン」「ジョーカー」等の名乗り、ベルトに差し込んで起動させた際、再度その名乗りを繰り返させる事で、印象を強化している。
男性の低い声がなかなか気持ち良くて、自分でも鳴らしてみたい気分に。
 今回は登場しなかったが、車両メカ内部でバイクの後部を換装し、飛行形態に変える仕掛けも、面白い。
…バイクその物を余り使わない傾向がある平成ライダーシリーズ、映像的にも面倒だろう この仕掛けを、どこまで・どのぐらいの頻度で使い続けられるかは不明だけど。

 ハードボイルドを気取る探偵、膨大なデータを脳内で検索する浮世離れした少年、足手まといな探偵長少女、それぞれのキャラクターを、もう何となく馴染ませられているのは大したモノ。
 思えば、「探偵」という設定は、事件に遭遇させるのに最適。
『響鬼』等、一部例外を除き組織に属しない事が多いライダー達は、「偶然街中で怪事件を目撃する・他者から助けを求められる」といった少々無理のあるパターンを繰り返し用いて来たが、コレなら依頼者を通じ、不自然無く事態に関われる。
逆に、単話完結の色合いが強くなってしまうので、大きなドラマを感じさせるには構成力が必要にもなろうか。

 欲望に突き動かされ、凶行に走るドーパント。
この辺りも、何が目的だか もう一つ分かり辛かった平成怪人設定の中では、スッキリしている。
 特定のキーワード(自身の過去に関わる?)を耳にする事で、行動が止まってしまうフィリップ。
これら単語が、彼の正体に迫る手掛かりになっていくのだろうか。


2009年9月19日 土曜日

『東京マグニチュード8.0』最終11話.「悠貴へ…」

 この作品は、放送開始当初、「東京大地震を描くドラマ」なのかと思っていたが、実際は「ドラマを描く背景として大地震を使っている」感じ。
 「家族の再生」をテーマに据えている、という予想を裏切り、「家族の喪失」が…「喪失の果ての再起」は あるにせよ…描かれるとは。
 とにかく色々と意外で、弟の生死を不明確にしたまま物語を進めるトリッキーさもあり、非常に興味深く見たけれど、腑に落ちたというか「良い作品だった!」という後味に繋がるかというと、うーん。

 死後現れた悠貴は、霊体としてそこに在ったのか、未来の贖罪意識が作り出した脳内幻影か。
未来が知るはずのない事は言ってない…ような気がするから、脳内のみの存在かなあ。
しかし、そうとハッキリ決めてしまうと、姉を許し愛する言動が(弟は確かにそういう性格だった、とはいえ)「勝手な自己満足」とも捉えられてしまうので、語らない方が良いんだろうな。
 良く出来た弟の魂を受け継ぎ、内包して生きる事で、「悠貴くんは未来ちゃんの中に生きている」という言葉が真実となり、いつも苛立っていた姉は一段階大人に近づく。
そういう物語だったのか。

 姉を庇って、とか、大勢の命を救うために、といった意味のない弟の死は、リアル。
 両親との再会にあたり、障害を設けてもっと盛り上げる事は出来たろうし(テーマをぼやけさせてしまったろうが)、演出や音楽で「泣き」を強調する事も難しくなかったかと。
おそらくは選んでそれを「しない」抑制された作りは、好み。
 もうちょっと、地震からシミュレートされる困難を極めた世界が見たかったかなあ。
そういうのは、わざわざ「アニメ」で見なくても良いでしょ?と言われると、その通りだけれど。



 上京。
 疲れましたが、楽しい帰省でした。


2009年9月16日 水曜日

 ああ、もう家を出ないと飛行機に間に合わない。
 『ハルヒ』に色々思ったのですが、それはまた帰ってからで。
 では、帰省してきます。
上京は金曜日の予定。


2009年9月10日 木曜日

 空いた時間でボチボチ進めていたDS『ドラゴンクエスト9』が、終わる。
 …終わったといっても、取りあえずメインの話だけ。
どうもまだまだ続けて遊べそうだが、だいたい堪能したので。

