ときどき日記 2010/11


2010年11月30日 火曜日

 米俳優レスリー・ニールセンが亡くなる。
 大好きな『裸のガンを持つ男』シリーズや、その前身である『フライング・コップ』での ふざけた演技は勿論、『刑事コロンボ』の二枚目姿も印象深い。

 米監督アーヴィン・カーシュナーが亡くなる。
 『スター・ウォーズ』シリーズ中で最も好きな『帝国の逆襲』を監督された方。
 それ以外…『ロボコップ2』は、公開当時 評価を低くしてしまったけど、今見ると悪くない。
『ネバーセイ・ネバーアゲイン』は…うーん、「殴っても蹴ってもダメージを与えられない強敵に対し、ビーカーに入った自分の尿をぶっかけて倒す」という しょーもない展開が『オースティン・パワーズ』っぽく、お下劣で007として有り得なさすぎ、そればかりでなく全編ボンドも敵もアホな行動ばかりで、これは残念だった。

 アニメーション監督・飯田 馬之介が亡くなる。
大ファンだから、これは辛い。
 OVA『デビルマン 妖鳥死麗濡編』と、続く『CBキャラ 永井豪ワールド』は、永井 豪ファンとして満足度が もの凄く高い傑作。
 6話からの『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』は、「モビルスーツの使い方」「機械と共にある人間の見せ方」について驚くほど考え抜かれており、驚くやら感動するやら。
 『タイドライン・ブルー』には首を捻る部分もあったけれど…
 手を抜かず、「この作品では何を・どう面白く見せるのか」徹底して突き詰めた作り方が、とても好きだった。

 ありがとうございました。
 ご冥福をお祈り致します。


2010年11月29日 月曜日

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』09.「俺の妹がこんなにエロゲー三昧なわけがない」

 原作者脚本回。
 だからって何か大事件が起こる訳ではないが、逆に言えば、さしたるイベントも無いのにキャラクターそれぞれの日常風景や心情表現でもたせられるのは原作者ならでは、とも言えるか。

 サブタイトル通り、届いたエロゲーの内容に没頭し、満喫している桐乃。
 攻略対象の優先順位で悩んだり、反抗的な態度に悪態をついてみたり、デレが始まったことに萌えたり燃えたりしてみる、まあ実にフツーのゲームプレイ風景。
 「禊ぎ」なのか、エロシーン突入前にシャワーを浴び、奇声を上げ部屋中を動き回る異様な感情移入度の高さは、普通とは言い難いが。
 これ、可愛い女の子がやっているから見られる狂態な訳で、いかにもオタクな外見の野郎が同じ事をしていたら、痛々しさに耐えきれず早送りしてしまいそう。
可愛いって、得だなあ。

 桐乃がどうしてこんなにエロゲー含む妹系作品を愛しているのか、取っ掛かりとなりそうな(これでもう全て?)描写が見られた。
 普段の自分と同じ言動を示す妹キャラに対し、非常に苛立った反応を見せる桐乃。
途中で攻略を一時投げ出すぐらいの嫌いようで、ああ…やっぱり本人も(作者も)コレを「可愛い・いじらしい・愛しい」なんて捉えられないのね。
 デレが始まった途端に大喜びするところから、兄に対し そうなりたい志向はあるのかも知れないが、何しろ屈折したキャラだから難しい。
 兄の方から、少々乱暴にでも「攻略」してしまうのが良策か。
そんなこと絶対しそうにない「常識人・良い兄貴」ぶりこそ、桐乃の苛立ちを高めているのかも。
 そういえば桐乃、ラブラブもの以外、力ずく無理矢理に妹と関係してしまうようなソフトは、受け入れられるのかなあ。

 黒猫の家庭環境。
 てっきり裕福な家庭のワガママお嬢様だと思っていたので、そうでもない暮らしぶりが意外。
妹の面倒をよく見ていたり、家のことをきちんとこなしている様子は好印象、大きくポイントアップじゃなかろうか。
 こういう生活だから、現実味のないファンタジー世界に没入して、自身をも超越的能力を持つ存在と重ねてみたりするのかなあ。
理想(空想)と現実のギャップに苛立ったりしない、賢くて良い子ぶりはステキ。

 それなら沙織も、秋葉原で見る「いかにも(小汚い)オタク」といった風情とは裏腹に、実生活では大金持ちのお嬢様っぽい。
メガネを取ると美人、といったパターンでもあるか。
 こう見ると、黒猫・沙織共に裏表のある生活を送っており、日常・本性の自分をそれぞれ違うサイドの関係者には知られたくないと思っている…のだろう。
黒猫は家族に知られているみたいだし、沙織も家の力をオタク趣味に用いているみたいだから、酷く神経質に、ではなかろうが。
 だから、桐野の気持ちを分かってやれるのかなあ。


