ときどき日記 2009/12

2009年12月31日 木曜日

 例年なら参加しているはずのコミケ三日目が開催された本日、午前三時半頃、娘が誕生しました。
 まだ羊水に ふやけていて、どんな顔をしているのかも定かには分かりませんが、親バカDNAの働きは素晴らしく、何やら可愛く見えてしまうから不思議。
 恐る恐る抱っこしてみたところ、予定日より遅れて産まれたせいか手も足もかなり力強く動き、油断しているとコチラの腕の中から飛び出そうとするほど。
五体満足で元気なら、言う事なし。

 未だ実感に欠けているのですが、ぼちぼちと「親父」になっていかなきゃイケナイな、と思っております。
 今日の良き日を迎えられましたのは、ダメな自分を支えて下さいました皆様のお陰。
ありがとうございました。
 あと、ヨメもホントにありがとう。

 また病院に戻りますから、今年はこれで。
 よいお年を。


2009年12月30日 水曜日

 地上波で放送された映画『リーピング』を見る。
 『エルム街の悪夢5(見たと思うけど憶えてない)』『プレデター2(好き)』『ロスト・イン・スペース(駄作だけど好き)』のスティーブン・ホプキンス監督。

 予告で見た「少女の回りを大量の虫が飛んでいる映像」が鮮烈で、てっきり蟲使い少女ホラーかと思っていた。
聖書の出エジプト記に描かれた十の災いを元ネタとして、超常現象に翻弄される街と、その調査に赴いた女性を描く内容なのね。
 ヒロインが心に負った傷を、単なる小道具扱いせずストーリーの中核に据えて、謎の少女へのアプローチに生かしていくのが上手い。
 血の色に染まる川、空から降るカエル、一瞬で腐ってしまう食物…映像の撮り方はドコを切り取っても鮮やかで印象的。
 予告で見られた虫のシーンも、まず家屋内のカメラにより、窓に次々張り付き真っ黒に染めていく何かの影、という所から見せて不安と期待を煽る演出が巧妙。
 CGが露骨なラストの超常現象には感心しない部分もあるけど、まあこれぐらい派手な方がサービスとしては有効なんだろう。

 危機感や恐怖を醸し出す演出は控え目で、怖くない。
グロ描写が抑えられており、本来「気持ち悪い」はずのシーンもサラリと見られるのは、美点に数えるべきか。
 ちょっとイヤな後味を残すエンディングがホラー映画っぽい。
 続編があるとしたら、『オーメン』みたいになるのかな…いや、『キャリー』?


2009年12月29日 火曜日

 衛星で放送された映画『ゲット スマート』を見る。
 監督は、『裸の銃を持つ男PART33 1/3』『ナッティ・プロフェッサー2』の…DVDも出てないみたいだけど『元大統領危機一発/プレジデント・クライシス』が好きだなあ…ピーター・シーガル。
 四十年ぐらい前、日本でも放送された米テレビドラマ『それ行けスマート』の劇場版。
田舎では放送されておらず、有名な部分…靴底通信機なんかを知識として知っている程度。

 『裸の銃…』や『オースティン・パワーズ』を予想して見たが、それらよりはストーリーがマトモ、というか真面目に作られている。
 主人公スマートは、元々スパイではないため、格好良く大活躍こそ出来ないけれど、自分の専門分野においては有能であり、任務を完遂する意志も力も持っている。
「アホでドジな主人公が、図々しさや偶然に助けられ、何となく全てを上手く片付けてしまう話」ではない所に、好き嫌いはあるだろうか。
 個人的には、ドレビン警部補も好きだけど、スマートぐらい「核」になる部分を持っているキャラクターの方が、見易い。

 とはいっても、グズグズのしつこいしつこいギャグは満載されていて、盗聴防止バリア(?)に潰されそうになる人とか、飛行機トイレでの奮闘、『007ムーンレイカー』のパロディ、敵基地に潜入して繰り広げる しょーもないネタなんか、好き。
 クライマックスは、フツーのアクション映画として見せられても不満のないレベル。
 馬鹿部分と真面目さの配分が、丁度上手く行っていると感じられる。

 内容は無いし、絶賛するようなシロモノじゃない(そういう意図で作られてもいない)んだけど、暇つぶしの楽しみとして見るには適している、楽しい映画。



 お子様誕生は年明けになりそうな雰囲気、という事で、まあ焦ってもねえと思いつつ朝方、風呂に入って頭を洗っていたところ、寝ていたはずのヨメが風呂ドアを開けて顔を出し、「破水したみたい」と一言。
 えええええええ、遅れるって言ってたのに予兆もなくイキナリ急展開されても心の準備がいや待てこういう時こそ落ち着かなければそうそう軽く浴槽を掃除して…いやさすがにこんな事やってる場合じゃない、うわーうわーと飛び出して支度。

 病院に電話して現状とこれから行く旨を伝え、用意してあった荷物を車に詰め込み、気持ちを抑えつつ出発。
 道中、「あ、しまった!親からもらったベビー服忘れた!」と言い出すヨメに、まだ今日中に産まれるか分からず、ご両親が来るのも明日か明後日になるだろうし、ベビー服着せられるようになるなんてのは後の話、緊急に必要なものじゃ無し、隙を見て自分が一度家に帰って取ってくるから落ち着いて、と言い聞かせ、ああ自分は冷静だなあしかし急がなければ、と思ってふと気が付けば、遮断機が下りてなく警報音さえ鳴っていない踏み切り前でもう一分ぐらい車を止めて いつになるとも知れない電車の通過をひたすら待っていた。

 これはイカンわ。
自覚してるより動転してた。
 事故でも起こしたら取り返しが付かないから平静に平静に…と呟きつつ、どうにか無事で病院に到着。

 病院側も緊急の対応を取ってくれるのか、と思えば、フツーに待合室で待たされ、しばらく経って診察室に呼ばれて検査したところ……
 「まだ」という事。
 破水ではないと診断され、何かあったらまた来てね、家に帰ってイイよ、と言われ、帰宅。
 …あのドタバタは何だったんだー!ではあるけど、予行演習したんだと思えば、まあ。

 このまま何事もなく年を越した場合、明けて4日には強制入院、手を加えて出産に持っていくと医者から告げられる。
 デッド(バースか)ラインが決定。
 しかし、珍しくコミケも休むというのに、なかなか落ち着かない年の暮れ。


2009年12月28日 月曜日

『獣の奏者エリン』最終50話.「獣の奏者」

 大河ドラマ、完結。
 特に後半は、エリンを襲う運命が余りにも過酷であり、彼女が常に「死」を見据えて行動していることもあって、辛い展開が多かったけれど、それを踏まえて初めて到達できるクライマックスの有り様に、感動。
 リランとの関係を、「親子」であったり「親友」であったり、また「主従…飼い主である人と、所詮は分かり合うことなど出来ない獣」に描き、この間を常に揺れ動かして定めず、「少女の愛が種族を越えて奇跡を呼ぶ」単純な物語(そういうのも好きだけど)にしなかったのは素晴らしい。

 音無し笛、失われたエリンの指、彼女の言葉も届かず怪物然として狂乱するリランの姿と、巨大な力に蹂躙され流された人の血。
エリンとリランは、信頼とか友情という美しい概念だけで成り立つ関係ではない、という事を厳然と主張する印象的な小道具や事件が、絵空事のドラマに重いリアリティーを与える。
 エリンに襲いかかる無数の闘蛇達。
母が命を落とした状況と全く重なる、この恐ろしいシチュエイションが上手い。
 彼女が死ぬのは必然か、と思って見続けていたから…
ひと噛みで人間など両断する鋭い牙をもって、優しくエリンを咥え上げ、空へ舞い上がるリランの姿は嬉しく、胸が一杯になる。