 評判から危惧していた割に、フツーの『ドラクエ』。
ハードをDSにした事により、行く先を分かり辛くするだけに思えるグラフィックへの余計な拘りなんかが無くなり(拘るにも限界があり)、ごくオーソドックスなスタイルに戻したため、遊びやすく、『7』『8』と途中で投げてしまった自分でさえ最後まで遊べた。
 携帯機の気軽さか、RPGを滅多にやらないヨメも遊んでいるぐらい。

 ガングロ妖精・サンディには違和感を持つかと思ったが、そんなにウザイ存在ではなく、時折気の利いたコメントを吐いたりして、ゲームの雰囲気を明るく・軽くする役割を果たしている。
 全てを石彫刻で作り上げた街を立ち去る際、残した一言が、印象的。

 クエストは、単に お使いか、やたら面倒な条件付のモノが多く、ほとんど飛ばしてしまった。
それでも問題無くストーリーを進められるのは、有り難い。
 フィールド上に見える敵も、3Dで表現され走り回る戦闘も、やってみれば特に負担無く、『ドラクエ』という範疇に収まるかと。
 特に終盤のストーリーや敵キャラに無理を感じる部分はあったが…それもまあ、シリーズのお約束。

 このレベルで、この「気楽に遊べる」システムを維持して次回作があるなら、またやってもイイなあ。



 という訳で、お仕事スケジュール入り。
 月曜日に復帰できるよう、頑張ります…で、水曜からヨメのお腹をお披露目すべく帰省予定。


2009年9月8日 火曜日

『うみものがたり〜あなたがいてくれたコト〜』10.「沈黙する心」

 放送開始当初、『ARIA』のような癒し系ほのぼのアニメになるのかと予想し、変身して敵と必殺技バトルを繰り広げる事で『セーラームーン』路線かと思わせ、しかし回が進むにつれ「変身」や「バトル」は ほとんど見せ場にならなくなってきて、各キャラクターが抱える心の闇へと迫っていく内容に。

 最初からネガティブな考えを持っていた夏音だけでなく、マリン、そしてウリンがダークサイドに堕ちてしまう。
 今回、少し規模が大きくなったけれど、この作品は、「妖魔の侵攻による世界的危機と闘う光の少女達」を描こうなどとは しておらず、随分と小さな、心の中の戦いを追っている。
それも、自分一人で解決するのではなく、他者との関係性の中で乗り越えていく考え方を採用。
 僅かな切っ掛けにより生ずる、ごく小さな、だが意外にも修復が難しい齟齬。
リアルに「嫌」な部分があって、下手すると見ているのが辛い作品にも成りかねない所を、テンポを良くし、コミカルな描写も混ぜる事により、過度の負担と感じさせず見せていく手腕は、さすが。

 なかなか面白いと思うんだけど、残念ながら、大当たりする内容とは思えず。
原作パチンコ(中身は知らない)のファンにとっても、これは喜べるアニメなのかどうか。
 いや、まだここから、どういうクライマックスへと繋げていくか、予想も出来ないのだけれど。


2009年9月6日 日曜日

『仮面ライダーW』01.「Wの検索/探偵は二人で一人」

 漫画『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』原作、アニメ『ガイキング』シリーズ構成で知られる、三条 陸の初参戦が大きな期待要素となる、『仮面ライダー』最新シリーズ。
 平成ライダー群では特異な、マフラー姿。
二人が一つになる、『バロム1』『ウルトラマンA』的な変身システムが特徴的。

 第一話…うーん、取り立てて分かり辛い所はなかったが、まだ内容には入り込めない。
探偵の方も、天才少年?の方も、親しみを持たせる所まで行けておらず、そういうキャラクターとして眺めるに留まってしまった。
 ただ、『電王』の第一話でも同じように感じたから、この先には期待を持って良いのだと思うが。
恐らく、今後「お約束」となっていくセリフや展開をドンと提示した内容だと思うので、見続けていけば馴染めるかと。