2010年11月27日 土曜日

『Panty & Stocking with Garterbelt』08.「…オブ・ザ・デッド」「一匹の怒れるゴースト」

 一本目。
 ゾンビ物のパロディー、にしては冒頭部分が『要塞警察』っぽいなあ、と思えば、街の看板にカーペンター(カーペンタウンだけど)の名前もあるのね。
 ジャンルへの愛情が横溢しており、僅かな時間でゾンビ物のエッセンスを十分味わえる内容。
ゾンビに囲まれた閉鎖空間、極限状況で展開される愛憎劇、噛まれ・ゾンビにされ・次第に減っていく人数、絶望の中で武器(?)を手にし逆襲に転じる高揚感、「まさか!」とフツーなら思う人間のゾンビ化、希望のないエンディング、いや実に楽しい。
 デイモン姉妹の仕業、という分かり易さを削って より混乱させた方が、らしかったろうか。
まあ、策士策に溺れる・自業自得的な展開も、お約束ではあるけれど。

 二本目。
 米のテレビや映画の劇中劇として、割合よく見かける極悪裁判エンターテインメントのパロディー。
裁判を扱ったドラマはチョイチョイ見るようになったけれど、それを酷くしたこういう内容の物は、もしかして日本で初めて?
 人権もヘッタクレも無いはずのゴースト殺しで裁かれる意外性、サル弁護士を付けての絶望的裁判進行の後、意表を突く弁護により現れてくる恐るべき真相。
ツボを押さえた面白さ。
 これも、デイモン姉妹の仕業、ではなく、本当に人間による裁判だった方が、非情さとヒロイン二人の無茶苦茶さ加減は強くなったかなあ。
この姉妹のお陰でシリーズが見易くなっている、と前に書いといて、やっぱりこの話には要らないとか言い出すのも勝手すぎるけど。


2010年11月26日 金曜日

 娘、何故だかテレビに赤ちゃんが登場すると、食い入るように見ている。
そりゃもう、『アンパンマン』などアニメとか、イケメンお兄ちゃんが出てくる番組なんかより、遙かに高い集中力で。
 特に、フジテレビで昼2時から5分間放送している『はじめて記念日』が、大のお気に入り。
昼寝していても、このオープニング曲が流れて来るや、パチッと目を覚ますぐらい。
嫌いな薬を飲ませようとする時、録画しておいたこの番組を再生しておくと、意識がテレビに飛んでいるため、口の中に薬が送り込まれるのを認識せず、反射的に飲み込んでくれるので、とても助かっている。

 うーん、こういうのも「子供好き」と言って良いのかどうか。
街で同年齢ぐらいの赤ちゃんと顔を合わせても、特に興味を示さないんだけど、テレビの乳幼児には夢中。
 実在の子供、というより、フィクションのキャラクターみたいに認識してるのかなあ?不思議。
 テレビに見入る娘にアフレコして、
「赤ちゃんは良いわねえ、無邪気で」
「あたちにもあんな頃があったなんて、信じられないわぁ」
「戻りたいわね、何の悩みもなかったあの頃に」
とか言っている。
 いやいや、テレビに映る子供は一歳とか二歳とか、キミより年上だったりしてるんだけど。



 あ、新刊単行本『ママに射精しちゃダメぇ〜!』、本日発売となっております。
 娘のミルク代…最近は離乳食の割合が高いかな…を恵んでやると思って、ひとつよろしくお願い致します。


2010年11月22日 月曜日

 地上波でも放送されたけど、衛星放送を録画してあった映画『トワイライト〜初恋〜』を見る。
 原作は米でベストセラーになっており、映画もかなりのヒットを記録している、という事で、いくらか期待しての鑑賞。

 転校してきた少女が、新たに通い始めた学校で美青年と出会い、不思議な力を持つ彼に好意を抱くが、彼の正体は……
というあらすじから想像する、大体その通りの内容。
 う、うーん……映画にまとめるため内容が改変されている可能性もあるが、それにしても「よくあるパターン」としか言い様がない。
 日本であれば、ライトノベルの編集部にこの小説を持ち込んだとして、最大限好意的に見てくれても、「大筋はこれでも良いけれど、ここからどういう味付けを加え、この作品ならではの面白さを作り出していくかが大事。それが欠けている現状では商業出版に耐えない」と言われて返されるだろう。

 アメリカにはライトノベル的な物が無い、という話があり、だから、子供でも読みやすく・分かり易く・気持ちを入れやすくて何ら難しいことを語らない、この作品が受けたのかな。
 全編緩んだ雰囲気で緊張感が無いけれど、せめてラストバトルの逆転には僅かなりともアイディアを掛けて欲しかった。
力も入らず終わってしまうバトルには、逆に凄い、とさえ感じてしまう。