 一年かけ、じっくり描いてきた物語があって、成り立つ最終回だったと思う。
 闘蛇を世話した経験、母との辛い別れ、ジョウンとの出会いと光に満ちた記憶、リランと共に過ごした学園生活…無駄が無く、どれが欠けても最終回のエリンは そこに居なかっただろうと思わせる。
 三ヶ月程度が多く、長くとも半年であり、一年間のシリーズを一気に放送することは希になったアニメ界の現状で、「その長さがあったから描き得た物語」を見せてくれたのは、喜び。

 王国上層部の話はちょっと薄く、エリン以外の動きが目立たない決戦の模様にも不満は残るが、「獣の奏者エリン」を語る作品だから、問題はないのかな。
 伝えたい物を持って、真面目に、しっかりと作られたアニメだった。
 母になったエリンを描く、第二期シーズンも有り得るんじゃなかろうか(原作では実際あるみたいだし)。


2009年12月27日 日曜日

『DARKER THAN BLACK 流星の双子』最終12話.「星の方舟」

 ああ、終わりなのか。
物語として、終わっているような、いないような。
 しっかり作ってあって、キャラもドラマも面白い部分が多かった、とは思いつつ、前シーズンと同じく大喜びで見終えられたとは言えない。

 幼くして死亡した少女が、弟のコピー能力により再生し捏造記憶も混ぜて自覚無く生活しており、ある時 契約者として覚醒して、最終的にはコピー地球で幸せに暮らしました……
うーん、そう言うならそうなんだろうけど、こう、何というか、腑に落ちない。
 「契約者」という、作品の根幹を成す設定さえ よく分からないからなあ。
 作品の大ファンであるヨメから、色々と説明を受けたけど、理解は出来ても納得に到り辛い。
強引だったり、分からない(説明していない)所が多すぎて不満なのかな。
 でも、それを言うなら「宇宙は三年前に彼女が作った」という『涼宮ハルヒ』設定なんかもっと無茶苦茶な上、実感し辛い訳で、コレは良くて『DARKER…』に文句を言うのは変だ!とも思う。

 難しいなあ、これ以上何か書こうとすると、このアニメの内容についてより、「飛龍 乱という人間の価値観」をダラダラ語ることになるんじゃないかと思う。
 感想とは そーゆーもの、なのかも知れないが、エラく長くなるだろうし、大変なので、まあ。

 オカマ親父と息子、その母ちゃんは、そこそこの時間を掛けて描いたキャラだと思うけど、割に思い切りよく捨てて行っちゃった。
息子が怒りを胸に蘇芳を追いかけてくるのかと……そういうよくあるパターンを裏切るドラマの作りを、多用する作品ではあるが。
 まだ続きがありそうだし、あるべきエンディング。
第三期があったならブツブツ言いつつもまた見てしまうんだろう、こんな文句ばかりの人間にも魅力を感じさせる作品なのは、間違いない。


2009年12月26日 土曜日

 もっと出歩いた方が良い、と産婦人科医から言われたので、ヨメを連れ出すべく映画『アバター』を見に行く。
 ジェームズ・キャメロン監督作品。

 大きな売りであり、企画意図でもあろう立体映像効果は、さすがに良く出来ている。
単にレイヤーを重ねたような単純な見せ方ではなく、奥行きを感じさせてくれて。
 時間もお金もかけて作り込んだだけの事はあり、異星の風景も、そこに暮らすナヴィや生物達の姿も、美しく、説得力を持って存在。
 ここまで描くなら、ナヴィは何を食べて生きているのか、とか、全く異なる文明形態を感じてしまうだろう「アバター」をナヴィはどう捉えていたのか等、更に彫り込んで欲しかった気分になってしまうが。

 ストーリーは、単純。
予告編で見て誰でも想像が付くだろう、大体その通りの内容。
 まあ、『タイタニック』だって船が沈むだけの映画な訳で、それでも最後まで見せてしまうのがキャメロンの腕。
 ドンパチが始まる後半は、面白かった。
前半の停滞感を吹き飛ばすパワーがあって。

 戦況を激変させる方法については、もうちょっと考えて欲しかったかなあ。
『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』で、割と都合良く出現してくれる死者の軍勢並み…いや、もっと便利かも。
 こういう力を味方にでも付けなければ原始文明が近代兵器に敵う訳ない、というキャメロン的リアリティーの表れ?
 事態は一段落しても、これで何もかもお仕舞い、とはいかないはず。
この後、より大変な事態が待っているような…いよいよ、となったら惑星規模での「覚悟」がある!と脅すのかな。

 主人公やヒロインより強烈な印象を残す、大佐がステキ。
酷いヤツではあるけど、軍人らしく断固として任務を遂行する、最後まで諦めない、という姿勢は、間違っているとばかり言えず、妙にチャーミングな所作も相まって憎めない。
この大佐をリーダーとして、エイリアンに挑んで欲しいなあ、ターミネーターとの戦争でもイイ。
 タフな女兵士役ばかり演じているイメージが強い、ミシェル・ロドリゲスが出演。
それでまた お馴染みの運命を辿ってしまうのが、妙に可笑しい。

 基本的に、『ウルトラセブン』な話なのか。
「ネイティリ、僕は…僕はね…ナヴィじゃないんだよ、地球から来たアバターなんだ。ビックリしただろう?」
「ううん、ナヴィであろうとアバターであろうと、ジェイクはジェイクで変わり無いじゃない」
「ジェイク、そんなにパンドラが好きになったのか。 よし、私は体を2つ持って来た…」
最後は『セブン』じゃないけど、こんな感じ。
 筋を取り出してみればベタな話をパワフルな映像で見せ、上手くまとめて きっちり面白がらせる、キャメロン監督らしい映画。
 特に3Dで、見ておいて損は無いんじゃなかろうか。



 最新単行本「ママの子宮(なか)にいらっしゃい」、本日発売となっております。
 出産祝いと思って是非お買い求めを…と書こうと思っていたのに、こちら側の日程が遅れているため お祝いの前渡し要求みたいになってしまいますけども、まあまあ、細かい事は気にせず。
 よろしくお願い致します。


2009年12月24日 木曜日

『そらのおとしもの』12.「逃るること叶わぬクサリ」

 イカロスもそうだけど、ニンフの心に空けた穴(傷)の作り方が、上手い。
この穴の形と大きさと深さと成立理由が、納得・同情できて、好意に値するものであるほど、「萌え」度合いが高くなる。
 この作品の主人公は、やっぱり困った男の子だし、普通に女の子達から好かれる要素には欠けていると思うが、穴を埋めるに不足のない存在ではあろう。
馬鹿でスケベなところも、それが故に彼女達の「異質さ」を気にしなくなっているとしたなら、美点にもなるのかな。

 今回はニンフがやたらに可愛く、ツンデレが崩れる(だいぶ前から崩れていたけど)魅力全開。
 以前、学校で飼育していた鳥を放してしまったのは、それっきりのネタだと思っていたため、再登場と、「自分を自由にしてくれた相手へ寄り添う気持ち」の象徴とする巧さに、感心。
 ニンフが、マスターの所に爆弾を持って戻る、という考え方をするのに驚く。
彼女がマスターへの怒り・憎しみ、といった感情を顕わにしたことは無かった…ように思うけど、感情を持つエンジェロイドが あれだけ酷い目にあって平静でいられるはずもなく、実に納得。
 それでも、「殺す」というより、「私と一緒に死んで」ぐらいの考え方をしているのが、悲しい。