 二人の肉体が融合して変身すると予想していたけど、一人は精神だけ飛んで行くのか。
 手や足がビヨ〜ンと伸びムチのようになるライダーの戦闘形態が、およそヒーローらしくなくて楽しい。
 『マトリックス』なバーチャルリアリティー本棚や、何も書いていないように見える本、貧乏探偵事務所に車両メカ発進用施設がある事、等々、説明が聞きたい所は多々。
 期待を込めて、視聴継続。



テレビスペシャル『ジャングル大帝-勇気が未来をかえる-』

 設定から何から激変しており、これで『ジャングル大帝』と名乗る必要はないだろう、と思いつつ見ていたが…
危惧したようなデタラメのストーリーにはならず、環境問題辺りをテーマに、それはそれなりに まとまった内容だった。
 見終わってみれば、「こんなの『ジャングル大帝』じゃない!」と怒る程、核を外している訳でもなく。
 さすが谷口 悟朗監督、と言うべきか。

 クローン、という概念を混ぜてきた時は、上手く消化できるのかと不安になったが、自然と科学(人間)の関わりを象徴するキャラとして使えており、悪くない。
 主人公オヤジが、「冷酷」というより「すぐテンパって ちゃぶ台返ししようとする困った人」に見え、可笑しい。
人の悪行部分を一手に引き受けるキャラだから仕方ないけど、こんな破滅的オツムをしてて、よく事業を成功させる事が出来たもんだ。

 文明…人間の強引な介入は「悪」として描いていたが、では動物の群れは ただ自然に戻れば幸せなのか、という事に単純な答えを出していないのが、今日的。
 レオが本当に「ジャングル大帝」となるための戦いは、ここから始まるのだろう。


2009年9月5日 土曜日

『涼宮ハルヒの憂鬱』23.「涼宮ハルヒの溜息 IV」

 ああ、なるほど、撮影現場で監督は神様に等しい、という話なのか。
 実際は、現実の あらゆる局面において神様に等しいのだが、何しろ本人・ハルヒに自覚が全く無いものだから、「ごっこ」のようなモノであっても自分のイメージや要望が そのまま通り、世界を思うように構築できるのは、嬉しいんだろう。

 映画制作に入ってから、ハルヒのワガママぶりが強調され、周囲に迷惑ばかり振りまいて「楽しさ」を余り与えない事で、キャラクターとしての魅力を下げてないか、と思っていたが、そうか、ここに繋げるためだったのか。
 ハルヒに批判的・反抗的な考えを持つ事が多いキョンだけれど、ここまで正面切って「怒り」をアラワにするのは初めて。
それは、忍耐力が限界を超えてしまったから、であり、みくるが余りにも可哀想だったから、でもあろうが、キョン自身が言っていたように、何もせず放置したままだと「コイツは一生誰からも避けられるようなアホになっちまう」と考えたから。
 その反抗は、腕を吹き飛ばされる結果に終わっていたかも知れず、下手をすると存在そのものを消去される恐れすらあったろう。
望んだだけで みくるの目から光線を発射させる事が出来るハルヒの力をキョンも分かっており、感情に突き動かされたとはいえ、正に命懸けの行動。
 「愛」とか言っても良いぐらい。

 ハルヒは、自分を怒ってくれる相手を求めていた…というと、ちょっとアリガチなパターン過ぎか。
 彼女の両親は登場してないんだっけ。
 成績優秀・運動もこなせる才女では、先生に叱られる事も(自覚的に踏み外した行動の結果、以外では)そうそうあるまいし。
 クラスメートは、彼女に関わりたがらないか、彼女が僅かも関心を持てない相手ばかり。
 宇宙人・未来人・超能力者を求めていたのは、彼女にきちんと向き合い、まっとうに遊んでくれそうだったから…か。
ホントに現れてみれば、腫れ物に触る扱いしかしてくれず、心の中に斬り込んでくる事はなかったが。

 自分を、背後の力(例えば資産とか権力)に寄らず、ただ「自分」として接してくれる相手が居るのは、幸せな事だろう。
 特別な力を何も持たない、正直な…愚直な、フツーの、ハルヒに好意を持つ男だけが、「神」の心に触れる資格を持つ。

 関係修復の切っ掛けにしようというのか、部室で髪をポニーテールに結い上げようとしていたハルヒが、可愛い。
扱いづらい女の子だけれど、時折 驚くぐらい素直な、可愛い所を見せるのが、ハルヒの魅力。
 次回、喋る猫の謎が解かれる?