 美青年の顔が、天野 喜孝描くところの、ちょっと気持ち悪い(失礼!)美形みたいで可笑しい。
でもまあ、ここが映画の「命」であり、大ヒットしたという事は、観客の好みに合っているんだろう。
 ヒロインはなかなか可愛いかな。
 『ジョジョ』『HELLSING』から『月詠』『ときめきトゥナイト』まで、吸血鬼物に恐ろしく広いバリエーションを持つ日本作品に触れてきた人なら、主演俳優達のファンでもない限り、別段見る必要がない映画。



『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』08.「俺の妹がこんなにアニメ化なわけがない」

 えええ!もうアニメ化?
画面に提示されたものを見る限り、酷い文章でワヤなストーリーを展開する小説なのに、どうしてベストセラーになり、アニメ企画まで立ち上がることになったのか、理解が追い付かない。
 この事態をもって、「何で妹がやることは全て上手く行くのか」苛立つ気持ちを持っている、という兄・京介に感情移入することは容易かもしれないが、そこに「嫉妬」など含むはずは勿論なく、「ポカーン」としか。
 お約束となっている、京介による説教イベントをこなす都合と、アニメ界に一言、原作者にも一言、ただ見ている視聴者にも一言物申したい意図から、無理矢理創出した?

 うーん、しかし、いっそアニメスタッフ側を、原作に一片の愛情も無いどころか憎しみさえ持っているような、破壊と超駄作への再創造を目論む非道集団として描いてくれた方が、話としてスッキリするし、カタルシスも生まれたかなあ。
原作の量が足りない以上、オリジナル展開を入れるのはやむを得ず、また原作は???な内容だとしか思えないので少々の改変ぐらいでは「悪」として認識できない。
 桐乃の行く手にかつて立ち塞がってきた「父」「友」と同じく、世間一般的には正義ですらある理屈を述べる相手だが、ただ桐乃にとってのみ「悪」「邪魔者」「(兄が)折伏すべき人間」だという意味で、同列の扱いなのか。
 そうなると、モヤモヤしたものが残ってしまう。

 今回の話で一番「悪い」のは、「能力に欠ける上 多くを望み過ぎる桐乃」「『作りやすい』アニメにしようとする制作者(原作を面白くないと公言する脚本家)」「感情論と土下座で意見をゴリ押ししようとする京介」「言いたい放題で臓腑をえぐる黒猫」「『兄の土下座に感じ入った制作者』というイベントも経ないフツーの駄アニメを見ても喜んでしまう自分ら視聴者」のウチ、誰なのか(誰だという事にしたいのか)。
完成したアニメと、その評価を見ないと、まだ判断できない部分も。
 問題提起だけで終わる話も構わないが、面白いもつまらないも言い辛い。

 はしゃいでアニメへの要望を語りまくる桐乃が、痛い。
自分も、OVAやCDドラマを作ってくれることになった際、こんな感じだったかと思うので(エロ物なので希望なんかほとんど通らないのは当然)、余計に痛い。
 桐乃、シナリオ面で不満・不安があるなら、せめてプロットとか全体の構成案を出せば良いのに。
…とは思うけど、それを喜んで迎え入れてくれるスタッフも居れば、「素人に口出しされると作業が遅れるばかりで迷惑」と言う人達も居るので、なかなか一概には。
 この後、アニメになった物を見た視聴者から、特にネット上などに「神」「糞」「原作改悪も甚だしい」「ゴミ原作をまだ見られるようにしてあるアニメスタッフ偉い」「ブルーレイで全巻購入決定」「5分で耐えきれなくなった今期最低の駄作」等々、様々な評価が嵐のように書かれると思うんだけど、桐乃は受け止めきれるんだろうか。
それは、兄貴の熱弁やら土下座ぐらいじゃどうしようもないよ(いや、この作品なら、それを契機に無数の視聴者が考えを改めてくれる、少なくとも黙ってくれる事は有り得るな)。


2010年11月21日 日曜日

 娘、幼児向け雑誌の付録、一枚の厚紙に沢山の紙製窓が付いていて、扉を開くと中に動物の絵が描いているものが お気に入り。
恐らく、その窓を開く度、描いてある動物の鳴き声を、親(自分)が必死で真似するのが変で面白いのだと思う。
 ライオンなら「ガオー!」、猫なら「ニャーオ、ニャンニャン」、ネズミなら「チュー」で済むんだけど、一つだけパンダが描いてある、コレは何と鳴けば良いのか?
 ネットで調べたところ、「ウヒュ、ウヒュヒューン」とでもいうような、馬のいななきにちょっと近い声みたいだけど、こんなの真似したってなあ……