 どういう終わり方を迎えるのか…原作連載は続いているのだろうから、取りあえず一段落ぐらいか…次回を楽しみに待ちたい。



 ヨメの定期検診で病院に行ったところ、なかなか出てこないみたいで、予定日から最大二週間の遅れもあり得る、と言われる。
 うわー、年が明けるよ。
早産は考えていたけど、遅産(でいいのかな?)は予想しておらず、余り胎内で育ちすぎると通常の出産は難しくなるとも言われ、オロオロ。
 まあ、生きて、どうにか無事産まれてくれればそれだけで。


2009年12月23日 水曜日

 衛星で放送された映画『ヘルボーイ』『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』を連続で見る。
 両作とも、『ミミック』『ブレイド2』等で独特の映像を見せてくれたギレルモ・デル・トロ監督。

 一作目は、以前にも見たことがあるんだけど、その時に感想を書いたんだったかどうだったか。
 映像もキャラクターも面白いとは思いつつ、半魚人・エイブなんて凄く印象的なデザインなのに、突然出て来て余り活躍せず、不満だった覚えが。
 屋上で、ヘルボーイと子供がポチポチ喋るところは、映画としてはまるで無駄な場面なんだけど好き。
 今、見返すと、この世界の中心となるヘルボーイのキャラクターを立て、彼にまつわる世界設定を理解してもらうのが目的だったのかと思え、そう考えると悪くない内容。

 作品としては、設定の紹介が終わり、登場キャラクターをより彫り込む形で展開する『ゴールデン・アーミー』の方が面白い。
独特の世界観を、更に容赦なく見せつけていて。
 一応はヒーロー・アクション物の体裁だけど…
ヘルボーイの命を奪わんとして体に刺さったままの剣の切っ先が、最終バトルのカギになるのかと思えば、突然にも突然に解決されてしまったり。
自分より遙かに強い敵に対し、どう戦いを展開するのか期待すれば、特に理由無く二回戦ではヘルボーイが強くなっていたり。
最重要アイテムを、よく分からない感情の動きによりエイブがアッサリ渡してしまったり。
 酷いのは、一作目で語り部となっていた新人捜査官を、「南極へ飛ばされた」の一言で片付けてしまうところ。
俳優さんの都合か…まあ確かに要らないキャラではあるが。

 しかし、今回は、頑張ってドラマを見せるエイブが楽しかった。
ヘルボーイと二人、ベロベロに酔っぱらって恋の歌をデュエットするシーンは、無駄っぽいんだけど好き。
 上半身を起こして入り口になる岩巨人とか、下半身を無くした光物好きのゴブリン、無敵のゴールデン・アーミー軍団に、エラく強いエクトプラズム上司といった新規キャラクターが魅力的。
可憐なエルフ王女も、エイブが好きになって不思議無い美しさ。

 「正義」「悪」といった二元論では割り切れない、複雑な世界の有り様を描いており、一種族を絶滅させて救った人間から罵倒の言葉を投げつけられるなど、最後にヘルボーイらが取る選択もヤムナシかなあ、と思わせられる。
ここに繋げるには、ただの人間であった一作目の新人捜査官はチームに居ない方が、スッキリするだろう。
 『3』まで作られる?
今度は、ヘルボーイがダークサイド(ラストで明かされるリズの事情も、アナキンと被る)に堕ちるのかどうか、辺りがメインテーマになるのかな。



 本日が予定日ですが、先日の診察で医者から「日程は遅れそう」と言われ、しかし本人はかなり近い兆候を感じているそうで、先行き不透明。
 今日が誕生日になったら、23、24、25日とウチでは連続してケーキを食べる、ケーキトライアスロンの三日間にしてやろうと思っていたのに。
 明日か明後日になるようなら、イブもしくはクリスマス当日をウチだけは「順延」して、先に子の誕生日を祝いたい。
そんなキリストとかいう見たこともない人の誕生日より、お子様の方が大事。


2009年12月22日 火曜日

『とある科学の超電磁砲<レールガン>』12.「AIMバースト」

 一連のレベルアッパー話、一応の終章、かな。
 音楽?を用いての超能力レベルアップ、という設定には無理を感じるなあ、と思っていたけれど、その真相である、一人では弱い力しか持たない各人をネットワークで繋げ、並列処理を行って能力を底上げするアイディアには、感心。
 パーソナルなものだという認識しかなかった超能力に、こういう捉え方があったとは。
 いや、「手を取り合い、心を重ねることで、信じ合う仲間の能力を何倍にもする」美しい形でのスーパー超能力発動なら、これまでにもあったろう。
しかし、ネットワーク時代ならではの、各個人には「繋がっている」事すら認識させない集合体の編成が、新しい。

 超能力って、多くの作品では忌避され、隠匿するべき陰の力として扱われる事が多いような。
 それが、能力者を集めて(集めるために)作られた学園都市内では、能力の強い者ほど「上」にあり、弱い力しか持たない者は踏みつけにされ、劣等感を抱いてしまう。
 普通とは逆でさえある価値観を徹底して描き、虐げられ、力を求める側の気持ちを自然に理解させてくれる作り込みが、素晴らしい。
佐天の弱さ…心の揺れに、だからこそ説得力を持たせられる。

 美琴とレベルアッパー・モンスターの戦いは、持つ者と持たざる者の対立にも思える。
モンスターが、持つ者への怒りや羨望、欲望から産まれていることで、なお。
 ただ、美琴には持つ者の驕り、といったものがまるで無く、どちらかといえば持つが故の義務すら背負っているように感じられてしまう。
黒子もそうだが、怒りに任せて無制限に力を放出せず(悪辣な光学迷彩的能力者に対しても、殺す・大ケガをさせるつもりは無かった)、常に抑制して、相手の事情さえ考える気持ちの有り様が、彼女達を持つ者の傲慢さから遠い存在にする。
 美琴らが強いのは、「力を持っているから」ではない。
この描き方が、実に嬉しいところ。
 美琴が好意を抱く上条の能力が「異能力を消す」ものである事とか、良く出来てるなあ。

 すぐ脱ぎたがるサービス過剰なおバカさん加減と、裏腹な抱え込んでいる重荷で魅力ある木山は、再登場して欲しいキャラ。
彼女の苦悩がまだ何も解決しておらず、このまま消える訳はないだろうが。
 美琴と黒子のジャレ合う関係も楽しいけれど、互いを思い合う初春と佐天の親友ぶりも心地良い。
 モンスターと美琴の戦いを迫力あるものにする、演出と作画の頑張りは、感心するレベルだった。


2009年12月21日 月曜日

 ソフトバンクの白い犬CM、列車乗り換えの風景で中村市(現・四万十市)の駅が出ていて、驚く。
うわー、懐かしい。
 しかも、ここから高知へ行こうとして方向を間違えた、という事は、終点・宿毛(すくも)市へ行っちゃった?
 続編で宿毛の風景も出してくれると良いなあ…田んぼの中に無理して立てた水車とか、細い水路にビックリするぐらい太った鯉が泳いでるとか、それぐらいしか名物(名物か?)はないけど。

 中村駅で乗り換えを間違う、というのは普通ありえない話。
他県から中村まで来る場合、岡山から瀬戸大橋を渡り四国へ入る列車に乗り換えるか、高知龍馬空港に着いて高知駅へ移動し列車に乗る、大抵はどちらかだろう。
 空港経由の場合、CMでの目標だと思われる桂浜・龍馬像は空港から ちょっと行った所にあり、わざわざ高知駅から列車に乗り込むのは無理が。
 岡山乗り換えも、途中でイヤでも高知駅を通ってしまうため、「熟睡していて乗り過ごしました」といった設定がなければ、不自然。