2009年9月4日 金曜日

『東京マグニチュード8.0』09.「今日、さよなら」

 シミュレーションに基づく地震災害の様子と、ちょっと温めで地味なドラマを見せていくアニメだと思っていたが……
 前回から、急にトリッキーな、ドキドキの展開へ。
 悠貴は生きているのか、もう死んで、未来が見ている幻としてしか存在しないのか。
どちらとも取れる曖昧な描写が続いているため、確信は持てず。
また、元から少々ぼやけた演出が見られる作品だった事も、確信を持たせない理由の一つ。

 真理の母・子まで亡くなっていたなら、「誰かが見ている最悪の悪夢」と読み取れたろうが、無事生存していた事で、「全て幻想」ラインの可能性は薄い。
 しかし…悠貴が死んでいるとなると、この先のストーリーが かなり後味悪くなってしまうような。
あと残りは数話なのだろうから、幽霊か幻か分からない弟、として誤魔化しつつ最後まで一緒に旅をさせれば、生きているのと変わらない物語には出来ようが。


2009年9月3日 木曜日

 衛星で映画『デッド・サイレンス』を見る。
 映画『ソウ』の監督と脚本家によるホラー。
『ソウ』は結構好きなシリーズなので、ショウビズの成績が良くなかった事も知りつつ、それなりに期待して見たが…

 ホラー、サスペンスなのに、全然 怖くなくて拍子抜け。
悲惨な顔している死体をドン!と見せ、それだけで怖がって下さいと言われても…
 こういうジャンルの映画なので、ある程度 主人公達の判断力が鈍いのは仕方ないけど、しかし差出人不明の気味悪い人形で遊ぶ主人公ヨメとか、不吉だと知りつつ人形をフラフラ持ち歩く主人公とか、理解し辛くて死んで当然としか。
 次第に事件の核心へと迫るストーリーになっているが、これが さしてオリジナリティーの無い真相の上、何故?どうして?と思う部分には説明が無く、うーん。
 主人公を疑う刑事との間に緊張感が薄く、相棒みたいな扱いになってしまうのも、怖くない要因。

 墓を暴いたり、暗い廃墟に入り込む、どうやっても恐ろしく撮れそうな状況があってさえ、淡々とした不気味さのない映像にしか仕上がっておらず、ガッカリ。
 大オチは実に馬鹿馬鹿しく、笑う。
しかしこれ、『キラークラウン』では小ネタ扱いだったアイディアじゃないか。



『宙のまにまに』09.「高校天文ネットワーク」

 他校天文部との交流が描かれる。
 主人公部と差別化すべく、もうちょっと、高慢だったりツンデレだったり問題を抱えた生徒が登場するか、と思えば、そんな事もなく、皆 爽やか穏やかで気持ちの良い子ばかり。
 考えてみると、天文部同士で「バトル」というような事態が発生する可能性は ほぼ無いのだし、他校生徒に対し、競争心を剥き出したり勝ち誇る意味など無いな。

 姫にチョッカイをかける男子生徒はモテ系でイヤミな奴…かと最初見えたが、これも割に親しみやすいイイ男のようで、なかなか なびかない朔から こちらに乗り換える選択も、姫にはアリじゃなかろうか。
 美人で しっかりしていて頼りになりそうな他校部長は、朔を巡るヒロインズの一人に…は、ならず、路万部長との関係を発展させていく事になる?