 考えているとヨメが、「パンダ絵の所は、パンダさんのお話でもしてあげたら?」というので、少し考えてから、創作パンダ童話を語り出す。

自分「昔々、あるところにパンダさんが居ました」
ヨメ「うん、そんな感じで」
自分「やっぱり、数年前、中国は四川省の山奥、両親と共に暮らすコパンダがおりました」
ヨメ「なんでちょっとリアル気味に言い直したの?」
自分「平和に暮らしていた家族でしたが、ある日、山に入ってきた違法猟師によって、パンパーン!両親は撃たれてしまい、コパンダは掴まって動物園に売られてしまいます」
ヨメ「んん?辛い話ねえ」

自分「動物園で、先に入れられていた老パンダと一緒に見せ物にされたコパンダは、違法猟師への復讐を誓い、実は拳法の達人だった老パンダからカンフーを習う事になります」
ヨメ「えらい急な展開だこと」
自分「厳しい修行に耐え、酔拳、蛇拳、笑拳、天中拳と次々マスターしていくコパンダ」
ヨメ「拳法の知識、ジャッキー・チェンに偏りすぎじゃない?」
自分「十分に強くなったある日、見張りをアチャー!と倒したコパンダは、動物園を逃げ出し、追っ手をかわすべく海辺の漁船に潜り込みます」
ヨメ「ふんふん」

自分「疲れから船底でウトウトするコパンダ。その眠りは、叫び声と大きな音によって破られます」
ヨメ「何があったの?」
自分「コパンダが甲板に上がってみると、目の前に日本の海上保安庁船。自分が乗る中国船はそれに体当たりを繰り返しています」
ヨメ「ああ…その船に乗っちゃったんだ」

自分「驚いて甲板をウロウロするコパンダの姿は海上保安庁が撮影するビデオにしっかり映っていました。『これは公開できない…』政府は すごーくカットしてパンダ映像が無い所だけを外に見せます。『全貌を公開すべきだ!』と迫られますが、『だってパンダが映ってるし』とは言えず苦しい対応。こんな動画が世界に流されてしまったら、クジラだのイルカだのを虐めていると世界から文句言われっぱなしの日本が『ついにパンダまで!』となり、理屈もヘッタクレもなくどれだけ怒られるか分かったものではありません」
ヨメ「そりゃ見せられんわ」
自分「おわり」
ヨメ「あれ?復讐は?コパンダはそれからどうなったの?」
自分「なんかこれ以上は色んな所に怒られそうだから、おわり」

 娘は、意味の分からない話に とっくに飽きてしまい、音がするオモチャをガランコロガランコロさせているばかりでしたとさ。


2010年11月20日 土曜日

 衛星で放送された映画『くもりときどきミートボール』を見る。
 米では結構なヒット作となった、CGアニメーション。
 テレビで見たため当然ながら画面は普通だったが、3D映画として制作・上映されたらしい。

 「食べ物を粗末に扱っちゃいけません」という注意がよく使われるのは、食べ物を粗末に扱うことに楽しさがあるから。
そこを一番の売り所に設定し、難しいテーマはおろか無理なく入れられそうな「教育的要素」をも故意に無視して、ただただ大量の食べ物に はしゃいでみたり食べたり捨てたりする作品。
 食べ物に対する考え方で、評価が大きく変わるかなあ。
世界には飢饉に苦しむ人が大勢居るのに…とまで言わずとも、お伽噺にある お菓子の家だって「土足で入っちゃったら足元の床は、お菓子で出来ていようが、もう食べられないよね」などと余計なことまで考えるタイプの人は、引っ掛かりを感じるだろう。

 イワシも美味しいと思うんだけど、その価値が物語の中で見直されることがなくて、残念。
主人公父の仕事も、それはそれで素晴らしいものだ、とならず、最後に変わってしまうし。
 満たされない心を抱えた主人公とレポーター女性が、互いにその穴を埋め合う関係になる辺りは、上手い。
 画面は美しく、食べ物が降ってくるファンタジックな風景も、スパゲッティ嵐が吹き荒れる恐ろしい光景も、見とれる鮮やかさ。
 アクションだってよく考えられている。
風に吹き飛ばされた様々なモノを通り抜けながら主人公が地上に降りてくるシーンの、アイディアと馬鹿馬鹿しさには感心。
 クライマックスで入ってくるギャグと、逆転への伏線も素晴らしい。