 愛媛県の松山空港を利用し、窪川で乗り換えて高知を目指すなら、方向を間違えてくろしお鉄道に乗り、中村へ行ってしまう可能性もあるかなあ……何のためにそんなヤヤコシイ旅程を組んだのかは分からないけど(空港近くの道後温泉に寄りたかった?)。
 あと、細かく言うと、CM最後の方で車窓外に出てくる赤い鉄橋は四万十川に架かる橋だと思うが、それの見える方向から考えると、「宿毛から中村に向かっている…方向としては高知へ向かっている」事になり、「逆ですよ」ではないような。

 いや、そんなウダウダ言うような話じゃなく、懐かしい風景やら方言(幡多弁)が聞けただけで、嬉しい。


2009年12月20日 日曜日

『キディ・ガーランド』10.「生きていた、2人」

 襲撃を受ける二人…いや、ディアを入れて三人。
 だから、どうしてアスクールらは危機に陥った際、ディアのパワーアップ・キスを受けないのか?
タマでさえ、危なくなったらそれで超常的パワーが引き出せることを憶えていて、実行し、ディアを守ったというのに(だから、スタッフが設定を忘れた訳ではない)。
 「超パワーを発揮できるのは僅か一分程度、その後は無防備になってしまう」「ディアの体への負担が激しく、出来る限り使用を控えている」といった制限か、「正規GTO要員を目指す彼女らにとって、他者の力を借りて任務を遂行することは良しと出来ない」など心理的枷でも嵌めておけば良かったかなあ。

 危機回避は、トリクシーらからの特殊能力伝承により、成される。
これが余りにも唐突で、目が点になってしまう。
 亡きトリクシー・トロワジェィンがアスクール達の心の中に生きている、というのと、ランク上エージェントの奥義をホイと使えるようになる、というのの間には、かなり距離があるような…

 いや、アスクールは瞬間移動能力を持っている訳で、この作品での原理は不明だけど「空間に裂け目を作ってその間を移動している」と考えると、その裂け目を固定・移動させ、敵の体に割り込ませることで両断できるようになったと考えれば、トリクシーの技からそう遠くないのか。
 ク・フィーユも、未来予知能力…「時間を操り未来の光景を認識している」なら、大きく時間に干渉して、敵もろとも周囲の時間流を止めて動けなくするのも、かけ離れた能力ではない……?
 まあ、このぐらい無理を言って良ければ、アスクールが「敵を空間の断裂に落とし込んで行動不能にする」でも、ク・フィーユが「異なる時間の輪により敵の繋がりを断つ」でも、出来そうな気はしてしまうが。

 ディアの力が使われないのも、トリクシーらの力を継いだのも、裏に設定があってやっている事…ではないかと思う。
でも、説明してもらえなければ「テキトーな話」と変わらない。
 悪ふざけで三十分取るより、ここに時間を費やすべきだったのでは。
 後でまた詳しく語るつもりかも知れないが、当事者であるキャラクター達がそこらに何の疑問も持っていないから、「謎」として認識して良いかどうかも分からず。


2009年12月19日 土曜日

『にゃんこい!』最終12話.「天国は待ってくれる?」

 元気なキャラクター達を元気な作画で描き、明るく楽しいストーリーを見せてくれたシリーズ、最終回。

 ヤマンバ顔からのギャップ、だけでなく、その後も一貫して一途で けなげな様子を見せてくれた、加奈子が可愛い。
幼馴染みでもあり、メインヒロインに据えて良いキャラだと思うけど、ここまでの描かれようでは想いを成就させるのが難しそうなポジションで、可哀想。
 ツンデレと電波系の桐島ツインズも、愉快。
特に、正しく美少女な外見と裏腹に、恐ろしく飛んだ行動と言動を見せる琴音は、いつまでも眺めていたくなる魅力あり。

 そういうサブヒロインズに比べ、メインの攻略対象であろう楓は、勿論良い子であり天然ボケ加減が楽しくありつつも、ちょっと弱いかなあ。
 第二期の制作が決定(予定?)されているようなので、彼女に魅了されるのは、まだこの後、なのか。
 再開を楽しみに待ちたい。


2009年12月18日 金曜日

 映画『宇宙戦艦ヤマト 復活編』を見る。
 『完結編』以来、26年ぶりの正統ヤマト。
この間に、西崎側は『YAMATO2520』、松本 零士側は『大YAMATO零号』を制作してはいたけれど、どちらも個人的に『ヤマト』の魂を継ぐものとは認められない、不満足な出来だった。

 で、今作。
 キャラクターデザインのラインが元のシリーズから大きく変えられており、オリジナルのファンとしては不服。
劇中に『完結編』の回想シーンが挟まれていて、描き直しなど無しでそのまま当時のキャラ絵を見せられるため、余計に違和感が強い。
 キャラクターデザイン・総作画監督の湖川友謙は、『さらば…』でも作監を務めており、その際 得意のアオリ絵を多用したりしていたけれど、絶頂期の腕があったためか『ヤマト』の世界観を壊すことなく「上手い!」と思わせられたものなのに、今は……
 確かに、今回のキャラの方がCGメカとの親和性は高いかも知れないが。
 オールドファンの拘りを余所にしても、魅力の薄い、面白味を感じ辛いデザイン・作画になっているのは残念。
見ていると、次第に馴染んでは来るけれど。

 ストーリーは、とてもじゃないが「今日的」とは言えない。
大時代がかっており、『エヴァ』も『ハルヒ』も通り過ぎた今、作られる物語とは思えず。
 また、「ヤマト至上主義」とでも言うような思想で作品が貫かれていて、地球人はともかく、さして交流のない宇宙人達まで、やたらヤマトに拘り、受け入れ、無条件で「凄いもの」と認識する。
 大艦隊を率いて戦うのに、結局はヤマトだけあれば足りてしまう…他の艦は露骨に「オマケ」扱いされてしまうのも相変わらずで、『銀河英雄伝説』を経た作品じゃないなあ。

 等々、平成の時代に、「面白い物」を見たい お客様へ、自信を持って届けられる内容ではないと感じられる。

 では個人的につまらなかったのかというと…
いや、結構 面白かった。
かなり好きだ。
『ヤマト』に今でも思い入れてる年寄りが見るには、満足度の高い映画に出来てるんじゃなかろうか。

 ズタズタにやられた戦艦の描写や、コスモパルサー発進プロセス、3Dを駆使して空間の広がりを感じさせる宇宙戦闘に、時代を経た「今」を感じられる。
全砲門を開いて攻撃するヤマトのパワフルな勇姿は、手描き作画では なかなか見られなかったもの。
 3Dモデルの都合…じゃないかと思うけど、とにかくいくら被弾しても傷さえ付かないヤマトの危機感皆無な無敵船体ぶりが、ちょっと楽しかったり。

 真田、佐渡ら、年長のヤマト乗員が取る選択に、ホロリ。
 タッチパネル操作でエンジンルームを制御する双子キャラに、徳川太助が見せる昔ながらの技術屋魂には、拍手。
 ヤマト世界では、どんなに進んだ無人メカより人の手で操作するモノの方が強い、戦いは無形で非科学的な「魂」とか「根性」の総量が多い方が勝つ。
『2520』や『零号』では割とナイガシロにされてきたこの基本概念が、きちんと理解・踏襲されているのは喜ばしい。
 六つのパーツに別れたデカい敵が出てくるので、誰にでも「あぁここで六連波動砲を使うのね」と分かり、笑ってしまう。