 星座の並びから紡がれた物語を、語り出す路万部長。
「それなり」ぐらいしか星に興味がない自分でさえ、いいなあ、という気分にさせてくれる。
 この作品は、天文ファンを作り出す事に貢献しているのかも知れないな。
 そういえばこんなDSソフトが売っていて、ちょっと欲しくなってしまったり。


2009年9月2日 水曜日

『涼宮ハルヒの憂鬱』22.「涼宮ハルヒの溜息 III」

 ここのところ、特に不思議な事はなく、普通に「無茶な女子高生が主導する自主制作映画の風景」が展開されてきたため、それはそういうものとして楽しくはあったけれど、『ハルヒ』としては……と思っていたが、今回は、ならではの魅力あり。
 そういえば、前放送第一話で完成したフィルムを見せられた際、みくるの目から何か出たように(ダメダメの特撮とは違う表現で)見えた所、その直後、長門がハルヒの制止も振り切って みくるに暴行を振るう所など、何故そんな事になっているのか疑問に思ってきたが、なるほど、こういう裏側があったのか。

 「目からビーム」は、最初、「みくるが未来から持ってきたコンタクト型のオーバーテクノロジー・グッズで、キーワードを唱える事により光線を発射する」モノかと。
 でもまあ、いくら彼女がポーッとした性格だとはいえ、未来に関わる事柄については厳しく自制している(脳に処理が成されている?)訳で、迂闊にそんなモノを持ち出すはずはなく。

 ハルヒ、そこまでの力を持ってるんだ。
神に等しい、というか神そのものの力を持っている事になっていたが、このぐらいの切っ掛けで こんな無茶な願望の通し方をするとは。
 もうちょっと長くストレスを溜め込む事により、初めて、彼女の中の「常識」枠を越えて力が発動してしまうものかと。
 この程度で無意識起動してしまう力なら、「学校内で異端視されている」とか「(ハルヒの認識上)特に面白味の無い日常が続いている」という時にも、大きく現実を改変してしまいそう。
いや、異端視されている事自体は、別に不満でもないのかな。
面白くない日常が続いていても、「そういうものだ」と受け入れてさえいれば、何も起きないだろうし。

 今回は、映画撮影という高揚した精神状態にあり、しかもSF?ファンタジー?が入ったデタラメな物語を紡いでいる最中であって、「常識」のストッパーが緩んでいたのか。
 劇中で言われていた通り、彼女は常識人だが、それだけで収まらず、イレギュラーも発生しやすい複雑な心の有り様をしているからなあ。
なかなか、事後の理解ならともかく、能力発動時期の予測は難しい。
 ハルヒならずとも、普通の女の子だって、ウチのヨメでさえ、切っ掛けが見当たらず急に怒り出したり果てしなくゴキゲンだったりする訳で、単純な男に女性の内面が読めないのは当たり前。

 キョンを身をもって庇う長門が、可愛い。
勿論、キョンを喪う事により彼女のハルヒ観測任務に支障が出る事を恐れた、という部分はあろうが、個人的なキョンへの好意も混じっていると思え、感情的反応を ほとんど見せないが故にその境界線が不明確で、魅力。
 穴の空いた彼女の掌から血が出ていないのは、高熱で焼かれたからなのか、普段見えない体の内側は人間と別の組成になっているからか。

 ストレスにやられて撮影をズル休みしようとする みくるが可哀想で、可笑しい。
任務から逸脱した行為だと思うけど、もう限界だったんだろうな。
 確か完成映画には、喋る猫が出ていたと思うけど、その辺りの謎解きも順次されていくのか。



『大正野球娘。』08.「麻布の星」

 映画主演女優の代役に、急遽抜擢される小梅。
 ここから一気にアイドルへと駆け上ってしまい歌など歌ったり、そこまで行かずとも、水着になったりコスプレ的衣装を着けて視聴者サービスするのが、普通。
 そう予想して…ここまで地味な内容だったけど、急に飛んだ、派手な展開を迎えるんだなあ、と思っていれば…
 一昔前には割合とあった、「皆の期待を集めつつも、蓋を開けてみれば冴えない、ガッカリの顛末」というパターンで、なるほど、この作品らしい。