 これだけの事件を起こし、被害を出して、どう責任を取れば良いのか…と思うけど、水から無制限に食べ物を生み出すマシンの特許料はいくらになるのか想像も付かず、それで十分補償できるのかな。
 子供に戻った気分で、きゃあきゃあ言いながら楽しむには全く悪くない。
 しかし、映画を見終わって「何か」が残ることを期待する真面目な観客には、まるで向かなそう。



『とある魔術の禁書目録U<インデックスU>』07.「座標移動」

 『超電磁砲』アニメ版は全話見たんだけど、こちらの前シリーズはかなり初期の段階で挫けており、そのため、ある程度は作品についての知識がある事を前提とした話の展開に、付いていけず。
何が何だかサッパリ分からない、という程ではないにせよ、これ誰?それ何?どうしてそうなるの?などと不明な部分が頻出するのはやはり嬉しいことでなく、今期も視聴を挫けそうになっていた。
 6話から、『超電磁砲』の方で主演していた美琴と黒子が大きく扱われるようになり、それなら見続けられそう…と思ったけれど、こちらもやっぱりというか当然ながら『禁書目録』のストーリーを下敷きに展開されており、分からない所がアチコチ。

 ハッタリの効いたアクションは面白いし、黒子はやっぱり良いキャラだなあ。
 また、『超電磁砲』第二期が始まったら見ることにして、これはここまでに。


2010年11月19日 金曜日

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』07.「俺の妹がこんなに小説家なわけがない」

 お互いのマネを見事にやってのける桐乃と黒猫が可笑しい。
声優さんの演技が上手くて、ホントに声を入れ替えて吹き込んでるんじゃないかと思うぐらい。
 完璧な模倣が出来る、という事は、実のところ仲良しだからか(これはまあそうなんだろうが)、嫌っている物こそ無視できない心理に寄るのか。
 以前、コミケ会場近くで桐乃が黒猫達に対し酷い扱いをした、そのワビでも入れてくるかと思ったが、そういうのはナシ。
同病相憐れむ…でもないが、オタクであることと一般社会での生活の間に葛藤があるのは「当然・常識」であり気にしなくて良い、という了解が成り立っているから?
素直に謝るのは桐乃のキャラクターに沿わない都合もあるか。
今回、自宅を鑑賞会の場に提供したのが彼女なりの謝罪だったり。

 反発しつつも、互いの小説を認め合ってるのかと思えば、自分を酷い役として登場させていることに腹を立てている二人。
陵辱とかはナニだけど、そういうのもトモダチの有り様じゃないかなあ…
 桐乃の砕けたメール並み文章(携帯小説としてはアリ?)に、一般論的にではあっても理解を示す黒猫は大人。
でもまあ、分厚い専門用語辞典を読んでやった…んだとしたら、桐乃も付き合いは良い。
自分ならどちらも「ふざけんな、小説なめんな!」と投げ返して終わりだから。

 そういう桐乃の小説が、商業出版されるという展開に驚く。
さすがにあの文章では厳しいような……知らないけど携帯小説としてはオッケーなのか、桐乃は頭が良い設定なので作を重ねる毎に文章力をアップさせ編集者に認められるまでになってるのか。
 語られる限り内容も相当にナニだが。

 エラく桐乃に都合が良くなっているのは、実はこの作品が彼女を中心とする『涼宮ハルヒ』的世界なんじゃないか、と思ったり。
何をやっても成功するし、危機的状況に陥るのは兄との関係を深めるイベントとして役に立つ場合のみだし。
 それなら、京介の世界ということも考えられる。
実のところ妹から愛されている美味しいポジションに居て、彼女が起こす面倒事を鮮やかに?解決して存在意義を見せ、可愛い癒し系幼馴染みも装備。
 御都合主義を効かせているとも言えるんだけど、まあそう言っちゃオシマイなので。


2010年11月17日 水曜日

『Panty & Stocking with Garterbelt』07.「トランスホーム」「現金に裸体を張れ」

 前半、唐突に始まる『トランスフォーマー』のパロディーに大笑い。
 オリジナルのファンじゃない、どころか本編をほとんど見たことがない自分でも笑ってしまったのだから、ファンは抱腹絶倒じゃなかろうか。
実に下らない敵対作戦の取り合いとか、オリジナルに近い作画世界に突如乱入してくる日本パース作画ロボット(イケメン)の違和感、「さあ!セッ○スの始まりだ!」というナレーションパロディーの酷さ等々、ネタが無闇に可笑しい。

 後半のカジノ話も、楽しかった。
 以前にヒロイン達と対立する存在が設定された、その戦いとして展開する話のため、グッと分かり易い。
まあ、天使達は状況をまるで理解していなかったし、恐るべき計画を阻止したとも思っていまいが。
 各話完結で、バラエティー豊か、というにも限度を超え、デタラメの極みを見せることを目的と考えていそうなこの作品にとり、「穏当な物語のパターンに乗ったストーリーの方が見易い」と言われることは嬉しいのかどうか知らないが。