 地球に迫る理不尽で絶対的な危機、次々全滅させられる移民船団…この辺りの緊張感は、なかなか。
 ヤマトを見た異星の人々の心境変化は不可解だけれど、「ヤマトは宇宙一の凄い艦なんだから当たり前だ」という闇雲に「曇った」目で見れば、問題なし。
 この映画だけで完結する訳ではない、と聞いていたため、この辺りで終わるんじゃないか、キリが良いからこの辺までだろう、とつい予想してしまうのを覆し、長い長い、まだ続くまだ続く、イベントに次ぐイベント、もうグッタリするぐらい。
「絞り込んで面白く見せる」構成としては失敗していると思うが、盛り沢山のサービス精神、なんだろう。

 雪が不自然な重責を負わされていたり、子持ちだというのに無理に脱がしたり。
 娘に拒絶され、家庭内に問題を抱えている古代のドラマは、続編へと引くのかも知れないが…描き方が上手いとは思えず、余計でさえあるかなあ。
 自軍・友軍・敵将の死に際して古代の感情に余り動きが無く、盛り上がらない。
年齢を経て それだけ冷静な男になった…のかと思えば、娘のためには恐ろしく勝手な行動を取るし。

 まあ、特に『新たなる旅立ち』以降のヤマトは、全体にこういうテイストで、ツッコミ所満載な作品と化していたのだから、今更。
 平日の午後、5人ばかりしか居なかった劇場の観客は、全員(勿論 自分含め)いい歳のオジサン。
「また『ヤマト』を見たい」オジサン達の願いに応えるため作られた映画であり、どうにか応えられる内容でもあるかと。
 ただ、ファーストテレビシリーズや『さらば』の神がかった作品レベルに到達するなど、皆様の予想通り、今更 不可能。
しかし『永遠に』『完結編』と同程度ぐらいには、面白く出来ていると思う。
だから、これらが楽しめた人にしか お勧めできないし、見る必要も無いかと。


2009年12月17日 木曜日

 いずれ お子様に読み聞かせをするため、絵本を探して ぼちぼち立ち読みを続ける。
 絵本といっても、色々あるんだなあ。
単純に言葉のリズムだけのもの、大人が読むとビックリしてしまうぐらい何も事件が起きない、ストーリー希薄なもの。
静かな雪が降り積もる景色に、ぼんやりと「人類滅亡」を感じさせる、ちょっと怖いものも。

 「三びきのやぎのがらがらどん」を読む。
四十年以上前に発行された有名な絵本のようだから(自分もタイトルには覚えが、内容は読んだ記憶ないけど)、既知の方には今更の話。
 全員「がらがらどん」という名前の三匹のヤギが、山に向かう途中、恐ろしい巨大トロルの居る吊り橋を渡ろうとする所が、メインのストーリー。
 このオチ…というかクライマックスが、素直と言えば素直なんだろうけど、よくある昔話の「知恵と勇気で切り抜ける」「小さい・幼いものが本当の強さを見せる」ようなパターンから大きく外れており、「どうせこうなるんだろう」と侮る大人の予想を思いっきり裏切っていて、凄い。
立ち読みしながら、ええええ〜こんなのアリなの?などと呟いてしまうぐらい。
 子供や、よくある物語パターンから先を予想「しない」人にとっては、何の不思議もない普通の絵本かも知れないが。

 レビューを読むと、子供に好かれる話のようだから、いつか読んであげようかなあ。
 でも、ある程度 物語というモノに慣れてから、予想を裏切られる楽しさを味わうのが良いような気もする。


2009年12月16日 水曜日

 続けて映画『仮面ライダー×仮面ライダー W(ダブル)&ディケイド MOVIE大戦2010』を見る。
 ディケイドは、バトルの見せ方が面白く、スカイライダーの後を追尾するように伸びていくファイナルアタックライドのカード列なんて、感心するほどのアイディア。
 特殊武装を繰り出す、対ライダーJの巨大戦闘も愉快。
 うーん、誉められるのは その辺りかなあ。

 士を悪役として進めるストーリーは、夏の映画でも見せられたばかりのような……
観客の感情移入を殊更に拒否した構成で、これをひっくり返すには余程の物語的仕掛けがないと…と思っていたのに、???疑問符ばかりが連なる、制作者にとって手前勝手な理屈を「真相」として事足れりとしてしまうのに、唖然。
 本来終わっていた歴代ライダー番組だったが、ディケイドのお陰で新たに思い出してもらえ、商品寿命も延ばせたのだから、多少無茶しても、あるいは無茶した方が「悲劇」として強く印象に残せて良いでしょ、という理屈?
 それはそうかも知れないけど、そういう都合をドラマに織り込んで見せられても、対応に困る。

 夏映画と比べ、歴代ライダーの扱いは良くなく、オールドファンが喜ぶ要素も薄いと感じる。
 語りたい・語るべき事は、テレビシリーズと夏映画で全て終わっており、新たに映画を一本立ち上げる情熱を持たないまま、それでも撮らなければならなかった制作側の苦しさ、とでもいうようなものが伝わってくるばかり。

 『W』も、見ておかなければならない内容…とは言えないけれど、とにかく探偵長が格好良く、懸命に頑張る若者二人の姿勢も心地良くて、悪くない。
こちらだけで一本の映画にすべきだったのでは。
 この二本立てには構成上の仕掛けがあり、仕方なかったのだろうが。

 レンタルを待つか、テレビ放送されたら何となく見るぐらいで、問題ない映画。


2009年12月15日 火曜日

 ヨメの状態が落ち着いていて、まだ少し大丈夫そう……という事で、急ぎ映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』を見てくる。

 良くも悪くも、これまでのウルトラシリーズとは毛色の違う作り。
 良い点は、とにかくテンポが速くダレ場が少ない。
バトルに次ぐバトル、危機また危機を連続させていて、子供でも飽きる間がないだろう。
パワフルでスピーディーなアクションは迫力に満ちており、揶揄する意味での「怪獣プロレス」を越えた格闘戦に進化していて、光線技の見せ方にも「新世代」を感じられる。

 悪い点は…
『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』をベース(の一つ)にしており、大まかな説明はあるが、未見の人間(特に年寄りは、「番外編」っぽいこの作品を見ているだろうか)に ちょっと入り辛くなっているような。
ウルトラ姿が多いため、変身前の人間ドラマと変身後の超人的戦い、という図式が薄くなっており、旧来の「ウルトラマンを見ている」気持ちを弱くする。
バトルをスピーディーにするため、見上げるアングルやスロー映像を用いた巨大感を醸す演出がほとんど無く、等身大ヒーローの戦いに思えてしまう。
 まあ、これらは「悪い」と言い切れる要素でなく、見方によっては「良い」所にさえ なろうが。
ノスタルジー頼りから抜け、新しい何かを見せて一歩踏み出そうという情熱の現れ、とも思えるので。

 ウルトラマンベリアルの凶悪な強さが、素晴らしい。
複数のウルトラ戦士による猛攻を物ともしないパワーは、圧倒的な悪の魅力に溢れており、ベリアルが一番好き!という子供が居ても不思議無い。
 強すぎるため扱いは難しくなりそうだけど、是非またドコかで再登場して欲しいキャラ。

 ウルトラマンゼロも、強さのランクが分かり易く、『北斗の拳』あるいは『ドラゴンボール』的に、満を持して登場するのは格好良いが…
オールドファンとしては、新キャラの超大活躍に、ちとフクザツな気分。
 力を求める乱暴者でありながら、優しい、その性格付けはこれまでのウルトラマンに無かったものだし、ダブルアイスラッガーを飛ばした後でも頭部が物足りなくならないデザインは、非常に格好良いけれど。
 ゼロもまた、パワーが強すぎるため、今後の扱いが難しそう。
もしシリーズにするなら、変身時間が一分間程度しかないとか、メンタル面が酷く弱いとか、あるいは しれっと「初登場御祝儀相場が終わったので、他の兄弟と強さを揃えます」とでもしなければ。