 応援してくれた街の人々が、小梅や映画自体についてネガティブな印象を持たず、笑い飛ばしてくれる爽やかさで嬉しい。
 ホンモノの主演女優と小梅の間に、僅かなりとドラマがあっても良かったかなあ。
台本の読み合わせを見る限り、小梅はなかなか演技派のようだし。
 そうすると、今回ちょっと描かれた、三郎が彼女に寄せる気持ち、という部分を ぼんやりさせてしまう恐れがあるのか。



 昨日は、産院を決めようと、近所から、少々離れた病院まで、ヨメ連れで数件ドタバタと回る。
 妊娠について診察をしてくれる医院は多いけど(現在は、ごく近所のそういう医院に通っている)、分娩を扱う所、となると極端に数が少ないんだなあ。
以前は、ヨメの実家近くで探して里帰り出産を…とも思ったが、かなり離れた場所にしか産院が無く、難しい、という事に。

 回った中には、普通の病院から、ホテルみたいな内装の豪華な施設まであった。
 見学についても、空いている病室や大変な唸り声が聞こえる今まさに使用中分娩室の前まで案内してくれる所あり、「見も知らない人間を入れては感染の恐れがあるためナースステーション付近を見るだけ」の所もあり。
 どちらにせよ、実際訪れてみると、HPとかの写真だけで見るより ずっと雰囲気が分かり、選択の大きな参考に。

 特にリッチな設備はないけれど、巨大総合病院であれば、もしか新生児に異常があった際、すぐ対応できる科があって安心。
そういう心配さえなければ、「食事が美味しい」といった付加価値評判のある病院の方が良いのか…
 まあ、決めるのは入院する当事者であるヨメだけども。

 ああ、女の子みたいです。
 ウチの稼業と、自分のDNAが混ざった ご面相になる事を考えると、色々可哀想。
挫けず強く生きて欲しい。


2009年9月1日 火曜日

『仮面ライダーディケイド』最終31話.「世界の破壊者」

 こんなにもバッサリと断ち切れた、完結編となる映画を必要不可欠とする終わり方になるとは思わなかった。
 平成ライダーの中では格別に短いシリーズだ、という事も関係しているのか。
 放送開始前に予想していたよりウケた作品だ…と思われ、映画も大ヒットしているため、もう一本映画を当ててみたい気持ちも働いた?

 『ディケイド』は、傍若無人な主人公のキャラクターや、旅していく先で出会う懐かしいライダー達の勇姿、オリジナルと少し違えている世界やライダーの有り様、二話で完結する負担の少ないストーリーなど、見所の多い作品だった。
 しかし、そのためか、主人公となるディケイド・士が抱える「謎」について視聴者の興味を喚起する部分は弱く、「各話(二話)完結バラエティー」の印象があって、大きな一本の物語としてキレイに収まるラストを期待させる要因は、さほどでもなかったと思う。
平成ライダー達が、さんざん「謎」を振りまきつつ、最終的に「???」で終わってしまうケースが多かった事を思えば、良く出来ている・成功点だとさえ言えるかも知れない所だけれど。

 なので、シリーズのラストを、取りあえずアポロガイストと決着を付けた後「さあ、また次の世界へ旅立とう」ぐらいで終わらせれば、実質「謎」の解明を投げ出したままであっても、さして不足・不満を感じさせなかったかと。
 公開中映画により大ショッカーは片付き、強引ながら ある程度(全部?)不明部分が解明され、完結したような気持ちにさせられているせいもあり、どうしてもこの先が見たい、劇場へ足を運ぼう!とは あんまり思わないんだけど、楽しかった作品である事は確かで、歴代ライダー総登場による「お祭り」の楽しさがまた味わえるなら、見に行く事自体はヤブサカでなく。

 また四、五年、普通のシリーズを続けた後、『ディケイド2』として、再度 全ライダー登場作品を企画しても良いんじゃなかろうか。


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