 今回は、ヒロイン二人の頭身を上げた色っぽい作画が割合多く見られた。
全編この絵で突き進めば、内容はこのままでもソフト売り上げを大きく上げられたと思うけど…
「そういうやり方で売ろうとして作ってない」んだろう。
 設定・コンテを小林治が担当した回なんて、作画含め全部、いつものラインから外れすぎていて愕然とするやら笑うやら。
汚いオッサンを中心に据える小汚く地味な話をしていたため、まあ売れない内容だと思うけれど、こういうモノを作り得たこと・見せてくれたことには意味も意義も価値もあると思う。


2010年11月16日 火曜日

『侵略!イカ娘』07.「狙われなイカ?」「研究しなイカ?」「働かなイカ?」

 イカの女の子が地上侵略を狙いつつも間が抜けていてサッパリ進展しない、という基本設定から、単発ならともかく何話も作るのは無理があるのでは?と思ったけれど、意外と楽しく見られてしまう。
 ギャグとして強烈にせず、ほのぼのコメディーぐらいに留め、癒し系日常ドラマに仕立て上げているのが勝因か。
『ケロロ軍曹』だって、シリアスな敵が登場したり侵略を後一歩の所まで進展させたりしているのに、こちらにはそういう所が無いからなあ。
 それでも、常にイカ娘を物語の中心に置き、「イカとか関係ないじゃん」にしていない集約ぶりは、見事。

 今回、二本目のネタは、イカ娘に様々な検査や実験を行ってみるが意表を突く(脱力の)結果ばかりが出てしまう、というようなギャグを展開させるのかと思えば、アレで一段落なのか。
 三本目も、イカ娘ステージで大人気→調子に乗って暴走するイカ娘→大惨事発生→イカ娘はやっぱり元の海の家でないと、ぐらいのオチを付けるかと思ったが、「侵略以外の才能が憎いでゲソ〜」とか言って終わるとは!
 しかし、このウダウダ続けずスッパリ終わってしまう語り口がまた、爽やかというか独自の後味に繋がっており、魅力でもあろう。

 イカ娘が学校へ行ったエピソードで、規律正しく授業を受ける生徒の様子を見て「軍隊の養成機関だ」というような勘違いをする場面があった。
 ココから、常識を持たないイカ娘の視点を用い、現在の学校教育が持つ問題点とか異常さに斬り込む作り方もあるなあ、と思ったけれど、当然ながらそんなダサイ事する訳が無く。
 ちょっと勿体ない気はしつつ、でもそんなのイカ娘でやる事じゃないのは確か。


2010年11月9日 火曜日

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』06.「俺の幼馴染みがこんなに可愛いわけがない」

 幼馴染み・麻奈実エピソード開拓。
 幼少の頃から積み重ねた記憶、嫌味のない可愛らしさと安心感、主人公に寄せてくる打算や雑味の無い好意など、それはそういうキャラとしての魅力に溢れており、妙な(正しい)気を利かせるジジババ、木訥なオヤジと調子がよい弟を含め、彼女をヒロインとしても一本作品が作れそう。
 でも…余りに普通であり、攻略が簡単過ぎるよう思え、ヒロインの座を占めさせるのは難しいか。

 オタク趣味を持つ妹と、世間の間に起こる摩擦を描き、その間で板挟みにあって一人酷い目に遭う主人公の悲喜劇を見せていくこの作品としては珍しく、特に波風が立たない内容だった。
どちらかといえば、僅かに示される妹のヤキモチ?リアクションを見せるのが主眼だったのかも知れないけど。
 麻奈実が桐乃の趣味を知ったら、どう反応したろうか。
全力で否定するほどは良くも悪くも知識があるまいし、かといって好意的な反応も期待できず、「私はよく分からないや」ぐらいかな。

 ただ、彼女が主人公に寄せる好意から、桐乃が「妹萌えエロゲー」に執着している事実には、脅威を感じるかも知れない。
そういうゲームを好んでプレイしているという事は、そういう願望を持っているのだ、と考えるだろうから、現実にも自分がそういう立場になりたい・兄から愛されたい気持ちがあるのではないか、と。
 今回、主人公によるオタク援護演説を設けるとしたらこの辺で、「二次元フィクションに寄せる趣味嗜好と、現実を同一視するオタクはほぼ皆無。現実では満たされない願望があるからオタクになるほどフィクションに走る、とも言える」とか、そういう感じか。