 老練さを伺わせるマンとセブン…ハヤタとダンの活躍が嬉しい。
 初めて?説得力のある画面にされた光の国の美しさ。
 レイとZAPメンバーの、信頼と友情が心地良い。
 キングの声を演じた小泉純一郎は、ワイドショーで見た時よりも声にエフェクトがかけられているようで、危惧されたほど不自然さが無く、まずまず。
 光の国で暮らす多数のウルトラ族、襲い来る無数の怪獣軍団…見たかったけれど現実には なかなか目にする事が出来なかったシーンが、多々。
 詰め込みすぎとは感じるし、もっともっと、を言えば果ては無いが、劇場で見るべき価値のある、新しい、面白い『ウルトラ』映画だと思う。


2009年12月14日 月曜日

『ささめきこと』10.「ハプニング・イン・サマー」

 同人少女・あずさに付き合い、製本作業に謀殺される純夏。
 「イベント前日に行うコピー誌製本」の大変さと楽しさ、希望と苛立ち、夢と現実がよく描けていて、ああ分かる分かる。
 元々やりたい事ではなかったはずなのに、最後まで諦めず、あずさを奮い立たせて やり遂げる純夏は、好意を寄せられるに値する良い子だなあ。
汐ばかり追いかけず、振り返ってみれば、美少年(美少女?)朱宮が居るし、迫れば簡単に落とせそうな あずさも居る。
意外とハーレムな状況なのか……最愛の汐も、純夏が寄せてくる・自分が彼女に寄せる好意を自覚しつつあるみたいだし。

 頑張ったけれど、イベントで まるっきり同人誌が売れない現実は、リアル。
 もう少し「夢」寄りにして、そこそこ売れさせて上げても良かったかなあ、可哀想だから。
 ただ、少女二人は恐らく「本を持って参加する事に意義がある」心境だったろうし、あずさは初めての親友と死力を尽くして本を完成させた事で満足、純夏は汐の一言で何もかも飛んでしまうぐらい嬉しかったと思え、それ以上はもう余禄か。


2009年12月13日 日曜日

 衛星で放送された日本映画『感染列島』を見る。
正確には、二十分程度まで真面目に見て、あとは飛ばし飛ばしの鑑賞。

 演出が軽い上、説得力に欠けており、どうにも安っぽい物語としか思えず、乗れない。
 元ネタだろう『アウトブレイク』(ウィルスが空気中を漂い、他者の口に吸い込まれる印象的なシーンなどそのまま)と比べて緊迫感や迫力が足らず、『復活の日』で短く描かれた、世界が滅びていく描写の絶望感にも及ばず。
 感染パニックを描きたかったのか、妻夫木聡の魅力で引っ張る病院ドラマにしたかったのか…どちらも中途半端。
 廃墟と化した街の様子など、そういう画面が欲しかった気持ちは分かるが、「そうはならないだろ!」と突っ込みたくなってしまう。

 実にタイムリーな企画だったし、題材は悪くないと思うんだけど……


2009年12月12日 土曜日

『キディ・ガーランド』09.「記念式典」

 GTOとGソサエティが全面的に対決し、ヒロイン側に死者?まで出る重い事態に。
…という事なんだろうけど、妙に緩く、危機感の薄い演出のせいなのか、どうにも「エライ事が起きている」実感に欠けてしまう。

 超能力合戦はもっとテンポアップして見せてくれないと、一々説明ゼリフが入るところや「もう力は使えない」などとわざわざ口に出して言う間抜けさ加減など、不自然に感じてしまい、何故ディアのパワーアップ能力を使わないのかも不思議に思える。
 特に、瀕死のトリクシー・トロワジェインを前に、ただ泣き騒ぐばかりで、応急処置をせず(原因からよく分からない?)救護隊も呼ばず、カタキを取ろうと闇雲に飛び出すとか更なる襲撃に備えて周辺警戒をするとかでもないアスクールらの ぼんやりぶりが、嬉しくない。
そこが彼女らの未熟なところ…でもあろうが、まだ非常事態下にあるはずだし、「泣き」のシーンは もうちょっと短く切り詰めて欲しい。

 Gソサエティは今回、現場でデマをばらまいてGTOの評判を下げるのも狙い?
遙か未来にしては原始的な…まあ、電子情報戦の攻防技術それぞれが極限まで行き着いてしまい、逆に口コミこそ有効になっているとか何とか、理屈が付けられなくはないのかな。
 意図して不可解な能力に描いているんだろうけど、敵ボスの「バラを刺す」攻撃方法は、凄いより恐ろしいより「よく分からない」としか受け取れず、これで死者を出されても戸惑う。



 衛星で放送された映画『カンフー・パンダ』を見る。
 ドリームワークスによる、3DCGアニメ。

 冒頭で見せられる手描き(風?)アニメーションの出来が良くて、特に海外作品でこういうものが少なくなっているせいもあり、このタッチを保って最後まで見せてくれないか、という気分になってしまう。
 惜しい事にその希望は果たされないけれど、3Dになってからも、リアルより漫画チックさを優先したモデリングや、カンフー・アクションの迫力、計算された色彩の美しさは素晴らしく、画面に見入らせるだけのパワーがある。

 5人(5匹?)の先輩戦士のキャラクターは細かく作られており、それぞれ立っていて面白い。
 亀老師の存在は深く重く、言葉は一々考えさせられる。
 レッサーパンダ老師とタイ・ランの関係が、「悪」を描くためなのか割合とスッキリしており、こうなるに到る経過が弱いのは気になる所。
見方を変えると、この物語は「力」を求めてシーフーが育ててしまったタイ・ランと、「信じる」事から育てたパンダ・ポーの戦いを描く作品だといえ、誰にも心を開けなくなっていたシーフーが救われる過程を描いている…のかも。

 食に対するポーの執着を強くなる切っ掛けに設定するのはアイディアだけど、それにしても体力ゼロ・カンフー経験ナシ・ダメダメの彼が戦士に育つ辺りはイキナリ過ぎ、ちょっと戸惑ってしまう。
 いや、一時間半ほどの上映時間で、これだけのキャラを捌きながらドラマも見せて、その上 弱虫からレベルアップしていくのに説得力を持たせろ、というのは無理なんだけど。
『はじめの一歩』みたいに小さい頃から体力を使う仕事をしていて足腰が鍛えられていた、とか、実は この世界でカンフーを確立した伝説パンダ種族の末裔である(安易)、といった理由付けがあれば、まだ納得しやすかったろうが。
 それでも、バトルに修行と同じシチュエイションを作って「慣れ・経験」による優位性を感じさせたり、とにかく頑丈な体(ツボが分からないぐらい厚い毛皮)を勝利に繋げるのは上手く、ただ安易に強く描いている訳ではないけども。

 少女?マスター・タイガーは、いくらかポーと好意を通じ合わせる事になるかと期待させて、そういうシーンは全然無く残念。
 元々はタイ・ランと戦って勝つべき重い宿命を背負わされていた所とか、ツンデレっぽい性格付けなど、彫り込めば より魅力的になりそうに思え、扱いが軽かったのは勿体ない。
続編とテレビシリーズの予定があるそうだから、アチコチ膨らませるのはその時、なのかな。


2009年12月11日 金曜日

 昨日、ヨメの検診のため産婦人科に行ってみたところ、陣痛らしいものの間隔が非常に短くなってきており、「もう産まれて不思議無い状態」だと言われる。
 予定日は23日だったため、入院の荷物など何も持ってきておらず、慌ててしまう。
 家の中も、まだベビーベッドを置ける十分なスペースが確保できてなく、更には「親になる覚悟」みたいなものも自分が思っているより あやふやだったようで、すっかり気が動転して、あわわあわわと うろたえ回る。