 現実に可愛い妹が居るなら それを愛でていれば良い訳で、エロゲーをやる必要はない。
母・姉など近親物、幼い少女、男の娘とかショタジャンル等々も、リアルではまあ満たされない(幼少女なんか犯罪になってしまう)性嗜好じゃ無かろうか。
だから、フィクション・二次元に充足を求める。
 この作品では兄妹の関係を曖昧に留めておきたかろうし、ここいらに余り言及したくなさそうだけど。
 また、主人公はオタク趣味に造詣が深い訳でも何でもなく、あんまり「なるほどその通りだ」と思わせる演説が出来ない立ち位置に居るからなあ。
父親や桐乃の親友に行った説教が通じたのは、双方「適当なところに着地点を見出したい」都合を抱えていて丁度良かったからで、主人公の言葉に納得した訳じゃない(真摯さは感じ取ったろうけれど)、というのが何とも。


2010年11月8日 月曜日

 西崎義展プロデューサーが亡くなる。

 自分は、物心つく前からアニメを見てきたと思うけれど、「アニメが好きだ」とハッキリ自覚した最初の作品は『宇宙戦艦ヤマト』だった。
 シリーズを重ねる毎に「……」という部分が増えてゆきつつ、それでも『ヤマト』は嫌いになれないアニメで、傑作とは言えないまでもソコソコ楽しく見られた『復活編』の出来(少なくとも、松本先生が関わられた『大YAMATO零号』よりは面白かった)を喜んでいたりしたのに、残念。
 年末に公開される実写版『ヤマト』の出来が良く、興行的にも成功したなら、手向けになるだろうか。

 今に至る方向へと人生を分岐させてくれた傑作『ヤマト』を、ありがとうございました。
 ご冥福をお祈りいたします。


2010年11月7日 日曜日

 衛星で放送された映画『SAW(ソウ)6』を見る。
 前作、前々作辺りが酷い出来だったため、もう付き合わなくて良いか、と思いつつ、放送されるとつい見てしまうのはやっぱり『1』のインパクトが絶大だったから。

 ああ、意外と悪くない。
 ジグソウの後を継ぐのにホフマン刑事では小物過ぎると誰しも思ったろうが、劇中でちゃんと「小物」「周到さ、慎重さに難がある人物」として描かれるので、納得。
そういうキャラクターとしての魅力…いや魅力は弱いな…危うさが物語を引っ張っていく。
 標的となる男が分かり易く罪深いため、ゲームにより酷い目に遭わされても「当然」「いい気味だ」と観客に思わせ、内容に入りやすくしている。
勧善懲悪の映画じゃなかったのに、『必殺仕事人』風というか何というか、少々分かり易くし過ぎな感じも。

 グロなゲームは勿論健在。
今作は、残酷であり精神的苦悩を強いるゲームが多い。
 メインターゲットの男はともかく、彼に選択される側の人間達も、何かそうされるだけの理由を持って連れてこられたのだろうか。
まあ、このゲームで殺される理由なんて、主催者の匙加減一つで どうとでも付けられるんだけど。

 一応のどんでん返しと次作への引きがあり、一作目とは段違いだとしても、ここ何作かに比べれば遙かにマシな出来。
 完結編らしい次作も、劇場まで足を運ぼうとは思わないが、こうして楽に見られるなら見てみよう。


2010年11月6日 土曜日

『おとめ妖怪ざくろ』05.「わな、粘々と」

 特に目新しい、奇を衒ったことはやっていないけれど、地味に、堅実に、しっかりキャラクターと物語を見せてくれるアニメ。
 レギュラーの人間、半妖、どちらも個性が立っており、バディー(一組はトリオだけど)それぞれが反発したり結びついたりして、より魅力を強くしている。
 三組、みんな好意が生まれている(特に半妖から人間男性へ)のは、たまたまなのか、何かしら「計算通り」なのか。
まあ、蛍が総角を好きになるとか、雪洞・鬼灯がそれぞれ別の男性に惹かれるとかすると、ややこしくなってしまう都合からなのかな。

 戦いの際の歌を、総角に歌わせてギャグにしたり、雪洞達が能力を使う条件にしたりする、転がし方が上手い。
 人の好さで頑ななところのある母桃の気持ちを溶かす総角、武骨ながら強く意外に女性への対応が巧みな利剱と比べると、丸竜はちょっと弱い。
双子をしっかり見分ける鋭さ…理解力は示すし、「彼のためなら頑張れる」と双子に感じさせることそのものが大きな特殊能力、と言えなくもないが。
 情けないままでは終わるまいから、今後の成長に期待、か。



 仕事が遅れがちなのもあるけど、多くは娘の絶叫みたいな泣き声で起こされ、ふと気が付けばここしばらくの平均睡眠時間は三時間半ぐらい。
通りで日中ボーッとする訳だ。

 娘、まだ一人遊びは(僅かな時間ならともかく)出来ないので、「つまらない」と泣きわめくのを宥めるべく、仕事中ヒザの上に抱えていることが良くある。
 ただ、やっぱり仕事中のため全力で向き合って遊ぶのは難しく、放っておくと、退屈してきた娘は机の上に置いてある画材等を掴んでは投げ掴んでは投げ、手近にモノが無くなると泣いて暴れ出す。
 テレビをつけておくと見ていることもあるけど…テレビに子守させるのは余り良い対応と言えまいが…やっぱりすぐ飽きてしまい、大暴れ。
 ジタバタしだすと仕事など出来る状態でなく、仕方なく床に下ろしたり布団に横たえると即時全力ギャン泣きで抗議。

 君の未来のために働いてるんだよ、これで原稿が遅れてクビになったりしたら今後の人生に恐ろしく悪い影響が現れてくるんだからね、とか言っても理解してくれるはずがなく。 
 あああ、子育てって大変だあ。


2010年11月2日 火曜日

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』05.「俺の妹の親友がこんなに××なわけがない」

 どのレベル…視点で見るか、それにより相当に感想が変わってくるアニメだろう。
 普通にツンデレ(まだツン多すぎだが)妹萌えでも見られるし、エロゲー含むオタク趣味擁護がテーマとも思える。
そういう趣味を持っているのは妹の方であり視聴者が感情移入するだろう兄はフツーの人、という意味では、オタクを客観視すればこんなに扱いづらいと描いているとも取れ、しかし可愛い・美しい事で多くの部分を許され他者から異常なほど守られているオタクの有り様は、努力抜きでも状況が改善していく様子を含め妄想的「夢」を語っているとも思える。

 兄がオタクなら、ずっと簡単なんだけど。
エロゲーに余り興味を持っていない・積極的に遊ばない「常識人」としての態度を、オタク妹から罵倒で矯正されてしまう所なんて、屈折度合いが高すぎて色々見失ってしまいそう。
 そもそも、「妹が妹系エロゲーマニア」だという基本設定からして、面白い・あり得なくて受け付けない・鴨が葱を背負ってやって来た・ホントにコレだけは勘弁してくれ怖い、等々取り方は様々だろう。

 妹が妹エロゲーに異様なほどの情熱を燃やすのは、実の兄への屈折した思いを背景に持つから?
没交渉であったろう妹の趣味を擁護するため全てを投げ打つ兄の不自然さも、同じ源?
 この辺がハッキリしてくると、桐乃の心情が分かり易くなるし魅力も増しそうだけど、兄妹の関係であり、この作品自体はエロにまで踏み込まないだろうから、一歩前進することは終局を迎えることにも繋がりかねず、難しいのか。

 兄妹の父親が登場し、無理解により?いや常識的判断だけど、趣味に弾圧を加えようとするのに対し、理性よりは感情に訴え「自爆テロ」をもってウヤムヤにしてしまう京介が可笑しい。
 父親だって、娘に性欲があるのは理解していようし、現実の不純異性交遊やら援助交際に走られるぐらいならエロゲーの方が遙かに安全だと思っているだろうが、未成年であり、範を示すべき父親としては、知ってしまった以上、「良し」に出来ないのは当然。
体を張って妹を守ろうとする京介の態度に、妹との性関係は感じ取れなかったろうし、落とし処を見つけられたと安心しても いたんじゃなかろうか。
 厳格なようでいて、随分 融通が利く・甘いオヤジみたい(声がゲンドウだし)。
刑事として長年勤め、人間の負の側面を見続けてきたのであれば、これぐらいの屈折はまだ容認できる範囲内にあるのかも知れない。
 そういえば兄妹の母が若くて美人で、「俺の母親がこんなに可愛いわけがない」にも出来るんじゃないか、とか。
母親が母モノエロゲーをやっていたら……うーん、萌え?いや極限の恐怖?そりゃケースバイケース。

 今回は、趣味に偏見を持つ桐乃の親友・あやせを説得。
こんな感じで毎回、オタク趣味に敵対・妨害してくる相手を、言葉やら行動で「倒して」「強敵と書いて『とも』と読む状態にして」行くお話?

 ワガママ勝手は良いんだけど、それを埋め合わせる魅力が桐乃に無い。
 父親も あやせも、余りに物分かりが良すぎる…というか物語の都合に応じて変わっているようで、説得対象として物足りない。
 京介は、妹との関係以外の人間性が薄く、感情移入するには弱い。
 でも、「変なアニメ」で楽しい。


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