 ヨメに痛みの自覚が弱いせいもあり、まだ間があるだろう、「その時」が来週になるか明日になるか今夜になるか分からないけど、という診断を受け、不安ながら取りあえず帰宅。
 月が満ちればそうなるのは当然でしょう、といった態度で悠然として構えず、入院に備えた身支度もなかなかしない(それは急げよ)ヨメに対し、男は あわわあわわで頼りにならない事おびただしいなあと自省。

 ええと、取りあえず、本屋で見かけて立ち読みしたところ迂闊にも最後で泣いてしまったから買ってきた絵本「どんなにきみがすきだかあててごらん」でも、読んであげる練習をしたいと思います。
 もっと切羽詰まって優先しなきゃイカン事が沢山あるような気はしますが、まあまあ、この動転が収まるまで。


2009年12月9日 水曜日

 衛星で放送された映画『ポーラー・エクスプレス』を見る。
 『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のロバート・ゼメキスが監督した、3DCGアニメ。
声の出演で、トム・ハンクス。

 ゼメキスの3Dアニメ映画では、『ベオウルフ』がイマイチだったため、さして期待せず鑑賞。
 絵本が原作らしく、なるほど子供向けの内容。
 蒸気機関車で不思議な旅をするイメージは、『999』…いや、切符についてのやり取りなど『銀河鉄道の夜』に近いか。
 「何故こうなるのか」「これは何者なのか」ハッキリさせない語り口が、夢の中のような印象を与える。

 意外だったけど、アクションシーンが非常に多く、機関車を用いたジェットコースター的スピードの見せ方には迫力がある。
 車両間の繋ぎ目を渡る、屋根に登ってみる…普通の映画なら そんなに大した事のない場面だろうが、主人公である子供の目線を通していることで、「もしかして落ちたら大変」を実感させる、迫力ある画面に。
 列車が、氷原をスリップしながら激走していくアクションは特に素晴らしく、ハラハラさせられてしまう。
 「暴走」シチュエイションが何度も繰り返されるので、後半は「またか」もあるけれど、飽きさせず見せるのには成功しているんじゃなかろうか。

 人間のCG造形、特にヒロイン?が余り可愛くないのは残念。
 サンタを信じられない心の葛藤、同乗した子供達の間に結ばれる友情、主人公の淡い恋…辺り、無くはないけどドラマ的に少々弱い。
 しかし、終着駅に到着してからの理不尽でファンタジックなイメージは素晴らしく、子供は勿論、大人も納得させられる出来。

 クリスマスって良いなあ、と感じられ、親子で見れば、特に子供は絶対 喜ぶだろうシーンが連続する。
 いつか子供と見たいなあ、と思った…この映画の夢を見るんじゃないかな。


2009年12月7日 月曜日

『君に届け』09.「新しい友達」

 一話目以降、「ちゃんと見よう」と思う余り録画したまま置いてあったが、さすがに溜まりすぎたと思え、ここまで連続視聴。
 うわあああ、泣く泣く。

 基本的には別段珍しいストーリーではなく、大きくマイナス方向に凹んだ立場が少々変わっているけど、「本当は可愛いのに『私なんて…』と思っている女の子」というキャラクター付けは、一昔前の(今でも?)少女漫画ヒロインのスタンダード。
 そういう彼女が、クラスでも人気者の男の子から とにかく好かれている、というのもまた、黄金のパターン。

 しかし、イジメられているのに近い境遇にもめげず、世を拗ねた思考に陥らず、ひたすら頑張る爽子の姿が、文字通り爽やかで心を打つ。
 ヘタするとヒロインを虐めるキャラに設定されそうなヤンキー(的な風貌)少女二人が、意外なほど素直で優しく気持ちの良い性格をしていて、最初の親友になってくれるのは嬉しい。
こういう奴らは付き合ってみると気の良い連中だったりする…事もあるよね。

 今のところ、トイレでの大立ち回り?が一番大きな事件だろうか。
 盛り上げたいなら もっとどうとでも出来たかと思うが、余り大袈裟にはせず、他力本願でない爽子の自発的行動によって事件を解決に導いていく作り方が、結構。
友達二人との和解も心地良く描いて、もう大泣き。

 くるみの仄かな「黒さ」がリアル。
爽子と友達関係を結んだのは、「友達なら私の恋を応援してね」とか言って爽子の行動を牽制するため?
 このまま、胃がキリキリとするような切羽詰まった話にせず、穏やか、爽やか、癒し系の作品で居てくれると嬉しい。


2009年12月6日 日曜日

 衛星で放送された映画『ナルニア国物語 第2章:カスピアン王子の角笛』を見る。
 監督は、前作と同じく『シュレック』のアンドリュー・アダムソン。

 前作は「子供向けの童話」に思え、映像に引き付けられる所はありつつ さして感心せず見たけれど、これは面白い。
 王位を狙う野心により、正当な王子が殺されようとする冒頭からダークだし、ファンタジーの王国だったナルニアが、時を経て、現実的な人間の侵略により ほぼ壊滅しているショッキングさも、相当。
 別に前作も脳天気な内容ではなかったが、今作では全編をシリアスな空気が覆い、気を抜くと主人公達でも死んでしまいかねない。
 襲撃作戦の失敗、最後まで城門を支えたミノタウロスの絶命、城内に取り残されたナルニアの者達の縋るような目…余りにもシビアな内容で、愕然。

 また、カスピアン王子とピーターの不仲や、ルーシィの言葉を信じない兄姉達、といった、人間の「生」な感情が出ている所も、綺麗事でなく面白い。
 悪役・ミラースは、戦闘力が強いキャラではなく、策謀を巡らし・裏切り・他者を追い詰め・危険な状態にある妻の身さえ見捨てて(まあ、彼女が殺されることはないと踏んでもいたろうが)逃げ出す、人間っぽいと言えば これほど人間っぽい者も居ないだろう男。
流血を避けてテルマール軍の武器を盗み出したナルニアを貶める(それと手を組むカスピアンをも恐怖の存在に祭り上げる)ため、「犠牲者があった」事にする偽装が、圧巻。
あの後、言葉を本当にすべく自軍の兵士を実際に殺して、見せたのだろうか?
 死を賭けた戦いを前に、配下の者達に「悪く思うなよ、私がもし、生き延びても」と言う自虐ギャグというか お茶目さが、ミラースを妙に憎めないキャラにしている。

 この悪辣なミラースを倒すためには、少年漫画的に「恩讐を越えて手を組む」展開もアリだったかなあ。
前作であんなに苦労したのに何だ!ではあろうけど、ナルニアが抱える戦力として最大級のモノであるのは間違いなかろうから。
 悪党といえど無慈悲に命を奪えない、殺して何かを手に入れる人間に堕ちたくない…男の子達の心意気は立派だが、乱戦の最中では敵一般兵を結構な数 斬り殺してるはずで。
汚い手を躊躇いなく使う者を自軍内に抱える度量もまた、指導者に必要だったかも(作品としては「それは間違い」と描いているが)。

 ただ、やはりこの作品の舞台は「ファンタジーの王国・ナルニア」であり、深刻さや精神の暗黒面より、明るく楽しく「夢」を信じる力こそが最強の力となる。
 だから、兄妹達の中で、重苦しい雰囲気に流されず、一人かつてのナルニアを忘れず、アスランを信じ続けたルーシィこそが逆転のカギとなっていく。
 逆転…といっても、「これまでの真面目な話は何だったんだぁぁ」と思わされる行き過ぎた戦いの決着には、ビックリ。
これが出来るなら、なんでナルニアは壊滅の危機に瀕したのか。
アスランはどうして多数の死者が出ているのを放って、姿を隠していたのか。
 よく分からない…神の御心は計り難し、かな?だけれど、「ファンタジーの勝利」が愉快だったのは確かだから、いいや。

 CGを多用した迫力ある合戦シーンや、拘りを感じる画面の美しさは、満足のいくレベル。
 このぐらい楽しませてくれるなら、三作目が公開された際は劇場まで足を運んでも良いなあ、と思わせる面白さだった。


2009年12月5日 土曜日

『TO』02.「楕円軌道(後編)」

 原作が見当たらないので比較は出来ないけど…
 危機感が酷く薄いし、逆転に到るアクションは、過程をかなり飛ばしている上、いい加減すぎ。
物陰の主人公側を撃つのに、遮蔽物など何も無い宇宙空間で棒立ちの悪役達。
正義側・悪役側の銃弾命中率が、ハリウッドお気楽アクション映画並みの御都合ぶり。
 馬鹿話ならこれでも良いけれど、何かしら真面目に描こうとする作品なら、もうちょっと考えて演出すべき。

 曰くありげな男女関係の「オチ」となるセリフに、上手く衝撃を乗せられてないのも難点。
ここが成功していないと、この話を映像化する意味その物に疑問が。
 前編で感じたモノ足りない印象を覆すことは出来ず、やはり「お金を取って見せる事を前提に作られているとは思えないレベル」としか。



 衛星で放送された映画『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』を見る。
 情報をサッパリ仕入れないままでの鑑賞。

 テレビシリーズは、レベルの高かった作画をはじめ、キャラクターやイメージの良さなど好きな所が多いけれど、乗り切れないストーリーに疑問を感じた部分もあり、善し悪し。
といっても、ストーリーの細部はもう記憶に薄い。
 それでも…さすがにこの映画は、テレビと全く違う内容に変わっている事ぐらい分かる。

 映画用として、設定から物語まで、新たに一本テレビシリーズを立ち上げられるぐらいの濃度で作り直したのだろうと思う。
その努力には感心するけれど、上手く「語らない・使わない・捨てる」事が出来なかったものと見えて、長いテレビシリーズをダイジェストしたような、ギュウギュウに詰まった駆け足の語り口になっている。
 本当に、元になったテレビシリーズのダイジェスト劇場版であれば、少なくともシリーズのファンには分かり易い内容になったろうが、大きく違っているため、「シリーズファンは次々出てくる元設定との違いに混乱する」し、これで初めて『エウレカ』に触れる観客には「ただ分かり辛い」映画になってしまった。

 例えると…
『エヴァンゲリオン』の第一話を、エヴァに初めて搭乗するシンジが、初戦で、クラスメートだとセリフで説明されるトウジの乗る使徒侵略参号機と戦うエピソードから始め、並行して人類補完計画とやらの障害になるのか何だかネルフ本部にもう戦略自衛隊が突っ込んできた、みたいな慌ただしさ。
 いや、何も『エヴァ』で例える事はないんだけど、劇中、「男の戰い」を連想させるシーンがあったもので。

 新作画のクオリティーは高く、空中戦の迫力は相当なもの。
 キャラクター(特にレントン)の絶叫にはハッとさせられ、胸を打たれる部分あり。
 いい加減に作ってあるとは思えず、意味や面白味を受け取れない箇所についても、何度か本編を見直す事で、理解は進むのだろう。
ただ、見直すにも相応のエネルギーが必要であって、それを後押しするべき初見段階での「面白さ」提示が弱いのは、残念。



 単行本入稿、ほぼ終了。
大した作業量じゃないはずなのに、えらく時間が掛かってしまいました。
 これで、今月26日には無事 書店に並ぶ…と思います。

 予定通りであれば、子供が産まれて間もなくの発売。
出産祝い、ミルク代を恵んでやるんだと思って…まあそれにしてはタイトルに問題があるような気はしますが…一つよろしくお願い致します。


2009年12月2日 水曜日

『あにゃまる探偵 キルミンずぅ』09.「屋根裏の白い恐怖 !?」

 ずっと見てきたけれど…
 子供向け作品として、明るく分かりやすく楽しい内容で、どこも拙くない。
 ただ、本当に子供向けに作ってあるため、いい歳のオッサンが面白味を感じられる部分は少ない。
小難しいテーマも、ヒネたパロディーも、突っ込まずにいられないグズグズの部分も無い事で、視聴意欲は弱めに。

 これで良いのだと思う。
 妙な色気など出さず、正しい子供向け作品として最後まで行ってくれると良いなあ、と思いつつ、視聴はここまでに。

2009年12月1日 火曜日

 映画『2012』を見る。
 監督、ローランド・エメリッヒといえば、『インデペンデンス・デイ』で爆風がビルの向こうから車をバンバン跳ね飛ばしつつ近づいてくる映像を撮り、『GODZILLA』ではビルの谷間をゴジラが車をバンバン跳ね飛ばしつつ迫る映像、『デイ・アフター・トゥモロー』だと押し寄せる大量の水が車を(以下略)。
 『紀元前1万年』は箸にも棒にもかからない弱った映画だったが、それは「車をバンバン跳ね飛ばして迫る何か」の お約束イメージが入らなかったから、監督が乗り切れなかったのではないだろうか(違う)。
マンモス暴走があったので、本来なら ここがそうなるハズだったのかも知れないけど、大して派手にならず終わってしまったからなあ……

 この『2012』では、予告編から、「車をバンバン跳ね飛ばしつつ迫る巨大地震・地割れ」が見られたため、期待しつつの鑑賞。
 うーん、まあ『デイ・アフター・トゥモロー』よりは面白かったかと思う。
大層なストーリーは無く、テーマパークのアトラクション・ライドに乗って見るのが相応しいような体感破壊映像を連続し、イベントムービーとして楽しく出来ているから。
 映画前半部のハイライトを ほとんど予告編で見せてしまっており、本来 驚き呆れ笑わされるべきカタストロフの凄味が、「テレビで何度か見た」ものとして感動薄くなってしまったのは残念。
CGの迫力は凄いけれど、映像の見せ方自体には工夫が弱く、同じような地震と津波と危機一髪で離陸する飛行機のイメージが繰り返され、後半に行くと感覚が麻痺してしまうため、前半でどれだけ観客の気持ちを掴めるか、が命であったろうに。

 ストーリーの中心は、壊れかけた家族の再生、という非常にアリガチなもの。
 売れない小説家だがヤバげな大富豪の運転手もやっていて超絶のドライビング・テクニックを誇る主人公の設定は、だいぶ無茶。
「未曾有の危機」を現実の物として体感してもらわないと、困る映画じゃなかろうか。
主人公により、アクション映画ヒーロー並みのカー・スタントを見せられて、事態を「リアル」に感じ取れる観客も少ないような。
 家族の再生を、真面目に描く作品じゃないんだけど、それにしても後半での片付け方は酷すぎ。
色々と面倒臭くなるなら、別に「壊れかけた家族」状態から始めなくても良いんじゃなかろうか。

 等々、不満は数多くあるけれど、最初から物語を期待すべきでない事は分かっていたはずであり、望む方が間違いかも。
 花火大会を見に行って、「花火の種類に工夫がない」とか「途中で飽きた」とは言わない、そういうつもりで割り切り、CG技術の進化を楽しむ映画。
 劇場で、大破壊を大画面と大音響で堪能しなければ、ほとんど価値が無かろうな。


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